第4話 旅立ち
憎たらしいほど晴れた卒業の日。皆から卒業を祝福される。
入学から間もなく卒業した生徒は、学校の長い歴史でも私を含めて二人だけ。名を刻んだところで、ちっとも嬉しくない。
純粋な気持ちで祝ってくれる人もいれば、厄介払いするような目で送り出す人もいる。あんなことがあった後だから、関わりたくないと思われても仕方ない。
美しくない花道の先には、勇者一行が待ち構えている。有り難いことに、校門まで迎えに来て頂いている。有り難いことに。
学校側も盛大に送り出してくれてはいるが、ほぼパフォーマンスだろう。
勇者様の他に二人の姿が見える。
一人は長身のお姉さんだろうか、黒紫色の長い髪を巻いて、さながら魔女という言葉が相応しい佇まいだ。
もう一人は私と同じくらいの背丈で、金髪ショートに猫耳のついた野性味あふれる少女。
何となく感じる。あんな奴と一緒にいるくらいなのだから、絶体まともな人たちじゃない。
重たい足取りで一行のもとへ。
「…」
「…」
「…あ、よ、よろしくおねがいします…」
「行くぞ。ついてこい」
歓迎されていないようだ。分かっていたことだが。
有無を言わせずに出発。仕方ないのでついて行く。
行き先も告げられず、ただひたすらに歩く。服装だけは歩きやすくしてきたのがせめてもの救い。けれど、安物の服は少し肌寒い。
そう言えば、ヒロもこっちの世界に転移してきたんだよね。どうやって来たの?
なんて、とてもじゃないが聞ける雰囲気ではない。本当は聞かなきゃいけないのに。私の目的はそれしかないのに。
ああ、このまま行くと街を抜けてしまう。
「…」
さっきから金髪猫耳がチラチラとこっちを見てきている。何か言いたそうだが、もしかしたら少し話せるかも?
「おい」
「はい…」
「あんた、何の魔法が使えるんだよ?」
知らない。
そうだ、魔法の練習は全くしてなかった。
「おい、聞いてんのか?」
「はい…えっと、爆発系?とかです…」
「は?」
「あ、いや…火と水と土と風です…」
「ふーん」
「…」
会話が終わってしまった。
本で覚えた "四元素" を言ってみたが、間違えたか…?不安がよぎる。
「あんた、名前は?」
「コハク…蒼井コハクです…」
「あたしはベリル、こっちのデカいのがドロシー」
「…」
ドロシーさんが睨みを効かせている。デカいと言われたのを気にしているのだろうか。
「そしてうちの勇者が…」
「うるさい、馴れ馴れしくするな」
「ごめんなさい」
勇者様が話を遮った。せっかく会話の糸口が掴めそうだったのに。なんでこんな奴が勇者やってるんだ。
結局、無言で歩くしかない。
…話すこともないので景色に目をやる。
見渡す限りの田園風景、いや田んぼではないかもしれないけど、雄大な自然が広がる長閑な所だ。牛がいるので牧場だろうか。
丘を越えた先にも果てしなく道が続いている。歩いてどこまで行くつもりなのだろうか。馬車とかないの?そもそも、ここはいったいどこなんだ。
尽きることのない疑問と不安を抱えながら、ただひたすらに歩みを進める。その間、一言も発することはなかった。
───陽は落ち、辺りはすでに真っ暗闇。
気がつけば、海岸沿いの小さな町に着いていた。ここが目的地だろうか。そうじゃないにしても、流石に今日はもう移動しないだろう。出発してから何も口にしていないので、お腹が空いた…。
「ここが今日の宿だ」
勇者様が言う。私に言ったわけじゃないだろうけれども。「今日の」ということは、明日は別の所にでも泊まるのだろうか…?まぁ、明日のことは明日になってから考えればいい。
あまり期待できなさそうな佇まいの宿だが、これでようやく休める。
「ようこそお越し下さいました。勇者様」
「めし」
「こちらです。ただいま準備いたしますので、席でお待ちください」
何だその会話は。実家か。いくら勇者様と言えども、あまりに横柄すぎやしないか?こいつに限っては今に始まったことではないか。
心の中でツッコミを入れていると、食堂に案内された。しかし、そこには3人分の席しかない。
「お前は外だ」
「…?」
ベリルとドロシーさんと勇者様が席に着く。私が呆然と立ち尽くしていると、粛々と食事の用意がなされていく。やはり3人分しかない。
はぁ、そういうことか。
ここに私の居場所はない。
突っ立っていてもしょうがないので、ひとまず外に出る。
冷たい海風が吹く夜。お腹も空いたので食事処を探すが、どこも灯りが落ちている。辺りは静寂に満ち、月明かりだけが足元を照らす。無駄に綺麗な星空を見上げては、いま何時だろう。
そぞろ歩きの果てに宿に戻ってきた。流石に寝る所だけはあった。階下の喧騒を傍らに、ひとり眠りに就く。
───翌朝、誰よりも早く目を覚ます。
こっそり抜け出して買い物に行きたいが、後で何か言われても面倒なのでやっぱり止めた。身なりを整えて出立の準備をし、いつでも出られるようにする。しばらくするとドロシーさんが起床。
「…」
「おはようございます…」
「…」
ドロシーさんがベッドから出て、勇者様を優しく起こす。ベリルの方は乱雑に叩き起こす。終始無言、気まずい。
全員が仕度を完了し、宿を後にする。今日はどこへ行くのだろう。
「乗るぞ」
向かった先は船着き場。北前船のようなコレに乗るらしい。クルーズではなさそうだ。
船の中では自由行動だった。別に見て回るほど大きな船でもないけれど。
いや、これはチャンスだ。船の人なら地理にも詳しいはず。この世界の地図なんかも持っているんじゃないか?勇気を出して、フランクそうなおじさんに声をかける。
「あの…」
「ん?なんだい?嬢ちゃん」
「この船ってどこに向かってるんですか?」
「ブルーフォレストだよ、日没前には着くはずさ」
「ブルー、フォレスト?」
「なんだい、知らないのかい、ちょっと待ってな」
そう言うと、気さくなおじさんは地図を取り出し、広げて見せてくれた。
「ここが現在地、ここが目的地さ。そして…」
・南西から北東にかけて大きくのびる列島。
・現在地は一番南の大きな島、"カラプテ地方"。その最北端付近の海上。
・目的地は、海峡を渡った先にある "ブルーフォレスト"。
・カラプテ地方最北端の出っ張った半島にあるのが王都、星形の城壁をもつ城に王がいる。
・王国の管理が行き届いているのは、ブルーフォレスト最南端の関所まで。そこから先は、王権の支配が及ばない地域。
・魔物は海を越えてやってこないから、実質この関所が最前線。
全部おじさんが話してくれた。
「海岸沿いに進むから、王都が見えるはずさ。おや、ちょうどあれだ」
遠くに広がる発展した街並み。さては昨日泊まった所は村だな。地図で比較しても、規模が全然違う。正確な地図だ、誰が作ったのだろうか、この世界にも伊能忠敬みたいな人がいたのだろうか。
つまらぬ思考から海を眺めて、気がつけば日没前。ようやくブルーフォレストの港町に到着。
そして昨日と全く同じ流れ。宿に着くが私の食事だけない。流石に二日間も食べないのはきつい。空腹でお腹が鳴る。
「あんた、腹減ってるのか?これやるよ」
ポイッと、床にパンの耳を投げ出すベリル。これを食べろと?
「ここから先は険しい山路になる。倒れられても困るから、食え」
勇者様が何故か後押しする。こいつは前からそうだったが。いっつもそうだ。自分からは何もしない。
しかし、背に腹は代えられない。
苦肉の思いで膝をつき、パンの耳を拾い上げ口に運ぶ。
「本当に食いやがった!しっしっし笑」
「…」
「…」
耳障りなベリルの笑い声が響く。他の二人はだんまり。
明日は登山か、多難すぎる。