【5】暗闇の大陸
――――翌朝
「……ん……ここ、は」
「目が覚めたか」
ぱちりと目を開けば、柔らかい。暫く横になっていたようだ。しかし座席は固いはずなのに何故。くるりと上を見上げれば先程の声の主の顔がある。
「わっ、ジェームス!?ごめん、私っ」
「別にいい。まだガキなんだから。寝れる時に寝てろ」
う……うん。まさかジェームスの足を枕がわりに使っていたとは。
「2人とも、一応飯は出るみたい。もらってきた」
通常の護送ではないからか、私がいるからか。ラシャがもらってきたのは3人分のサンドイッチと水筒である。
気が付けば護送馬車の扉は開かれており、外には騎士たちの姿が見える。
「朝食を食べれば早速出発だ。水筒はもらっていっていいそうだから、持っていこう」
「うん。ラシャ。けど食べ物は?」
「生態系がさほど変わってなければ、食べられるものとそうでないものは分かる」
あちらはあちらで生態系が違うのだろう。だがそれでも暗闇に閉ざされて変わっているかもしれない。
「俺は暫く食べなくても魔素があれば生きられる」
エルフなのに、魔素?魔素って魔力のもとになる物質だよね。
私は魔力なんてないからよく分からない。
「でも人間は分からない」
「俺がまず食べて、平気なら姫さんに渡せばいい」
「暫くはそうなりそうだ」
私……足を引っ張ってしまっているかな。普通に考えて幼女連れって負担……だよね?
「何考えてんだ?姫さん」
「……そのっ、私が、ジェームスに無理を……」
「そんなんじゃねぇよ。こんなこと無理でも何でもねぇ。姫さんがこんな俺に役目をくれたんだ。これくらい当然だ」
「……ジェームス」
「そうだね。アリーシャがいなければ俺は……暗闇大陸に戻れたかどうか分からない」
「ラシャ……」
ラシャは暗闇大陸から来た。誰もが行きたくないと首を振る中、ラシャは戻りたがっている。ひょっとしてあの時の涙は……。
「だからアリーシャには感謝しているんだ。アリーシャ、暗闇大陸に国を作るんだろう?」
「……っ!そうだよ!作るの!」
「ならその意気だ。アリーシャが元気でいてくれれば俺も嬉しいよ」
「うん」
頷けば、ジェームスもぽふぽふと私の頭を撫でてくれる。
朝食を食べ終えれば、馬車の荷台から降り外へと足を踏み出す。ここは帝都からどのくらい離れているんだろうか。知らぬ空、知らぬ空気、見知らぬ土地。
けれどこの先にラシャの故郷がある。それは少しだけ私の緊張を和らげてくれる。
「この門の先に暗闇大陸へ渡るための橋があります。橋を抜ければ、こちらには戻って来られません」
最後の門の責任者が告げる。彼はここを管轄する砦の長だ。
「あちらから橋を渡ってこちらに来られないの?」
「誰も帰ってきたものはおりません」
どう言うことだろうか?
「あちら側に渡れば、まるで神隠しのように姿が見えなくなる。門を開けばその理由が分かるでしょう」
彼が告げれば重厚な門が開かれる。
その先には大橋が伸びているがそのさらに先を見て息を飲む。
「真っ暗だ」
何も見えない。朝だと言うのに暗闇に閉ざされて何も見えないのだ。
「中がどうなっているか、まるで分からねぇな」
ジェームスの言う通りだ。
「けど、間違いなくあそこだ」
ラシャにはそれが分かるようだ。その向こうを懐かしそうに、そして悲しそうに眺める。
そして砦の長が不意にジェームスに剣を差し出す。
「本当なら、お前のような大罪人に持たせたくはなかった。下手をすれば皇女殿下の身に危険が及ぶだろう。だが……お前のやったことを知らないものばかりではないと言うことだ」
今の、どういう意味?ジェームスの罪を知っているから剣を差し出したと言うこと?うーん、矛盾しているような気がするのは何故?
「ここは最果ての地。こんな僻地に派遣されるのはどこにも行きようのない平民が多い」
「……さてな。斬り落とした顔なんていちいち覚えていない」
そう言うとジェームスは剣を受け取り腰に帯びる。
「そう言うことにしておこう」
「それでいい」
ジェームスはそう言うと砦の長から視線を外し橋の向こうを見やる。
「……暗闇大陸に行くんだろ」
「そうだな」
「うん、行こう!」
まずは行ってみなければ始まらない。静まりかえる砦の見送りは暗闇大陸への恐怖故か。
砦の騎士たちが静かに騎士の礼を向けるなか、私たちは暗闇大陸へ向かう橋を行く。
周りは海だ。しかし色のない生気のない海。橋は丈夫で落ちる気配などないがその静けさが不気味なほどだ。
暗闇に歩いていけば、僅かに海岸のようなものが見える。
「……アリーシャ。後ろを見て」
ラシャの言葉に振り返れば、そこには対岸がない。いや、橋すらも。
「……どう言うこと?」
そこにあったのは色のない海とまるで壁のような暗い闇。なのに不思議と周囲の海岸は映る。対岸に繋がるものが全て闇の中に消えたのだ。
「戻ってこられないと言うのはこう言うことだったんだ」
「でもどうして橋が消えたの……?」
橋が消えてしまえば海を渡ることはできない。船があれば……いや、戻る必要はない。私はこの暗闇大陸に国を作るのだから。戻ってどうする。進まなきゃ。
海とは逆方向の鬱蒼とした森の闇の先へ。
「……考えられるとしたら……六神」
ろく……ろくしん……どこかで聞いたような。そうだ……護送馬車の中で……!
「彼らが関わっている可能性が高い。いや……それ以外他に考えようがない」
「ねえ、ラシャ。六神って何?」
「六神は……この大陸の守り神。彼らがこの事態を引き起こしている可能性がある」
「ならどうすれば」
「探すしかない。彼らを探して真相を確かめる。それが一番建設的だ」
「だがどこにいるか分かるのか?」
ジェームスの言う通り、どのくらい広大かも分からない。この大陸の地理が分かるとすればラシャだけである。
「対岸の太陽の位置を参考にするなら」
空を見上げれば暗黒雲。陽光を遮られたここには道しるべがないから。先程までは朝だったのにここではとてもそうは思えない。
「最初の六神の位置はだいたい分かる。俺の予想が正しければ最初に会う六神としては妥当な相手だ。方向は多分……こちらだ」
私たちには現状、ラシャの勘に頼るしかない。早速その六神とやらに会いに行こうと歩を踏み出した時、大きな地鳴りが響く。
「地震!?」
「いや、違う。姫さん、空を」
「え?」
私の小さな身体を支えてくれるジェームスの視線の先を追う。
そこには全長3~4メートルはあろう黒い巨大なものがいた。例えるのならば……土偶のようだ。身体には光る金色の紋様が浮き出ている。
「あれ……何?」
「ゴーレムだ」
ラシャが告げる。あれが……ゴーレム!?しかしこの状況はかなり不味いのでは?暗闇大陸に上陸し早速のピンチである。