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第5話 雪解け

「寒い…」


 私は今、雪山で遭難しています。何故こうなったのでしょうか。


 遡ること数時間前、私たちはブルーフォレストの関所を通過し、国境の向こうは密林地帯で、魔物が多いうえに雪解けでぬかるみ、足場も悪いって話だった。だから、安全だとされた山道を選んだ…はずなのに。

 最初こそ順調だったものの、途中から猛吹雪でホワイトアウト。全員と(はぐ)れてしまった。もうすぐ春だから大丈夫だと言ってたのに。


 状況は刻一刻と変化し、過酷を極める。どおりで魔物が少ないわけだ。このような環境下では、魔物も生息できないのだろう。

 防寒魔法だけで(しの)ぐのにも限界がある。どこかに避難したいと思っていたところ、都合よく洞穴を見つけた。ありがたい、マジで命拾い。


 中に入っていくと、奥でベリルが凍えていた。黙ったまま、ブルブル震えている。いつもの威勢はどこへやら、まるで抜け殻みたいだ。


「…」


 居心地のいい場所じゃないけど、行く当てもないし、ここでひとまず休むしかない。

 ベリルは何も言わずに震えている。ちょっかいだす元気もないのだろうか、放っておいたら低体温症で瀕死になるかも。


「…」


 ──ボッ。


 私は手を差し出し、魔法で小さな火を灯した。


 別にベリルを助けようとしたわけじゃない。私が寒いからだ。私が寒いから、火を点けたのだ。ベリルのためなんかじゃない。そう、私が寒いから…

 頭の中でごちゃごちゃ言いながら、しばらく二人で暖をとる。冷たい洞穴も、火の側だけは暖かい。お尻が冷えるから腰は下ろせないけれども。


 しばらく無言の時間が続く。微妙に気まずい。何かちょうどいい話題はないだろうか。

 おや、こんなところにタヌキが。洞穴内の岩陰に隠れていたようだ。もふもふした毛に丸い耳、でもしっぽは猫っぽくて…ちょっとかわいい。


「小熊猫だ…」

「こぐまねこ?」


 熊なのか猫なのか。タヌキのようにも見えるが。


「気を付けろよ。そいつは何でも口にするから、指をやられないようにな」


 危ない。撫でようと手を伸ばしかけていた。そういう大事なことはもっと早く言ってほしい。


「近くに大熊猫もいるかもな」

「おおくまねこ…?」

「小熊猫の成長体。でけぇぞ。縄張り意識が強くて、侵入者は絶対に許さないタイプだ。小熊猫がここにいるってことは、大熊猫も近くにいる。この洞穴は、大熊猫の巣だったかもしれねぇ」

「そ、そうなんだ…」


 だからそういう大事なことはもっと早く言ってほしい。

 嫌な予感がする。

 火を消し、そそくさと洞穴をあとにする…

 したかったのだが、入口からでっかい熊が顔を覗かせ、行く手を阻んでいる。


「大熊猫だ!」

「…嘘でしょ」


 なるほど、ここの洞穴のヌシはこの大熊猫だったわけか。どおりで獣臭かったわけだ。ベリルの臭いかと思った。

 中へとにじり寄る巨獣。ご丁寧に牙まで覗いていて、笑えない。このままじりじりと追い詰められて、二人とも食べられちゃうんだ…


「諦めんな!やるよ!」


 猪突猛進のベリル。そのまま大熊猫に飛び蹴り。洞穴の外まで吹っ飛ばした。


「今のうちに!」


 グイッと手を引っ張られ、そのまま洞穴の外へと連れ出される。力が強いんだなベリルは。

 イタッ、急に止まるな。ベリルの背中に顔をぶつけた。ゴツい身体をしているから余計に痛い。


「まだピンピンしてやがるな」


 さっき吹っ飛ばした大熊猫がもう起き上がっている。さっきは暗くてよく分かんなかったけど、その巨体は軽く3m超え。黒と白のツートーン、丸っこい耳、でも目つきは鋭くて、どう見ても「パンダ」じゃ済まされない威圧感がある。


「やる気だな。簡単にやられてくれるなよ!」


 ベリルが再び突撃する。


「援護しろ、魔法使い!」


 簡単に言ってくれるな。こっちは実戦経験がないんだって。とにかく、やってみるしかない。入学式の日に貰った杖を取り出し、取り敢えず様子見で知っている魔法を使ってみる。


「水冷魔法、威力30.アイスボール!お願いします凍ってくださいなんでもしますから凍れ凍れ凍れ凍れ凍れ!」


 パシュッ。氷の粒がヒット。しかしびくともしない。


「ふざけるな!もっと火力出せ!」


 ベリルが近接戦闘でやりあっている。

 なるほど、次は威力を倍にしてみよう。


「水冷魔法、威力60.アイスボール!今度こそ凍って!」


 今度は大きめの氷塊が直撃。大熊猫の前足に氷が張り付き、動きが鈍った。

 すかさずベリルが拳を叩き込む。

 巨体が崩れ落ちる。


「やった…?」

「おい油断するな!こういう時が一番命取りに…」


 ───ドガァンッ!


 視界がぐるりと回った。身体の上に重い何かがのしかかる。何が起きた?直前に見えたのは、白い何かがこちらに向かって飛んでくる様子。次の瞬間には地面に倒れていた。全身に冷気が伝わる。


「絶体負けちゃいけねぇ、あぁ、生きろ、生きろ、生きろ!」


 雪の中から掘り起こされ、ベリルに抱きかかえられる。そうか、大熊猫が投げた雪塊に当たったのか。

 それにしても、信じられない…あのベリルに助けられるなんて。


「おいっ、やれるか?さっきより強いのを、もう一発叩き込め!」


 威力上げると命中不安になるんだけど。外れたらどうしよう。当てられるか?いや、当ててみせる!


「水冷魔法、威力120.アイスボール!」


 外れました。


「避けろ!」


 大熊猫が再び雪塊を投げる。身体のすぐ横を(かす)める。


「危ねぇ、運に救われたな。早く2発目を!」

「でも、当たらない!」

「あたしが抑えるから、当てろ!」


 ベリルが突っ込む。巨体と取っ組み合いになりながら、私に叫ぶ。


「今のうちに、やれ!」

「でも、ベリルが…」

「あたしのことは気にするな!いいからやれ!」


 躊躇している暇はない。


「水冷魔法、威力120.アイスボール!当たって!」


 ドガァン!


 氷塊が大熊猫の頭に命中。崩れるように倒れ、動かなくなった。や、やった…

 ベリル、ありがとう。あの時くれたパンの味、忘れないよ。嫌味だけど。

 舞い上がる雪煙。その中から、ベリルがぬっと現れる。


「あんたやるなぁ!ドロシーなんて、せいぜい威力90程度の魔法しか使えないぞ」


 なんだ、生きてるじゃないか。心配して損した。別に心配してたわけじゃないけど。


「っ痛、足を擦りむいちまった…」

「…」


 取り敢えず回復魔法をかける。じんわりと、傷口が閉じていく。


「良いやつだな!さっきも思ったけど、なかなか気が利くじゃん!」


 なんだその笑顔、調子が狂う。


「…それで、これからどうするの?」

「山の先に進むに決まってるだろ」


 そんな当たり前みたいに言われても困る。さっきまで遭難しかけてたのに。


「…ドロシーさんたちは?」

「逸れたら次の目的地で合流する手筈だ。聞いてないのか?」


 いや、私は聞いてないけど…今なら聞けるか。


「確認なんだけど、私たちってどこに向かってるんだっけ?」

「オーガ半島だよ。この山脈を越えた先にある」

「…その先は?」

「北だよ。とにかく北に向かうんだ。魔物は北の方からやってくるから、魔王も北にいるに決まってる」


 適当すぎない?


「えっと…魔王、やっぱり倒すんだよね?」

「当たり前だろ。魔王がいたら平和にならねぇ」


 本当に、そうなんだろうか。戦わなくて済むなら、それが一番だと思うのだけど。

 気づけば、吹雪は止んでいた。

 私は次の目的地、オーガ半島までの道のりを知らないので、ベリルに先導してもらう。降り積もった雪の上に(たくま)しく刻まれるベリルの足跡を踏み、一歩ずつ前に進む。

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