【22】アミナス
――――私たちは通称眠る六神ことアミナスと会うことができた。そしてラシャがアミナスにホッとしたように声をかける。
「アミナス、お前は無事だったんだな」
「ええ、我が主よ。私が狂えば破壊の邪神となる。世界樹や森の精は私と性質を同じくする故にこの大陸では効果がない。尤も……白昼は私の邪神回帰を望んでいた……」
「それって外の世界を……」
ハッと息を呑む。
「滅ぼすこと……白昼が望むこと」
「やはりか……」
ラシャが嘆息する。
「白昼が望むは女神への反旗。勇者が目覚めない世界では白昼を止めることは女神でも不可能。地上への過干渉は認められない」
冥界の長も干渉には条件があるものね。しかし勇者って……。
「生まれなくしていたのは冥界の長さんだよね」
「然り、聖女の末裔よ」
え……?聖女って……。
「勇者じゃないの?」
帝国の皇族って勇者の末裔ではなかったか。
「汝が我が主を選んだのなら、我らは聖女の末裔と見なす」
「どう言うこと?帝国の皇族は勇者と聖女の子孫ってことかな」
異世界ファンタジーによくある勇者と聖女が結ばれたと言うやつか。ラシャを見上げる。
「いや、それはない。聖女は……勇者を裏切って魔族側についたはずだ」
え……?聖女は裏切った……?
「だからあり得るとしたらアリーシャの母方だ」
「お母さまが聖女の子孫だった……?」
物心ついた頃にはお母さまは既にいなかった。ジル兄さまが教えてくれたことしか知らない。とても優しくて、私はお母さま似だって。
「世界樹は世界の生命の根源……汝の根源がそれを示している」
「アミナスは世界樹と性質が似ているから、分かるんだ」
とラシャ。
「でも……破壊と生命はどちらかと言えば逆のような……」
「ああ……目を開ければその性質を持つが目を閉じていれば真逆……アミナスは再生を司る神だ」
「……っ!」
だからこそ、性質が似ているのだ。
「だから暗闇大陸は……かつての魔王国はとても栄えていた」
「初代魔王は我が破壊の力を恐れず退けず、この世界樹の大陸へと導いた。ゆえに私はここにいる」
そしてアミナスは再生の神の側面を発揮し魔王国を豊かにした。六神たちが暗闇に閉ざしてもこんなに自然が豊かなままなのはアミナスの力……?
「けれど、それが同時に魔王国を滅ぼした」
え……?再生の力がどうして。
「お前のせいじゃない。魔王国には外の世界が求めるものが多くあった。純血のエルフたちは世界樹を欲しがった」
この世界のエルフもやはり世界樹を求めていた。
「人間たちは長命種に焦がれ再生の力を欲しがった。不老不死を欲しがった。罪を受け入れず救いのみを欲しがった」
アミナスの片面だけを欲しがりアビスやアーベンの一部の力を忌避した。
ダークエルフたちはしっかりと理解していたのに。
「そして……多くの種族の中で最も非力な人間に勇者と言う存在が与えられた。人間も、純血のエルフも、みな勇者の力を利用して魔王を殺して魔族を滅ぼそうとした」
「……なら、勇者は元々何のために与えられたんだろう」
多くの異世界ファンタジーでは勇者は魔王と戦い討ち滅ぼすために存在する。
「非力な人間が他種族の中で生きていくためだ」
その中に、元々は魔族と戦うことなど含まれていなかった。
「なのに……勇者は」
「滅ぼしてしまったのよ。魔王を、魔族を」
クレアが静かに告げる。
「そして……主を失った六神たちは邪神へと回帰した。勇者のいない世界では六神たちをどうにもできない。いずれは六神たちが暴れだす。天界の女神は供物を捧げることを命じることしかできなかった。それを是とするために勇者の子孫たちは帝国を創り世界のほとんどを手中に治めた。この世界の存続のためのプログラムを壊すものがいないように」
プログラム……また妙に科学的な表現だが……習うこともなかった真実。もしかしたら皇帝や皇太子ほどの高位の皇族でなければ知らないような国家機密。
「でも……六神たちを抑えるのは限界なのでは?」
「然り。私が目覚めぬとも世界を破壊する力を白昼と黎明は暴走させるだろう」
「やはりあの二柱はセットかよ」
ラシャがはぁと溜め息をつく。
「セットって言うのは……」
個人的には六神と言ってもみなそれぞれ独立しているような気がするのだ。アーベンはアビスと境界を交えず、アビスは好きに振る舞っていて、アミナスは世界樹と共に眠る。
「それらを形容するいい言葉があったはずだ」
「そんなのあったか?アミナス」
「ヤンデレなのれす?」
「ブラコンなのれす?」
「森の番人さん教えてくれたのれす?」
その時森の精たちがアミナスをアシストするように告げる。
「うむ……そうだ。番人は多くのことを知っている。ロリコン……」
ん?あ、アミナスから聞き慣れたけどあまりイメージに合わない言葉が聴こえたような……。
「それも番人が教え広めた言葉ではなかったか」
「くらやみたいりくなる前に広またのれす?」
とるりなちゃん。
うん……?
「原因はお前かキハダ――――ッ!!!」
「誤解です!ラシャさまのことじゃありませんよそうですよね!?」
「あったり前だろぉがっ!」
しかしロリコン、ヤンデレブラコン。昨今のサブカルを彷彿とさせる用語の数々をキハダさんが広めたと言うのは一体……。
「……ま、そんなわけであの二柱はセットだ。白昼を目指すのなら必ず黎明が牙を剥く」
「そうだ。主のロリコンの件はさておき……」
「後でキハダを殴っておく。アミナスにまで妙な言葉を教えやがった」
「ひえっ」
ラシャの言葉にキハダさんが身震いしていた。
「主の帰還……もう六神が外の世界に対する迷いはない」
むしろ今までラシャが捕らえられていたのは六神たちを牽制するためだったの?しかし再びラシャを大陸に戻したのはそれだけでは抑えられなくなったから。だとしたら……皇太子は……。
「最後の砦は地底種たちの待つ雪明かりの地」
「分かった。そこへは登れるか?」
「世界樹が導こう。閉ざされた扉を開き、雪明かりの協力を得るといい。アレの協力を得られれば聖女の力は主の助けとなる」
「どう言うことだ?」
ラシャでも知らないこと……?
「聖女はそうして魔王の国を守った。……勇者にはかなわず、世界樹の根源へと還ってしまったが。相手は勇者ではなく六神。我ら四柱がついている……いや、五柱か」
冥界の長さんも含まれているのだ。
「だが……相手はあの二柱だぞ」
「憶したか、主よ。我ら六神を鎮めたのもまた主である」
「……俺にできるのか」
ラシャがいつもよりも弱気……?
「きっとできるよ、ラシャ!」
「……アリーシャ?」
「二柱の六神とも仲間になって、それで私たちの国を興すんでしょ?みんなが種族関係なく暮らせる国を再興するんでしょ?なら、やらなきゃ」
「……仲間、か。そうだな……そうだった。ごめん、アリーシャ。少し弱気になった」
「ううん、ラシャが元気になるなら私も頑張るから!」
「ああ……ありがとう……アリーシャ」
頷いたラシャの顔にもう迷いはなかった。




