【41】魔神アズール
――――次はどこだろう。
暗い……しかし松明が照らしてくれているそこは洞穴の中だ。
「おや……こんなところに人間の娘が」
声が響き振り返ると、そこには見慣れた地底種がいた。
「キアヴェ!?」
「それは我が名か?人間の娘が面白いことを言う」
「……私のことを覚えてない。キアヴェは過去のキアヴェなんだね」
「よく分からぬ。しかし面白い。人間の娘が面白いことを初めて知ったぞ」
そ……そうなの?
「うむ。興味が湧いたのだ。だがそなたはこの時代のものではないようだ」
「どうして?」
「我ら地底種に脅えぬ」
そっか……ここは地底種が最強の捕食者だった時代。いや……それは今もか。
「何か質問があれば答えてやろう。時間の旅行者よ」
何だか素敵な呼び名だが……これは夢ではなく時間の旅行なのか?
「そうだな……地底種と言えば魔族だけど、この時代に魔族はいるの?」
「ああ、最近生まれたのだ」
「最近……」
「人類は幾度となく争い、文明を発展させ、世界を壊した。破壊の神が世界を破壊するまで、ずっと。だからこそ新たな世界の管理者として魔族が生まれた」
と言うことは魔族は一番新しい種族なんだ。
「魔族は他の人類を管理する。ゆえに強くなければならぬ。地底種たちの遺伝子と破壊の神の角を持つ。少しばかり違う角になってしまったが、そこも差違」
だからこそ地底種は魔族……いや魔族の産みの親の種族。アミナスの角はガゼルのようだがそれが少し変化したのが魔族の角。
「……なら耳はダークエルフから?」
恐らく耳の長い色白のエルフの方ではない。
「よく気が付いた。魔族は世界樹を管理するために彼らの遺伝子も受け継いだ」
世界樹を管理……確かに魔族の国のあった暗闇大陸には森が溢れ世界樹がある。
「そしてそれまで世界樹を守らねばならない」
「世界樹を?」
「そう、見てご覧」
キアヴェが見上げた壁には画がある。
「昔々の壁画だ。中央には世界樹がある。世界樹の周りにはひとが集まり、生命を循環させる大樹は神として崇められた。月の光と太陽の光を吸収しながら大樹は成長する。大樹を守るために女神たちは自身の写し身を授けた」
「まさか……キアヴェ……あなたとシャムス」
「我がキアヴェであれがシャムスか。そうか。あれもひとりではなくなる」
主に名をもらうことが分かっているかのような口調である。
「けど……シャムスには魔神もいるはず……」
「……そうか、あれはそう呼ばれるようになるか。しかしシャムスも分からないのだ。もう大樹は何度も枯れ、燃やされ、朽ちた。どれが自身の兄だか……我も分からぬ」
そうか……兄弟神!それにはキアヴェも含まれると言うのは初めて知ったが、神として崇められた大樹とそのために生まれた神二柱。
あれ……?
「それなら……世界樹が神になる」
そう……魔神に。
――――カン、と甲高い音が響く。
そしていつものごとく景色ががらりと変化した。見渡す限り荒廃した大地だ。何となく思うのはここがアミナスが破壊した後の世界ではないか……と言うこと。
目の前で銀幕が流れるように進むのは、荒廃した世界で食料や土地を奪い合うさまだ。種族はそれぞれで、耳の短いエルフや獣人、人間。遠くでほくそ笑むのは耳の長いエルフ。戦いに明け暮れる人類を見ながら数少ない食料を奪っていく。何て酷い……。
「……っ」
銀幕が終われば隣に誰かが立っているのが分かった。
「……ラシャ?」
いや、違う。今までで一番ラシャに近いと思ったが、その角は魔神たちや世界樹の彼女たちと同じ。そして瞼を固く閉じ、手には木杖を持っている。
「あなたは誰?」
彼が杖をカンと地に立てれば聞き慣れた甲高い音が響いた。私たちがいるのは荒廃した大地で変わらない。しかしそこには朽ちかけた木がある。痩せていて大きさも小さい。しかし私はその木を知っている気がした。
そしてそこに誰かがやって来る。
「ラシャ……に、似た魔族?」
今度は角が木ではない。
「もうお前は仮初めの人類の神ではない。本物の神になる権利をお前にやろう」
ラシャに似た彼が朽ちた木に触れる。すると朽ちた木はヒト型をかたち取る。
「魔王が神になる権利を与えた……ゆえに魔神アズール」
魔王……ラシャの先代か……それとも前の?
そして魔神アズールと呼ばれたのは今隣にいる……彼だ。彼は木。神になった木だ。
カン……また甲高い音が響いた。




