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第9話 東の勇者

「私は東の国、"エストリア王国" の勇者、白河レナ」

「俺が真の勇者だ」

「あたしはベリル!こっちがドロシー」

「…」

「蒼井コハクです。一応、魔法使いです」


 一人を除いて自己紹介が終わった。レナさんも勇者で、しかもヒロの姉らしい。言われてみれば、こいつの名字も白河だったか。仲の悪さは一目瞭然だ。


「これから作戦会議よ。あなたたちも来なさい」


 レナさんの声は、鋭く澄んでいた。間近で見ると美しく艶やかな黒髪。凛としたその姿に、同性でも目を奪われる。


「私たちは東から進軍し、すでに魔王軍四天王のうち二人を撃破。その後は隊を分け、私たちは南東の山岳地帯から敵の背後をとり、南の補給路を遮断。さらにもう一人の四天王を撃破し、この都市を制圧。現状、我軍優勢。これから東軍と挟撃し、魔王城を落とす。魔王は首都の城に籠っているが、最後の四天王は所在不明だから注意。以上、何か質問は?」


 完璧すぎる。論理的で簡潔、言葉に無駄がない。リーダーとしての風格も申し分ない。この人についていけば、絶対に勝てる。そう思わせる力がある。勇者とはこのような人を指す言葉なだろう。それに比べて、うちの勇者様は。


「ない、行くぞ」


 また始まったよ独断専行。私はこの人たちといたいんだけど。

 ベリルに手首を掴まれ、強引に引きずられていく。力が強いんだなベリルは。


「あのクソ姉貴、いっつも俺の邪魔ばっかしやがって!」


 ヒロの苛立ちが爆発する。どう見ても姉弟(きょうだい)仲は最悪。私怨で戦場に立つなよ。

 そのまま馬に乗り、戦場へと向かう。


「あの…作戦は?」

「…」


 無視。レナさんの完璧な作戦を聞いて、まさか何も考えてないのか?とんだ無能だ。何故こんな奴が勇者を名乗っているのだろう。

 案の定、ヒロは無謀にも敵陣に突っ込んだ。瞬く間に包囲網が展開される。いくら剣を構えたところで、数が違う。ヒロは四方を取り囲む魔族兵たちを睨み据えるが、いくら強気に見えても、一人で捌ける相手じゃない。どう考えても無茶だ。

 そのとき、馬蹄の音が響いた。土煙を巻き上げ、レナさん率いる援軍が駆けつける。兵士たちは訓練された動きで包囲網の一角を突き崩し、ヒロの周囲の敵を斬り伏せていった。


「勝手な行動は慎め。戦線が乱れる」

「うるせぇ、助けろなんて言ってねぇ!お前こそ、勝手なことするな!」


 …もう、ここまでくると呆れる。いくらなんでも天の邪鬼すぎる。レナさんが助けに来てくれなかったら、確実に死んでたのに。


「おい、勝手に行くな。…仕方ない。予定より少し早いが、我々も前進する。東軍に伝令を」


 レナさんの冷静な指示に、大軍が動き出す。コイツのせいで、皆を危険に晒してるのに。申し訳なさすぎて胃が痛い。うちの勇者様がアホでほんとすみません。

 軍勢は魔王城を目指して進軍。総勢100人以上。

 周囲には鉄と血と土埃の匂い。喉の奥に錆びた味が張りつく。

 城下の魔族はほとんどが非戦闘員なのだろう。私たちを見るや否や尻尾を巻いて逃げていった。小さな子どもを抱えて物陰に隠れる者、荷車ごと道端に放り出し逃げ去る者。戦場の狂気が、ここの住人たちにはあまりに異質だったのかもしれない。



「見えた、あれが魔王城か」


 夕焼けの空を背にそびえる、準日本風の巨大な城。現代的なコンクリート造に、和風の屋根が乗った奇妙な城。江戸城を彷彿とさせるその城は、まるで現代と過去の狂った融合体。

 城壁の上には黒い旗。魔王軍の紋章が揺れる。遠目にも、あの場所がただの建物ではないことがわかる。胃がきしむ音がした。荘厳な城が放つ重圧(プレッシャー)。思わず威圧され、恐れ(おのの)く。怖い、逃げたい。


「堅固な守りね。難攻不落とは聞いていたけど、やはり作戦をもっと練るべきだった。どうしたものかしら」

「コハク、やれ」


 レナさんが迷って…え、私?


「お前の魔法で城壁を爆破しろ」

「あ、そういうことね…火焔魔法、威力120.発破」

「お見事、皆の者、続け!」


 お得意の魔法で城壁を爆破。土煙と衝撃。城壁の一角が吹き飛ぶ。崩れた穴から、隊列が雪崩れ込む。大軍がまるで一つの生き物のように動き、あっという間に壁の内側を制圧、統率力が高い。勿論、指揮を取っているのはレナさん。人望も厚いのだろう。最前線で自分も戦っているから、指揮が的確で速い。というか、この中で一番強いまである。美しく剣を振るい、敵兵をバッタバッタとなぎ倒している。


「安心するのはまだ早いわ。あなたのおかげで城壁は突破できたけど、城内に侵入するにはこの大きな堀を越えなくちゃいけない。城につながる橋はすでに落とされている。籠城するつもりなのかしら。困ったわね、やはり作戦を…」

「魔法で城本体を爆破しろ」

「言われなくても。火焔魔法、威力120.発破」


 あれ、弾かれた。跳ね返った火炎弾が城下町の方へ飛んでいって爆発。やってしまった。人にあたってなければいいけど。


「魔法防御ね。高度な結界が張られている。ここは兵糧攻めが良いかしら…」


 そういうのもあるのか。仕方ない。地道に行くしかないか。

 土と水と火の魔法を組み合わせ、泥煉瓦の橋を構築。この間、わずか10秒。


「あなた…魔力も凄いし、とても器用なのね。うちの部隊に欲しいくらいだわ」


 レナさんに褒められた。嬉しい。この人になら、命を預けてもいい。もうあなたについてい行きます。


「退け!手柄は俺のものだ!」

「バカ!単独行動するな!」


 先陣を切ったのはヒロ。一人突っ走って敵をなぎ倒している。坂上からの遠距離魔法攻撃は、私とドロシーさんで迎撃。振り回されるこっちの身にもなってほしい。

 レナさんの合図で全軍が後に続く。砕ける骨の音、裂ける肉の音。耳の奥で反響する。

 城内戦に入ってからは、ベリルが暴れまわり、敵兵を蹴散らしていた。馬に乗ってばかりだったから、ここまで出番なかったね。ここぞとばかりにぶちのめしている。


 正直、私たち四人だけならとっくに死んでた。レナさんがいなければ、私たちは磔にされて公開処刑、畑の肥やしにでもなっていたところだろう。

 レナさんは戦場の中心で剣を振るい、冷静に全体を見渡して隊をコントロール。攻撃力、素早さ、知性、どこをとっても一流。おまけに美しさと凄絶さを併せ持つその姿は、もはや人の域を超えていた。


「第一分隊はヒロ、第二分隊は魔法で援護、コハクとドロシーに従って!残りは私に!」


 レナさんが的確な指示で敵を捌き、隙を作ってくれた。おかげで最上階まで来てしまった。

 この扉の先に、魔王がいる。できれば戦いたくない。死の匂いがする。胃が冷たくなる。

 ここまではレナさんが一緒だったから。でも、彼女は階下で最後の四天王と交戦中。ここには間に合わないだろう。

 突っ込むことしかできない能無し二人と、無口が一人。連携なんて皆無。誰も他人に合わせる気がない自由奔放なやつらだ。

 …このメンバーで、果たして勝てるのだろうか。

 できることなら、今すぐにでも逃げ出したい。

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