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【3】囚われの少年



――――コツコツと白い無機質な廊下を進んでいく。看守と、それからジェームスと。ジェームスも付いてきてくれるのね。


「ジェームスはここに入ってもいいの?」


「……模範囚だからな。たまに使いっぱしりもやらされる」

使いっぱしりって……。しかし模範囚と言うのも事実なようで看守たちもそれほど彼に警戒しているようには思えない。堂々としているジェームスとは裏腹に、看守たちは何かを恐れているようだ。

「本当にこんなことが許されるのか……もしも皇女殿下に何かあったら……」

ぶつぶつとそう呟く。よほど恐ろしいひとなのだろうか?しかしながらジェームスがそんなひとを私に会わせるとも思わない。出会ってまだ数分だが、この背中は信頼していいような気がしてしまう。子どもだからか、その本能か。時折物騒な言葉は聞くが、それも本当なのかと思ってしまうほどだ。


「あちらです」

看守たちが示した先には鉄格子がある。その先に誰かがいる。


「念のため鉄格子には魔法が付与されていますが……その」

何だか歯切れが悪い。


「……ったく、天下の騎士団さまがそれたぁ……」

ジェームスが溜め息をつけば、看守たちが物言いたげにジェームスを見やる。


「暗闇大陸に関わるってこたぁこう言うことだぜ」

「……ジェームスは平気なの?」

「別に。そこまで生に執着なんてしてねぇよ。元々今生かされているのが不思議なほどだ。いつ暗闇大陸に送られるか分からねぇ身の上……恐れるものなんてねぇ。ま、周囲はそうじゃねぇが」

確かにジェームスって肝が据わっている。しかし生に執着なんてないといいながら生きることを諦めているようにも思えない。

その矛盾はどう言うことだろう?


「付いてきな、姫さん」

「うん」

立ち止まる看守たちに対し、ジェームスが足を進めればとてとてと付いていく。しかし看守たちが止める声が響く。


「……待て!皇女殿下に何かあれば……」

「このまま暗闇大陸に行かせたところで死ぬだけだ」

「……っ」

ジェームスの言葉は真実なのだろう。看守たちが押し黙る。みな分かっているのだ。暗闇大陸に無事に辿り着き、国を作るには格子の先の彼の協力が必要だ。格子に近付けば彼の全容を捉える。そして驚いた。


「エルフ……?」

特徴的なエルフの耳。しかし前世のファンタジーなエルフのイメージとは異なりその髪は黒である。年齢はだいたい16歳くらいだろうか。ジル兄さまとそれほど変わらぬように見える。


そして私の呟きと共に彼がゆっくりと瞼を開ける。その瞳は銀色で瞳孔が縦長である。


こちらの世界でエルフにはまだ会ったことはない。しかしどうしてもエルフのイメージとは結び付かない野性的な瞳。この世界のほかの種族となると、獣人族や太古世界にいたとされる魔族、それからそのどれにも当てはまらない稀少な種族……地底族などを聞いたことがある。しかしながらそのどの種族のイメージとも違う。地底族は分からないのでもしかしたら……かもしれないが、現状はエルフの耳でしか判断がつかない。


「その……私はアリーシャ・シエロ」

シエロはお母さまが遺してくれた姓である。皇太子以外の皇族は妃の姓を名乗り、国をもらえばその王族の姓を得る。しかしながら暗闇大陸は国じゃない。王族がいないので名乗る姓はこれしかない。


「皇帝陛下より暗闇大陸を与えられた第5皇女です」

彼が私の言葉に反応する。皇帝だろうか、それとも第5皇女……?いや、やっぱり暗闇大陸だろうか。


「私は暗闇大陸に共に同行してくれる供のものが必要なんです」

「……暗闇大陸に行き何をするつもりだ」

彼が口を開いた。兄さまと同年代だと言うのにその言葉にはどこかずっしりとした重みがある。


「国を作るんです」

「国……」


「そう。そしてあなたは私の国民第1号になってもらいます!」

映えある国民第1号である。普通ならば暗闇大陸に行くこと自体が恐ろしいこと。しかしながら彼は暗闇大陸と言う言葉に恐れは抱いていないように見える。


そしてそう告げれば意外なことが起こった。どうしてか彼の目からは涙が一筋伝っていた。どうして……?


「ど、どうかしら……?」

何か失礼なことを言ってしまったろうか。しかし私にはどうしても彼の力が必要なのだ。


「……暗闇大陸に連れていってくれるのか」

「ええ。一緒に行くのよ。でも死にに行く訳じゃない。生き延びて帝国もあっと驚く国にするの!」

しかしみなが恐れる暗闇大陸で国をなどと、現実味がないだろうか……?


「私と一緒に行ってくれる?」

鉄格子の向こうに手を差し出せば、彼が立ち上がりゆっくりと歩いてくる。そしてゆっくりと、私の手をとった。


「……分かった」

「うん、ありがとう!あなたの名前は?」

「……ラシャ……ラシャ・カエルムだ」

「ラシャ。絶対にいい国にしましょうね!」

「……ああ」

そしてゆっくりと鉄格子の扉が開く。


「ジェームスがやるの?」

「はぁ……これくらい気張れ。8歳の姫さんが度胸を示してんだから」

ジェームスが呆れながら看守を振り返り、鍵をひょいっと投げれば看守が慌ててそれをキャッチする。


「ほら、行くんだろ?」

ジェームスが扉の外へと促してくれる。

ラシャは鉄格子の中からゆっくりと出ると、鉄格子の外でもゆっくりと私の手を取ってくれた。それから……。


「……姫さん?何で俺の手も……」

「ジェームスも行くのよ。私と一緒に、暗闇大陸へ!」

「……は?何で俺を……」

それは暗闇大陸に行きたくないと言うよりも同行者に選ばれたのが心底不思議と言った感じだった。


「ジェームスだからいいと思ったのよ」

それに私がジェームスを連れていかなくても、ジェームスはいずれ暗闇大陸に送られてしまう。生には執着しない、しかし彼は未だ何かのために生きることを諦めてはいない。それは心もとない看守でもあるかもしれないし、ほかの受刑者……もしくは罪に問われる要因になった誰かなのかもしれない。しかしながら最期の流刑地に彼が辿り着いた時、彼はついに生きることを諦めてしまうのではないか。そんな不安が拭えない。


「それにジェームスなら私みたいな幼女を暗闇大陸に行かせたりしないでしょ?」

そんな優しさと、彼の生きる意味を諦めて欲しくないから。ラシャは一緒だ。しかしながら、大人がひとりいると言う安心感もある。私たちはまだ子どもで、大人の力が必要だ。


「それとも……嫌?」

「そんなわけあるか……っ!いや、その、怒鳴って悪かった。しかしどうせ生かされているのが不思議な身だ。死地だろうが暗闇大陸だろうが……行くことに悔いはない」

「でも……」

「うん?」

「死んだらダメよ。あなたは私の国民第2号なんだから!」

「……分かったよ。ふん……変わった姫さんだな」

ジェームスの固い手が私を撫でる。でもそれはとても優しくもあった。




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