吉川マナミ
一人の子が亡くなってから、2日後。
私は休みもあり感染症にかかった子達を心配しながら出勤する。
隔離室を見ると新しい子たちがダンボールに入ってご飯の催促をしていた。
ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、病気だった子達は?その疑問しか無かった。
隔離室の前に黒いゴミ袋が置きっぱなしになって作業しにくいなと思った。
「おはよう」
後輩に声を掛ける。
「おはようございます。白野さん新しい子たちの中のシェパード見ました?可愛い顔してますよ」
見たよー、と笑いかける。
身支度を整えて、後輩の方へ向き直る。
「ね、病気の子達は病院に入院してるのかな?」
後輩は、え?と驚いて、直ぐに表情を曇らせた。
「皆死んじゃったんですよ…」
私はその時、なにも考えられなかったのだろう。
今でもその瞬間のことは思い出せない。それ程衝撃的だった。
「あそこの…袋に」
後輩が指差したのは、隔離室の横のゴミ袋。
「なん…で?」
「処置もしないと…パルボウイルスは…」
「埋めてあげないと…でも、何処に…」
「あ、家の庭に埋めるから平気」
いつ来たのか吉川が何事も無いかの様に笑って言った。
愕然と見つめていると、吉川は消毒液のボトルを手に取った。
あぁ、それで他の子に移るのを防ごうとしているのか、良かった、少しは他の子の事考えてくれてる。
私はそう思った。
吉川はおもむろにゴミ袋を開いて、その中に消毒液をドボドボと業務的にかけていた。
「何やっているんですか!?」
「なにが?」
「その中には…子犬達が…入っているんですよね?」
わなわなと唇を震わせて言った。
吉川は、あぁと笑う。
「白野さん知らないと思うけど、腐っていくの防いでるのと病気が広がらないようにしてるんだけどなぁ、わからないかなぁ」
ぎゅ、とゴミ袋を結ぶ。
私はこうなってしまった後のことを、どうするのか知らない。けれどこれは間違っているのは分かる。
この女は人間なんかじゃない。
袋の形で確かに子犬達なのだろうと分かる。
その子たちに容赦なく液体をかけられる?
埋めるにしても何故2日もゴミ袋に入れて置きっぱなしなのか。
可哀想だと思わないのか。
生きていたのに。
吉川に消毒液かけてやりたい。
笑うな。
そうやってケラケラと笑うな。
この子達は本当は生きて新しい家族の元で幸せになる筈だったのに、最期がゴミ袋の中なのか。
視界が歪む。情けなかった。
こんなヤツの下に居るのは酷すぎる…
次の日の朝。
自転車を漕いでいた私は急な吐き気に襲われ、震える手足を引きずりながら家に帰った。
もう、あそこには行けなかった。
無責任にも、私は職場に行けなくなってしまった。