【10】六神の真意
――――突如現れた私たち、そして警戒心をあらわにするハーフエルフたち。しかし彼女たちはこの森に幼女がいると言う事実よりも魔族のラシャを恐れている。
「絶滅したのでは」
「しかし、地底種ではないぞ」
地底種って地底人!?この世界では地底種は魔族なのかな。でもよくあるファンタジーの世界のようにまさか人間食べたりしないよね?いやいや、まさか。
「だがその他はどうだ。少なくとも2人は罪人だ」
きっとジェームスとジェシーのことだ。さすがに私のことはその対象から外しているようだが。
「俺は恩赦もらってるからな」
「ジェシーも悪くないもんっ!」
ジェームスに続けて私も負けじと言い返す。
「罪人であることには変わりない!」
「ここに罪人を入れるなどと……っ」
「だが……何故この森に人間の子どもが……」
罪人を徹底的に排除しようとする彼女たちだが、注目すべきはやはり私の存在だ。
「その、私は帝国の第5皇女アリーシャです!私はこの暗闇大陸に国を作りに来たんです!」
「帝国の……っ」
「ここに人間の国を?」
「人間にもエルフにも追われて、やっと安住の地を手に入れた我らの地をまた奪う気か!」
ハーフエルフたちが烈火のごとく怒る。すかさずジェシーが庇ってくれるが……何故そんなにも怒るのか。
「私は、種族関係なくみんなで暮らせる国を……」
「そうだろ。このメンツを見て何故そう言える」
ジェームスの言う通りだ。私は魔族も人間も、獣人族や彼女たちも一緒に暮らせる国が作りたかったのに。
「そんなもの出任せだ!」
「我らの地を奪うなら子どもとて容赦はしない!」
「所詮は我らを追い出した人間!」
「そこまでにしておけ」
ハーフエルフの激しい抵抗にラシャのいつもよりも低い声にその場がピタリと静まり返る。まるでそうしなければならないような緊張感が場に満ちる。
「ラシャの言う通りだ。まだ8歳の子どもに向かって大人がすることじゃねぇだろ」
ジェームスの言葉にハーフエルフたちは苦々しい表情を浮かべつつも私を憎むように睨んでくる。
「だが人間は……っ」
「完璧なエルフは重宝するくせに」
「エルフに言われるがまま私たちを罪だとして追い出した!」
どうしてそこまで人間を憎むのだろう。確かに彼女らを追い出したような悪い人間もいるだろうが、種族で善悪を判断する考えは私には分からない。
「ここは我らの土地だ!出ていけ!」
「……違うな」
ラシャの重みのある声が再び響く。
「ここはお前たちの土地じゃない」
「魔族だからって私たちの安住の地を奪うのか!?今ここで暮らしているのは私たちだ!」
「それも違う。ここはかつては魔族の土地だった。けれど魔族のほとんどが滅び帝国領になった。しかし実質主のいなくなったこの大陸は……六神たちの支配下。何故六神が主のための土地にお前たちを住まわせているか知っているか」
主とは魔族のこと……?しかしそれなら地底種はまだこの土地にいる。
主がいなくなったと言うことは地底種とは別の魔族種ってことかな。例えばぐぅちゃんの主でもあるラシャと同じ魔族種とか。
「わ、私たちが無実の罪でこの土地に流されたからっ」
「六神が慈悲を与えたんだ!」
「そうだそうだ!その証拠にここには罪人は入れない!ここに入ろうとする罪人どもは六神によって裁きを受ける!」
普通に考えれば神の慈悲。しかしラシャの考えは違うようだ。
「お前たちは六神を救いの神か何かと勘違いしていないか?少なくともここに座する六神は比較的穏やかな性質だが本質は勧善懲悪。あくまでも主のために勧善懲悪を行う。その他はただの遊戯に過ぎない」
ここに座するってことはそれぞれの六神に司る本質があるってことだね。しかし遊戯とは……。
「遊戯、だと?」
ハーフエルフたちもその言葉に眉をひそめる。
「そう。例えばお前らは六神のために何をしている?」
「森で採れる僅かな食料の一部を供え、六神の地にわけ入る罪人どもを駆逐している!」
普通神さまと聞くとそれは普通のことに思われるが。
「なるほど……遊ばれてるな」
「遊ばれている……だと?」
「その通り。先ほども言った通りここの六神の本質は勧善懲悪。もしもお前たちに慈悲を与えるのなら、六神の一柱として暗闇大陸を覆う闇から外の地に渡るための橋へ導くだろう。しかしそれをしない」
大陸を覆う暗闇の壁は六神なら開けるのだ。つまり暗闇大陸の異常のほとんどには六神が絡んでいる。
「それは……外の世界に私たちが暮らせる土地がないから……っ」
「そのような理由を六神は赦さない」
「え……?」
「この土地に魔族の主の意思なく他種族を住まわせている。あいつらがただで住まわせるわけがない」
まるでラシャは六神たちをとてもよく知っている様子だ。魔族はみんな六神に詳しいのかな。
「外からの罪人を中に入れている理由も、単純に遊ぶ材料が欲しい。ほかの六神たちならあり得る」
六神とは私たちが想像するような暗闇大陸の守り神や救いの神さまではないってことだろうか。
「ここの六神なら恐らく……お前たちの罪はここで六神に奉仕させ飼われるだけの軽い罪、追い出された罪人は六神の裁きを落とすほどの大罪だったと言うことだ」
「そんなはずはっ」
「私たちが何をしたと言うんだ!」
「ハーフエルフとして生まれたと言うだけで差別され迫害され果ては暗闇大陸に送られた!」
「さて……そのような境遇だからだと罪を犯していないかは分からない。嘘だと思うのならここの六神に問うてみるといい。答えるかは分からんが。……ただひとつ分かることはある」
「そ……それはなんだ!」
「アリーシャは暗闇大陸に国を作ると言った。そして俺はそれに頷いた。お前たちがそれに納得できずこの地の所有権を主張するのなら六神は必ず牙を剥く」
決して冗談で言っているわけではないラシャの気迫に息を飲むのは彼女たちも同じだ。けど……。
「あの……私はみなさんも、魔族も獣人も人間も……みんな一緒に仲良く暮らせる国を作りたいんです!考え方はなかなか変えられるもんじゃないかもしれないけど……私はほかのみんなと仲良くしてくれるなら、あなたたちにも私が作る国に住んで欲しいの!」
「……」
ハーフエルフたちが私をじっと見据える。
「だから……私が国を無事建国できたら、また……答えを聞かせて?」
「……考えておく」
リーダーと見られる彼女が静かにそう答える。
「はむ……アリーシャのお陰で寿命が縮まったか。アリーシャに答えを返すその時まで、お前たちはこの六神の用意した箱庭で暮らすことを赦されたと言うことだ」
えっと……取り敢えず彼女たちはここで暮らせるんだよね。建国したらその時も彼女たちにも暮らしてもらいたいけど、後は彼女たちの考え次第だ。
「そう言うことだ。いいな、アーベン」
ラシャがそう告げれば、私たちの間にひとりの青年が舞い降りる。
暗赤色の角はラシャと同じ形、濃い茶色の髪、金色の瞳は瞳孔が縦長。手には金色の錫杖を持つ。
「我らが主が望まれるのであれば」
そしてくすりと微笑んだ。




