【15】冥界の意思
――――周囲に緊張が走る。草影の後ろから何かが現れる。
「へぇ……こんなにエモノがたむろしてるとはナァ」
痩せこけているが見るからに異常と分かる男は手に持ったナイフ片手に舌なめずりをする。
「俺はナァ、人間を30人も殺した殺人鬼ナンダァ……あぁ、殺したい殺したい……もっと殺したい!あ゛……?何でこんなところにガキが……いや、ガキの泣き叫びながら絶命する姿も最高だぁっ!」
ひ……っ。恐怖が背筋を伝う。すかさずジェシーが庇ってくれるが、恐ろしい。ジェシーだって恐ろしいはずなのに。
「黙れよ」
その時ジェームスが男の前に立ちはだかる。
「あ゛?この殺人鬼さまにナメてかかろうってのかぁ?なら最初はお前に……」
「黙れと言ってんのが分かんねぇのか。殺人鬼?殺したい?バカか。こちとら首切人。何百何千と始末してきた。お前のような狂人もだ」
「……く……くびき……まさかお前……ジェームス……首き人の……領主殺し!」
領主殺し……?
「ああ間違いねぇよ。最後にお前のような狂人の首と胴を切り離した。お前もそうしてやろうか?楽しいだの何だの甘えたこと言ってんじゃねぇよ。どれ、その性根ごとかっ切ってやるからよ」
「ひ……っ」
あれほど残忍な趣味を豪語していた男が脅えきっている。ジェームスの威圧はまるで鬼気迫るかのような迫力だ。
最後にジェームスがの刃が男の目と鼻の先を裂けば、男がへなりと腰を打つ。
そして無惨にも男は何とか逃亡しようとする。
「ダメだ、あんなのを放置したら被害者が出る!」
ジェームスが追おうとしたのをラシャが寸でで止める。
「ラシャ!」
「ダメだ!」
その瞬間、男の頭上に青白い光が降り注いだ。
「アリーシャ!」
「見たらダメ!」
ジェシーとクレアが私を抱き締めた。多分それを見せないように。
――――刹那、断末魔の叫びがこだまする。
「……つまらん。我が遊戯を邪魔するなど笑止。しかしこれは全くもってつまらん。ゆえに裁きを受けるのみ」
裁きを与えた男の声が響く。
「ようやっと会えたな。宵闇……いや、アビス」
ラシャが宵闇の名を呼ぶ。本当に六神が顕現したのだ。
この奇妙で残虐な遊戯を取り仕切る六神宵闇……アビス。その声はどこか怠惰で何をするにも飽いているかのようだ。まるでこの遊戯の勝者など興味がないかのように。
「遊戯の時間は終わりだ、アビス。アリーシャにこんな残虐なものを見せておきたくはない。場所を変えるぞ」
「何をつまらないことを。いや……世は何も面白くはない。ただ怠惰でこの大陸を覆う闇以外は何もない」
「それなら終わりにしよう。アビス」
「この暗闇大陸を終わりにしようと言うことか。たとえ汝でも……いや、汝にはその資格がないと言うことだ」
アビスの強い怒りを感じる。
「いでよ……」
その瞬間、地面から黒々としたものが這い出る。しかもこの匂い……腐臭!?
「……アンデッドだ!」
異世界お決まりの!?
「おい、ラシャ!アイツも生き返ってんじゃねぇか!」
「バカ、ジェームス!死んでるからアンデッドなんだよ!」
確かにそうだけど……。
「しかしどうする。お前の言うことも聞きもせず、ありゃ敵と認識している」
「く……っ」
ラシャが苦虫を噛み潰したように悔しげな声を漏らす。
「でもどこに逃げれば……」
クレアが迫り来るアンデッドたちを見る。どうすればいい。こんなところで……絶体絶命だなんて。いや、諦めちゃダメだ。何か……何かあるはず。
【……の力は、光】
またあの声だ!そっか、さっきの治癒魔法!闇色の空に向けて手を伸ばせば、そこに光が灯り輝く。その拍子にアンデッドたちが動きを止める。やっぱり……弱点は光だ!
「おのれ小娘!」
神の怒りの声が轟く。
【走って……こちらへ……早く】
先程よりも鮮明に響く声。
「みんな、あっちに、早く!」
そう告げれば、ジェシーが私を抱え上げ走り出す。
「アンデッドたちが動きを止めてる!早く!」
ラシャの言葉にみなも続く。
「おのれ……逃がさん!」
「ゴーレム!」
ラシャが叫べばぐぅちゃんが最初出会った時のように巨大化する。しかも……ほかにも集まってきている!?そしてゴーレムたちが一斉に光線を放つ。
「これしきのことでっ」
アビスの悔しげな声が響く。ゴーレムたちが少しでも足留めをしてくれている間に……!
私たちが辿り着いたのは泉のほとりだった。
「一体ここに何が……おわっ!?」
ジェームスが言いかけた時、途端に空からぼとぼとと重たい何かが降ってきて地面に突き刺さる。
「ぐぅちゃん!?と、お友だち?大丈夫なの!?」
「吹き飛ばされたな。元々の姿で吹き飛ばされたら大惨事だからぐぅちゃんの真似をして小さくなったんだ」
とラシャ。ぐぅちゃんたちってすっごく重たいはずなのにそれを吹き飛ばす六神はやはりひとの理の外にあるのだ。
そして再びアンデッドたちと共にアビスが迫り来る。
「観念せよ。もう逃げ場はない」
【それはあなたの方、アビス】
その声は泉から聞こえてくる。それは私だけではなく周りにもアビスにも聞こえたようで全員の視線が泉に集中する。
さらにアビスはその声にひどく驚き、そして怒りを滲ませた。




