第6話 レバレッジ
深々と降り積もった雪をかき分け、進んでいく。峠を越え、今は下山中。
昨日はカマクラを作って一夜を過ごした。晩ご飯は大熊猫の肉。ベリルが捌いて、私が魔法でおいしく焼いた。捌く様子は正直見ていられなかったが、食べてみれば、体の内側から力が湧いてくるような感覚がする。このまま麓まで一気に行けそう。
雲の隙間から朝陽が差す。海面に反射してきらびやかなエフェクトを醸し出している。海側に突き出た半島に、集落が見える。目的地はあそこだ。
「麓まで競争な!」
「走ると危ないよ…あ」
ベリルが勢いよく転げ落ちていく。だから言ったのに。結構下の方まで落ちていったけど、頑丈だから大丈夫だろう。私は慌てず、後を追って下っていく。
「遅い!」
案の定ピンピンしていた。羨ましいくらいに丈夫な奴だ。喚くベリルを放っておいて辺りを見回すと、近くに小道があることに気づく。どうやら人の往来はあるようだ。
道なりに従って平地まで下りてくると、辺りに馬防柵が目につくようになってきた。集落に近づくにつれて増えている気がする。物騒だな、何に備えているのだろうか。
そして、その先にはさらに物騒なものが待っていた。環濠に囲まれ、物見櫓まで備えた集落だ。入口では門番と、何やら言い争う人物がいる。あの風貌は───
「話にならんな、畜生等」
今にも斬りかからんとする勢い。流石にまずいと思って、慌てて止めに入る。
「武器の持ち込みは禁止だ。こちらで預かる」
「よほど斬られたいようだな」
自分よりも一回り大きい門番相手に、よくもまあ喧嘩を売れるものだ。ベリルもドロシーさんも、見てないで止めてくれ。
「なぁ、勇者の力でなんとかならねーの?」
「なっ、勇者!?」
ベリルの不用意な一言に、門番たちが動揺する。後ろにいた上司らしき人物と相談し始めた。余計なことを言ってしまったのではないだろうか。変な汗がでる。
「揉め事を起こさないと誓うのであれば、入国を許可しよう。ただし、案内人をつけさせてもらう」
危うく旅が終わるところだった。どうにか厄介な事態は回避、ホッとする。ナイスアシストだベリル。今回ばかりは感謝する。
案内人に付き添われて、なんとか入国できた。門番は案内人と言っていたが、実のところは監視役だろう。勇者と聞いて動揺しているあたり、警戒されているに違いない。
聞くところによると、この国は人間と魔族の混血民族が暮らす国らしい。シャーマンによる伝統的支配が色濃いようだ。統治者や専業工人がいて、社会的にはそこそこ発展している方だろうか。近代国家には遠く及ばないが、さながら部族社会と初期国家の中間といったあたりだろう。
それにしても、やけに人が多いな。案内役の女性が親切そうだったので、ちょっと聞いてみる。
「随分と人が多いですね」
「今日は年に一度の祭が催される日なんです。賭け事も今日だけは解禁されるので、みんな集まっているんですよ」
「どんな祭なんですか?」
「御神体のオオクマネコサマを祀るために、女性たちが武を競う祭です」
一気に血の気が引く。いま大熊猫って言ったか…?聞き間違いじゃなければ、昨日倒して食べた。なんて口が裂けても言えない。ここは大人しく黙っておくべき。
「それならたおし…」
「わーっ!」
「んぐっ!?」
咄嗟にベリルの口を防ぐ。なんてことを言うんだ殺されるぞ頼むから黙っててくれ。
「お前ら、いつの間に仲良くなったんだ。まぁ、そんなことはどうでもいい。金が無い。お前らそれに出ろ」
こっちも何を言っているのだろうか。お前「ら」?私も?ドロシーさんに言ったわけではなさそうだし…というか、金が無いってどういうこと?
「ギャンブルで旅の資金を確保するんだ。その賭け事、俺らも参加できるよな?」
「えぇ、問題ありませんが…」
避けては通れな…え?ギャンブル???考える間もなくベリルに手を引かれて、そのまま出場手続きまで済んでしまった。もはや逃げられそうにない。
大会は四人のトーナメント形式。私とベリルのほかに二人が参加する。ルールはほぼ相撲。ドロシーさんは武闘派じゃないので不参加。私も武闘派ではないのだが。
トントン拍子でことが進み、一回戦はベリルvs国の代表選手。相手はベリルよりも一回り大きい女性?だ。観客は体格の小さいベリルを嘲笑しており、オッズは高い。
鐘の音とともに試合が始まる。ベリルが真正面から突っ込んでいく。相変わらずだな、ベリルらしいが。まあ、あの大熊猫と張り合えるくらいだから大丈夫だろう。勝だろうと思っていたが、相手もなかなかしぶとい。膠着状態が続く。実力が拮抗しているのか、いや、やや押されている?もしやまずいのでは。
「……Enhance…」
ん?いま何か言ったか?声のした方を見ると、ドロシーさんが手元で杖をいじっている。
そのとき、観客が沸き上がった。目を離した隙にベリルが押し返し、優勢になっていた。なるほど、ドロシーさんが魔法で何かしたな。強化魔法の類でもかけたのだろう、ずるじゃないか。
そのまま場外へ押し出し、激闘を征したのはベリル。歓声が巻き起こる。ベリルがうれしそうに勝利のVサインを掲げ、観客に手を振りファンサービス。まったく、いい性格だ。
熱気冷めやらぬ中、私の番になってしまった。そのとき、席を外していた勇者様が戻ってきた。
「国中の高利貸しから金を借りてきた。レバレッジ1000倍、全部ベリルに賭けた。お前が勝てば八百長が成立する。絶対に勝て」
アホだ。アホすぎる。何故こんな奴が勇者なのだろうか。負けたらどうするつもりなんだ。奴隷にされて一生働かされるのでは?体中の臓器を売っても足りない額の損失を抱える羽目になるぞ。考えるだけで顔面蒼白、色を失う。
余計なプレッシャーを背負わされ、舞台に立つ。相手は熊のような巨体の女性。勝てるわけない。が、さっきの戦いを見た観客は、私を差し置いて勝手に盛り上がっている。迷惑だから本当に止めてほしい。注目されると調子が狂うタイプなんだよ私は。
否応なく開始の鐘が鳴る。
即座に距離を詰められ、強烈な右ストレート。
避ける。
ドッジボールは嫌いだったが、幸いにも生き残るのは得意だった。
今度は左を避ける。パンチの圧が凄い。当たったらひとたまりもないだろう。というか、そういうルールだったっけ。
またしても右。これも避ける。
図体がデカいからか、素早さには優れていないようだ。しかし、ここからどうしたものか。相手は自分よりも遥かに大きい。もはや生物としての格が違う。これが半魔の力か。
攻め手にあぐねて思考を巡らすが、不意に脱力感に襲われる。
もしやと思ってドロシーさんの方を見ると、また杖をいじっていた。
嗚呼、弱体化魔法をかけられたな。
バシッ。頬に拳を食らう。直撃は免れたが、普通に痛い。このままじゃ負ける。どうする。
そもそも、ドロシーさんは何のつもりなんだ?負けてもいいというのだろうか。いや、今はそんなことどうでもいい。目の前の敵をどうにかしないと…。
───そうか。
「エンハンス!」
閃いた。自分に攻撃力アップの強化魔法。この程度の魔法なら杖がなくても使える。
見切った、ここだ。
相手のパンチに合わせてカウンター!
ペチッ。
一発当てたが、全く効いていない。そうか、1を10倍にしても10にしかならない。元の攻撃力が低すぎた。簡単なことを見落としていた。
「ふざけているのか?」
相手の反撃、強烈なビンタを喰らう。
視界が揺れる。このまま倒れてしまえば、いっそのこと楽だろうか。
「絶対負けちゃいけねぇ!」
聞き覚えのある声。前にも同じようなことがあった気がする。
刹那を思考が駆け巡る。そして、細い勝ち筋を見出だす。意識が明確になる。倒れる寸前で、どうにか持ちこたえた。
相手が突進しながら、大きく拳を振り下ろす。トドメと言わんばかりの大きな動作。隙も大きい。ぬかったな、慢心は敗北を招く。
相手の拳を素早く躱し、そのまま懐に入る。相手の勢いを利用して、投げ飛ばす。
バランスを崩しよろめいた相手にカーフキック、相手は盛大に転び、地面に倒れ込む。
すかさず覆いかぶさり、てこの原理を応用して十字固を決め込む。
「くっ…」
頼む、早く決まってくれ。こっちも長くはもちそうにない。
突然、レフェリーによって引き剥がされる。既に相手は落ちていた。
観客はしんと静まり返っている。まさか反則負けになったとかじゃないよな、ルールあんまり確認してなかったけど…