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第8話 最前線へ

 一夜明けて、私たちは『まどろみの森』と書かれた看板の前で立ち尽くしていた。地図上ではここを抜けるのが最短ルートだが、GPSがないので今どこにいるのかも分からない。

 勇者様はベリルの野生の勘を頼りにを頼りに進むつもりらしいが、ドロシーさんが難色を示している。あのふたり、昨日からずっとあんな調子だ。

 結局、勇者様の一存で森を抜けることになった。流石のドロシーさんも勇者様には逆らえないのだろう。


 森に入ると道幅はどんどん狭くなり、山の間を縫うように進む。正直、ベリルの勘だけでは不安なので、地図を片手に方角と距離からある程度現在地を推測する。間違っていなければ、たぶん、数時間も歩けば森を抜けられるはずだが…。

 ふと、視界の端が白く霞む。霧か?どこからともなく、花畑のような甘い匂いも漂ってきた。


 そのとき、(ココア)がピタリと止まる。前がつっかえているようだ。何しているんだ。全然動く気配がないので、馬を降りて前方を確認しに行くと、最前列の勇者様は、馬に乗ったまま虚空を見つめている。勇者様だけじゃない、ベリルもドロシーさんも同じ。まるで魂が抜けたみたいに。


 なるほど。これだ。看板を見たときの嫌な予感の正体が。馬飼さんが「危険だ」と言っていたのは、こういう意味か。

 納得している場合ではない。私以外、全員行動不能。このまま放置して帰りたいところだが、帰り道も分からないし、濃霧の中を歩き回るのも危ない。仕方ないから、起こすか。

 ベリルの脇腹をつっつく。反応なし。ドロシーさんもダメ。勇者様も。何だこれ。

 敵の攻撃か?それとも森そのものに何かあるのか。周囲を見渡せば、妙に歪んだ木々。気味が悪い。

 だとしたら、ちょっと伐採した方がいいかな。いや、焼き尽くす方が早いか。


「火焔魔法、威力30.ひのこ」


 ボッ、と火を放と、キィー!と甲高い悲鳴が響いた。木が鳴いてる。

 うるさっ、何?マンドラゴラとか、そういう類か。この木々が原因していそうだ。それなら、辺り一帯をまとめて焼き尽くしたほうが良さそう。


「火焔魔法、威力100.煉獄」


 魂すら焼き尽くす業火。悲鳴すら上がる間もなく焼き尽くす。うるさいからこれくらいが丁度いいだろう。そろそろいいかな、魔法で雨を降らせて鎮火。見渡す限り、灰の世界。これで辺り一帯浄化されたはずだ。木々は木炭と化し、地面に焼け落ちて更地になっている。このまま畑にしても良さそう。


 それでも勇者様は目を覚ましません。シンデレラじゃないんだから、そろそろ起きてもいい頃合いだと思うのだが。口づけなんて絶対嫌。

 不思議に思っていると、灰の匂いに混じってまだ甘い匂いが残っている。目を凝らせば、一際大きな木が残っていた。火力が足りなかったか。

 追撃の構え。


「火焔魔法、威力120───」

「マ、マッテ…」

「発破!」


 容赦のない一撃。微かに声が聞こえた気がしたが、構わず爆破する。私が学校を吹き飛ばした魔法だ。威力は十分証明されている。

 木っ端微塵にしたつもりだが、散らばった木片の一つ一つが、奇声を発しながら意思を持って(うごめ)いている。気持ち悪い。早く焼き尽くそう。


「火焔魔法、威力100.煉獄」


 無慈悲の焼却。断末魔のような悲鳴が聞こえる、ああうるさい。もう少し火力上げるか。威力120っと。強火で5分くらいか?

 やがて声は聞こえなくなった。完全に焼き切って、灰と化したのだろう。


「んあ…」

「ベリル、大丈夫?」

「んー、別に何とも」


 良かった。体に異常はないようだ。もう甘い香りも消えている。

 ベリルは夢の中で楽しかったらしく、状況を確認すると一言。


「これは… "マンドロミック" だな。人の夢や希望に寄生して幻覚を見せる植物だ。そのまま森に取り込まれて栄養分にされる」

「さらっと怖いこと言うね…というか、なんで私だけ平気だったの?」

「そりゃ、夢も希望もなかったんじゃない?」


 なるほど。酷い言われようだ。まるで元の世界の私を知っているかのような…あ、そういうことか。それを知っている奴が近くにいるじゃないか。噂をすれば、ソイツも目を覚ましたようだ。


「こえ…声が、どこだ?」

「それならコハクが焼いたよ」

「は?」


 勇者様が剣を引き抜くいやいやいや待て待て待て冗談でしょまだ幻覚見てるのか!?


「やめろって!コハクは助けてくれたんだよ!」

「そんなわけない!返せ!」


 ベリルが止めに入ってくれた。私はさっさと距離を取る。

 返せと言われても、何を?ベリルは制止しているだけで剣は取ってないし…

 ドロシーさんも起きてたなら見てないで助けてくれ。


「その声は森にとらわれた死者の魂だ!目を覚ませ!」

「…っ!」


 ベリルの説明で勇者様の癇癪もようやく収まり、気を取り直して再び出発。


 灰の森を抜けると、大きな街道に出た。地面は土だが、なだらかに整地されている。道幅も広いので、馬に乗ってスピードを出せる。そのまま風に乗って北上。

 日はとうに暮れているが、ここはすでに魔族の領域、通行証の効力が及ばない地域だ。野営なんてしたらきっと襲われる。

 夜通し走るが、馬が疲れるから小休止を挟みながらの移動。勇者様はうたた寝していたが、ベリルとドロシーさんは警戒態勢。本当に自分では何もしないんだから。


 夜明け前には着いたようだ、旅の目的地。

 小高い丘の上から見下ろす。まだ薄暗い中にひっそりと見えるその街は───

 いや、国だ。見渡す限りの広大な平野に、果てしない数の建物。中央には巨大な石造かコンクリートの建造物。

 日が昇り、辺りが明るくなるにつれ、全容が浮かび上がる。

 規模も発展度も、王都の比ではない。伊達に魔王を名乗るだけのことはある。まさに魔王の治める都。その名に相応しい治世だ。


 思わず息を呑んだ。でも、感心してる場合じゃない。

 本当に───勝てるのか、これ。はっきり言ってレベルが違うと思うのだが。


「行くしかない」

 正面突破なんて無謀だ。しかし、ほかに道はない。警戒しながらゆるい坂を降りていくが、こちらに気づいた魔族たちは、何故か進路を開けた。殺意は感じない。ただ、静かに道を譲る。

 こちらとしても不要な戦闘は避けたいので、願ったり叶ったりなのだが……どう考えてもおかしい。罠だとしか思えない。けれども、この数で交戦になれば即座に囲まれ、潰されるのは明白。ここまで来た今、罠だろうと死地だろうと、進むしか選択肢は残されていなかった。


 丘の上から見えていた石造の建物、その前までやって来てしまった。

 ここに…魔王が。

 だが、待ち受けていたのは人だった。

 建物の入口には、中世の鎧に身を包んだ兵士が二人。無骨なハルバードを構え、こちらを睨む。


「見かけない顔だな。どこの所属だ」

「俺は勇者だ。魔王に会わせろ」

「勇者?そうか、ついて来い」


 えっ?すんなり通された。随分とあっけないというか、平和的に終わりそうな雰囲気まである。

 階段を上り、最上階の偉そうな広間へ。壁には重々しい紋章、厚手のカーテン、鈍く光る燭台。中心の玉座には、黒髪の長髪を揺らす長身の女性が座っていた。白を基調に赤のラインが入った装束。こちらと同年代ほどの、凛とした気配を纏う女性。


「待っていたわ…あっ」

「姉貴…何でここにいるんだよ」


 …いや誰?

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