【2】頼れる背中
――――皇太子が手配してくれたのか、私は王城の敷地の一郭にある牢屋へと移動できた。とは言え私が普段暮らす王宮とは遠く離れており、馬車で3時間かけてやって来た。ここは騎士団が管理する敷地で、罪人の牢屋も管理しているのだ。しかし離れている……うん。ま、皇族の暮らす王宮の近くに作るわけにもいかないのだから当然よね。と言うか来るまでに確実に街を通ってきたのだから、王宮と地続きの敷地ではないだろう。完全に陽が傾きかけている。飛び地だ。むしろここは帝都のどの辺か。いや、まだ帝都なのだろうか。普通皇女が来る場所でもないから分からない。
「ここにいるのは暗闇大陸に送られても文句の言えない罪人ばかりです」
看守が告げる。
「どういうひとが暗闇大陸に送られるの?」
「例えば……領主の命で大量の領民の首を斬り落とした首斬り、何人もの住民を通り魔で殺したもの、強盗に押し入り金品を奪ったものなど。処刑に値する罪を犯したものが」
処刑ではなく流刑地の暗闇大陸に送られる。いや……送られること自体が実質的な処刑なのかな。
「ねぇ、どんなひとだったら暗闇大陸で生き延びられると思う?」
「さて……あそこはひとたび入れば決して出られぬと言われております。なので誰にも分かりません。しかしひとつだけ」
「なぁに?」
「彼らが逃げても処刑されないのは暗闇大陸に入るまで。暗闇大陸に入れば何をされるか分かりません。ですので……人員は慎重に選ばれるべきかと」
「……」
確かにそうだ。暗闇大陸に入ってしまえば私の命なんてどうとでもなってしまう。暗闇大陸に一緒に行ってくれるような度胸のあるもの。それから……私と共に国を作って国民第1号になってくれるものでなければ意味がない。
「分かりました。早速通してください」
「……」
看守がじっと私を見る。
何か失礼をしてしまったろうか?
「あなたは恐ろしくないのですか?この中にいるのは凶悪犯。あなたはただの非力な子どもだ」
「私の供になってくれるひとは恐くないですよ。それに騎士団がちゃんと警備もしてくれているなら、何を恐れるんです?」
「……それを言われては何も言えませんね」
看守はふぅと息を吐けば、私を中に通してくれる。中では別の看守が先導してくれるようだ。牢屋の並ぶ通路を通っていれば、妙にひと気がない。収監者はさほど多くないのだろうか。
「現在は食事時なんですよ」
そういって案内された場には大きなガラス窓があり、その向こうに受刑者たちの姿が見え、みな食事が乗せられたトレーを運び食事を取っているようだ。
うーん……できれば直接話したいのだけどなあ。看守の後に続いて歩く。
「ですが危ないのでこのガラス越しに……」
「え?今なんか……」
言った……?先ほど案内してくれた看守がガラスの向こうにいる。え、違う看守……隊服が同じだったから、つい!
「何だ?何でこんなところにガキが」
「誰だこんなガキを連れ込んだやつぁ」
くるりと振り返れば、こわもての大柄な男たちが私を見下ろしている。恐怖がないわけではない。イキッて踏み込んでみたものの、どうして今さら【恐い】だなどと思うのか。私は暗闇大陸に国を作るのに……こんなところで恐怖など……っ。
先ほどの看守が急いでこちらに向かうのが見える。
受刑者のひとりが私に手を伸ばす。
「へ……っ、ちょうどいい」
どこら辺がちょうどいいのか分からない。
「やめやがれ!まだガキだろうが!」
しかしその手を弾き私の前に立った背中にハッとする。藍の髪はオールバックにしているようだが、こちら側からじゃ顔は見えない。
しかしその背中にはどこか頼もしい何かを感じた。
「ひ……っ、首斬り」
「やべぇぞ、おい」
「わ、悪かったから勘弁してくれ!」
途端に受刑者たちが汗を垂らす。うん……首斬り?しれっと恐ろしいワードが聞こえたわね。
「こら、放れなさい!」
案内人の看守や、先ほど出入りしていたと見られる看守が迫る。
「いいの!そこで待って」
「しかし……」
看守たちは皇女の言葉と私の安全をどちらを優先すればいいのか、どうしていいか分からないように立ちすくむ。
私は頼もしい背中からひょいっと顔を出し、隣に並ぶ。
「あの、私は第5皇女のアリーシャです」
その言葉に受刑者たちがざわつく。嘲笑ではない戸惑いの声だ。
「みなさんの中に私と一緒に暗闇大陸に行ってくれるひとはいませんか!?」
そしてその場が静まり返る。
「暗闇大陸……皇女さまと一緒に行けばいいのか?」
前に進み出たのはなかなかに凶悪な顔をした男である。
「ええ。そうすれば恩赦が与えられます」
「つまり……暗闇大陸に行く道すがら、皇女さまが不幸な事故にでも会えば俺はお役御免……自由ということだ!?なぁ、そう言うことだろ?」
「いえ、私と一緒に暗闇大陸に入らないと即処刑だって皇太子が言ってましたよ」
「……え」
凶悪な顔の男が崩れ落ちる。意外と小心者だったのだろうか。
「……おい、姫さんよ」
私に声をかけたのは隣に立つオールバックの男である。瞳は臙脂、こわもてだが私を恐怖で脅そうなどとはしない。
「暗闇大陸に送られることは実質死ねと言われているのと同じだ。逃げても死ぬ、行っても死ぬ。お前さん、何のために罪人を連れていく気だ」
「決まってます。私は暗闇大陸に国を作ります。だから……第1国民にします!」
「はぁ……?」
「私は皇帝陛下から暗闇大陸をもらいました。そしてそこに流刑者を連れていく恩赦の権利をもらいました」
「……まだガキだろうが。それをあんな流刑地に……」
「それでも私は皇女だから……行かないといけないの」
むしろ、行きたい。暗闇大陸がどんなところなのかを知りたい。そこに私の国を作りたい。
私が求めるロマンと冒険の答えがそこに待っている気がするの。
「連れていくのはこの牢獄のものなら誰でもいいのか」
「うーん……皇太子からはここを手配してもらったので、この牢獄から選ぶようにと言うことなのかと」
ここには暗闇大陸に送られるようなものたちが収監されている。だから流刑者として送るのも私の供にするのも一緒と言うことだ。
「なら……暗闇大陸からここにやって来たやつがひとりだけいる」
え……?あそこから帰ってきたひとはいないんじゃなかったの?
「おい、ジェームス!それは……っ」
看守が彼……ジェームスの言葉を遮ろうとするが……。
「こんなガキをひとりで行かせるつもりか」
「……」
看守が沈黙する。看守もそれしかないと悟ったかのように。
「会います!私、そのひとに!」
そして一緒に暗闇大陸で国を興すのだ。