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第2章 ヘンテコTシャツで討伐依頼を受けたら、街が燃えた件

 朝焼けの空に二重の月が透けている。俺は村を出る前、勝手に増えた荷物を背負いながらため息をつく。荷物と言っても、村の仕立屋が「お礼だ」と渡してくれた白無地のTシャツ山盛りだ。

 胸ポケットに収まる布様――いや、《ファブリクス・ディスティニー》は得意げに喋り続けている。


『これで毎日違う柄を刷れるな』

「インクとプリンターがない」

『墨と野草でも染まる。魂がこもれば何でも柄だ』


 そんな行き当たりばったりの会話を背に、俺とエルシアは最寄りの都市、リヴァリアへ向かった。道中、グラン=ロックという冒険者が合流した。彼は昨日の魔獣討伐の噂を聞きつけ、俺の背後で両腕を組んでにやけている。


「お前が噂の餃子野郎か。面白え力じゃねえか」

「餃子野郎はやめろ。俺は天城悠翔、Tシャツヒーローでいい」

「余計ダサい」エルシアの冷たい視線が突き刺さる。


 リヴァリアは石壁に囲まれた商業都市だ。朝一番、北門をくぐると香ばしいパンの匂いと牛乳を配る少女の声が混ざって活気がある。武器商や魔法アクセサリの屋台も軒を連ね、旅人や冒険者が石畳を行き交う。異世界ってやつはRPGのスタート地点みたいでテンションが上がる。


 まずは冒険者ギルドへ。受付のカウンターで栗色髪の女性が微笑む。

「新規登録ですね。クラスと得意分野を教えてください」

「クラスは……Tシャツ使い?」

 受付嬢は瞬き三回。

「それは職業ですか?」

「世界で俺だけの新職です」

「登録書類にないので“その他”にチェックしますね」


 ギルドカードを受け取り、クエスト掲示板に向かうとグランが指を突き出した。

「おう、手頃な魔獣退治がある。Cランクだが賞金がいいぞ」

「いや待て、まだ俺のスキルはランダムで――」

 と説明する間もなくエルシアが依頼書を剥がした。

「試しに実績を作るのが先よ。危険なら私がサポートする」


 こうして俺たち三人パーティー「チームT」が結成された。名前は俺が即興で決めたが、エルシアは無言で額を押さえ、グランは大笑いしていた。



 初仕事の対象は「岩甲熊がんこうぐま」――岩の鎧を持つ熊型魔獣。森の岩場に巣を作り、旅人を襲うという。

 現地に着いた俺は、例の白Tに手描きで「猫耳量産」と大書し、着用。布様が低く唸る。


『……このダサさ、嫌いじゃない』

「頼むぞ、今日の一発目」


 岩陰で熊の咆哮が響く。身長三メートル級、背中にゴツゴツした岩板が鎧みたいに張り付いている。グランが斧を振り上げ、エルシアが光の剣を構える。


「いけ悠翔、スキルを!」

「了解、猫耳パワー!!」


 Tシャツがぱんと弾ける音。

 次の瞬間、熊の頭にふわふわの猫耳が生えた。さらに尻尾も付いて、岩甲熊はきょとんとした顔。


「……可愛い!」

 一同が拍子抜けするなか、熊は自分の耳を掻きむしりながら転げ回り、ゴロゴロ喉を鳴らしている。敵意ゼロ。


『スキル効果:敵意低減×魅了。攻撃力ゼロ』

「殴るに殴れねえ……」グランが涙目だ。

 だが依頼は討伐。渋々、俺は次の柄を考える。手持ちTはあと数枚。早着替えで「ネギ無双」と大書したシャツにチェンジ。


 息を整え、胸を叩く。

『スキル発動――《ネギ無双》』


 刹那、俺の周囲に無数の青ネギが螺旋を描きながら出現。ネギは光の矢と化し、熊の岩装甲の隙間に次々突き刺さる。柔らかな葉が岩を削り、白い茎が杭のように貫通し、熊は断末魔すら可愛く「にゃあ」と鳴いて崩れ落ちた。


「討伐完了……なのかしら」エルシアは剣を降ろす。

「このネギ、うまそうだな」グランは一本抜いてかじった。


 帰路、街道沿いには「猫耳を付けた熊を見た」という噂が早くも飛び交い、俺のギルドカードにはCランク討伐クリアの印が刻まれた。ギルドホールで拍手が起こると、調子に乗った俺はカウンターの椅子に片足を掛け、胸を張る。


「どうだ、Tシャツ使いの実力!」

 ギルドマスター風の長髭オヤジが目を細める。

「確かに成果は見事。しかしランダムというのはリスクが高いな。次は失敗するかもしれん」

「失敗しないさ、Tシャツは裏切ら――」


 言いかけて布様が咳払い。

『油断すんな。ランダムには波がある』


 その晩、酒場で祝杯をあげると周囲の冒険者が集まってくる。

「兄ちゃん、その柄描くだけで強くなるのか」

「俺の鎧にもプリントしてくれ」

 酔って絡まれるが、エルシアのツッコミ平手で静まる。


「調子に乗ると足元を掬われるわよ」

「わかってるって。ありがとう、面倒見いいな」

「うるさい」



 二日後。都市中心部で「暴れる三頭犬の捕獲」という緊急依頼が貼り出された。ギャラも高い。俺は真っ白なTシャツを広げ、筆を走らせる。


「よし、『地割れ』っと」

 エルシアの眉が跳ね上がる。

「待って、そんな破壊系を街中で?」

「でも三頭犬だぞ? 一気に足止めするなら地面ごと裂いて――」

「街の人はどうするの」

 心配そうな顔。俺は笑って肩を叩いた。

「大丈夫、たぶん威力調整できるって」


 現場は市場広場。石畳の路面電車ならぬ荷車が行き交い、香辛料と果物が山積み。三頭犬ケルベラリアは鎖を引きちぎり、露店を壊して走り回っている。子供が泣き、大人が悲鳴を上げる。


「危ないから下がれ」グランが盾代わりの斧で犬を引き付ける。

 俺は肺を満たし、叫ぶ。

「Tシャツ、いけーっ」


 胸の文字が紫に輝き、石畳に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。地面が唸り、振動。

『スキル:大地の亀裂、半径二十メートル』布様の声が妙に楽しげだ。


 轟音を立て、道のど真ん中がぱっくり割れた。

 ケルベラリアはバランスを崩し、片脚が穴に落ちる。だが石造りの倉庫まで巻き込まれるのは想定外。建物がミシミシ傾き、荷車が滑り落ち、人々の悲鳴が増幅する。


「悠翔、止めなさい!」エルシアが怒鳴る。

「止まらない! 地面だから!」


 やっと収まった頃には、広場中心に巨大なクレーターができ、周囲の店が半壊。ケルベラリアは無事拘束したが、店主たちの怒号が飛ぶ。


「何してくれたんだ災害Tシャツ!」

「街を守る気あるのか!」


 ギルドマスターが額に青筋を浮かべる。

「被害総額は国庫レベルだぞ……補填は討伐報酬じゃ足りん!」


 俺は肩を落とし、背中で布様がしゅんと沈黙する。

 エルシアは溜息をつき、俺の前に立った。

「彼は悪気があったわけじゃ――」

「十分に悪質だ」

「ですが力が無ければケルベラリアは市街を食い荒らしていました」

「結果論だ」


 議論は平行線。結局、俺はギルドから“危険技能保持者”として警告を受け、街の修繕費が払えるまで高額依頼は禁止となった。実質、追い出しだ。


 宿の部屋で布様がぽつり。

『俺、やりすぎたか?』

「俺が指示した。責任は俺だ」

『ふざける力で救うって、思ったより難しいな』

「ああ。でも――」

 窓辺で月明かりを浴びるエルシアの後ろ姿が寂しげに見えた。

 彼女は振り返り、冷たい声。

「あなたの力は危険。このままだと人まで傷つける」

「次は絶対失敗しない」

「根拠はどこに? ランダムでしょ」

「根拠は……ノリだ」

「馬鹿」


 乾いた一言。されど胸に刺さる。

 沈黙が落ち、風がカーテンを揺らす。


「……でも」エルシアが視線を逸らしながら囁く。

「あなたの“ふざけてても諦めない目”だけは、嫌いじゃない」


 その夜、俺は眠れなかった。胸に抱えたTシャツが妙に重い。自信と不安が綱引きしている。

 ランダムスキルは諸刃の剣。誰も信用してくれない。信じられるのは――俺自身の笑いだけだ。



 翌朝、街を出る準備をしていると、グランが大きな袋を担いで現れた。

「おい悠翔、修繕費? 細けえことは俺が稼いでくる。お前は胸張って面白いことやれ」

「いいのか?」

「強い奴と組むのが冒険者のロマンだろ。ネギでも地割れでも、俺は後ろで叫んでやる」

「ありがとな」


 エルシアは鞘を鳴らし、俺の袖を引っ張る。

「行くわよ。“災害Tシャツ”でも、助けを求める人はいる」

「了解、相棒」


 肩を並べた瞬間、布様が軽く震えた。

 胸に新しく書き足した文字――「リスタート」。

『今日のスキル?』

「知らん。けどきっと――面白い」


 俺たちは東門をくぐり、まだ見ぬ冒険へ歩を進める。

 石畳の上で太陽が眩しく跳ね、背中の影が長く伸びる。

 道の先にはまだ笑いも涙も待っている。だが、そのすべてをTシャツとともにぶち壊して塗り替えてやる。


 ――次の柄はもっと派手に。


 俺は胸元をぽんと叩き、風の匂いを吸い込んだ。

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