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第1話 転移前、最後の日

暗めの作品設定です。

苦手な方はブラウザバック推奨、、、

「青とか、目立ちたくてやってんだろ」

「キッツ……」

「キモいんだよ」


 棘のように刺さる声。もはや日常の風景。

 淡い青の髪が、微かに揺れる。肩のあたりで切り揃えたショートボブ。手櫛で撫でると、指に母のぬくもりが蘇る気がする。髪が生まれつき青いのは、母親の血だと父が言っていた。母の唯一の形見。学校からも黒に染めるよう言われたが、この色を捨てるなんて、考えただけで心臓がぎゅっと痛んだ。

 あまりに日本人らしくないこの髪色は、自然と注目を集めてしまう。周囲からは好奇の目にさらされ、高校に上がってからもいじめを受けている。


 今は両親の遺産で独り暮らしをしながら高校に通っている。学校ではいつも一人だ。かつては私にも親友がいたけれど、彼女が不登校になってからは、私に対するいじめがエスカレートしている。

 トイレの個室でお弁当を食べているときに上からバケツ一杯の水をかけられたこともあるし、飲み物に利尿剤を入れられ失禁したこともある。あの時は心底寒気がした。

 昨日はコンビニで生理用品の万引きを強要され、商品を盗ってきてしまった。

 今日はその件で脅され、校舎裏の用務倉庫に閉じ込められている。


「寒い…お腹すいたな…」


 昼休みのお弁当を食べる前に呼び出され、かれこれ5時間くらいは経っただろうか。窓の外は薄暗くなり、わずかな隙間風に、身震いする。風が冷えた指先を撫でる感覚だけが、ここが現実だと告げていた。今日は帰れないかも…


 不意に、重い扉が開いた。制服のシャツを乱した男子たちが、薄ら笑いを浮かべて立っている。いじめっ子の女子グループとつるんでいる男子たちだった。


「大人しくしてろよ」


 男子たちが近づいてくる。何をするつもりなのだろうか、不穏な空気を感じる。足音が近づくたび、冷たい汗が首筋を伝った。


「顔は悪くないからな」

「そっち押さえてろ!」


 押し倒されて体をまさぐられる。


「んぐっ…!」


 荒々しい手が肩を掴んだ。口から漏れた呻き声に、心底嫌悪が湧いた。

 拒絶の意思だけが、体を動かす。


「痛っ」

「何すんだよ!」


 バシッと一発、殴られた。思いっきり。


「おいっ、顔はやめとけよ、ヒロに怒られる」


 何か言っているが、頬に走った衝撃で頭に入ってこない。本当にヤバいかも…

 スカートに手を伸ばされる。このまま(ほしいまま)にされてしまうのだろうか。

 もうダメだ。諦めの色が脳を支配しかけた瞬間───。


 ズシャッ


 何かが倒れ込んでくる重みと、生臭さ。温かく、べっとりとした液体。しかし、動く気配がない。もう終わったのか…?


「うわっ!!!」

「ヒッ…!?」

 

 私の腕を押さえていた他の二人が、慌てて後退(あとずさ)る。


 顔を上げてみると、血溜まりのようなものができている。私のじゃない。

 赤い液体は、私に覆い被さってきた奴から流れ出ているようだ。土手っ腹に風穴が開いている。


「くるなぁ!」


 叫んだ男子に黒い影が飛びかかったかと思えば、彼の首が宙を舞う。血しぶきが空気を湿らせ、鉄の匂いが充満する。もう一人の男子もいつの間にか血を流して倒れていた。辺りには血腥(ちなまぐさ)さが充満する。


 そこにいたのは、黒い影。

 返り血で毛が赤黒く濡れた、ネコ。

 黒ネコは私を凝視している。

 終わった、次は私の番だ。

 そう悟った私は、目を瞑る。

 あまりいい人生じゃなかったな…

 冷気が強くなっていくのを感じる。



 無限にも等しく感じる時間だけが、ただ過ぎていく。しかし何も起こらない。痛みを感じる間もなく、私は死んでしまったのだろうか。

 恐る恐る目を開けてみる。目の前にはまだ黒ネコがいる。襲ってくる気配はない。

 しばらく見つめ合う時間が続いた。微妙な空気が流れる。


「…クロ?」


 呟いた声に、猫は小さく鳴いた。

 過去の記憶が蘇る。母と暮らしていた小さな部屋。クロの温もり。

 涙がこぼれた。崩れるようにクロを抱きしめる。

 クロだ。昔飼っていたクロだ。病気で死んでしまったけれど、きっと私を助けるために蘇ったのだろう!

 幸福のような、何とも言えない感情を噛み締めていると、不意に誰かの視線を感じた。


「あっ…」


 入口に誰か立っている。

 咄嗟にまずいと思った。辺りには死体とその肉片や臓物が散乱していて、言葉に表せない光景が広がっている。


 思考が加速する。これは現実だろうか。心臓がドキドキしてきた。


 立っていたのは一人の奇妙な少女だった。年齢は小学校高学年か、中学生ほど。背は私より少し低そう。それにしても変な格好をしている。黒のローブに、つばの広い帽子。まるで物語から抜け出した魔女のようだ。コスプレだろうか、ハロウィンの時期でもないのに───


「はぁ…そういうことですか…」


 感情のない声。

 胸がざわつく。

 こちらに近づいてくる。あ、ヤバい。クロがまた暴れ出すかも…


「やだ!やめて!」


 少女はクロに手を伸ばした。


「シャー!」


 クロが威嚇している。しかも震えているようだ。怖いのかな、私も怖い。

 クロを抱く腕に力を込める。だが、少女はクロを簡単に持ち上げてしまった。


「ダメ!何するの!返して!」


 私は立ち上がり、少女に掴みかかろうとする。が、よろけてしまい、そのまま少女の足にしがみつく。


「お願い!やめて!その子は」

「魔物、ですか」

「私の!え…ま、まもの?」


 何を言っているのだろうこの子は。見た目だけでなく頭の中まで奇天烈(きてれつ)なのだろうか。


「ふざけないで!その子は私のクロちゃんなの!返して!」

「クロ、と命名したのですか。そのクロさんがこの惨状を招いたことを、貴方は理解していますか」

「…」


 現実離れしたこの事態に混乱していたからだろうか、完全に頭から抜けていた。

 もう何が起きているのか分からない。

 頭がフリーズしてポカンとしていると、


「いいですか。落ち着いて聞いてください。まず1つ目に、私は貴方の敵ではありません。そして2つ目に、こちらのクロさんは魔物です。恐らく、貴方が呼び寄せたものかと思われます」


「…?」


 いきなり言われても訳が分からない。


「人を殺めてしまった魔物は駆除しなくてはなりません。なので、クロさんをここで駆除します」


 駆除?殺すってこと?


「止めて!クロは私を助けてくれたの!お願い!殺さないで!」

「それは一時的なものでしょう。この後のことはどうするのですか?あなたの明日が何も変わらないのであれば、本当の意味で助けたことにはなりません」


 その言葉に、胸がひりつく。

 母を失い、孤独に苛まれ、いつしか『明日』を望まなくなっていた自分を、まざまざと思い知らされる。

 何も言い返せないが、クロを殺させまいと必死にしがみつく。私と少女の密かな攻防。

 その時───


「また誰かいるのか」


 外から近づいてくる足音。

 巡回の先生だろう。


「困りましたね…」


 まずい。この惨状は隠せない。


「仕方ありませんね…」


 少女が言った。次の瞬間、光が視界を覆い、世界が塗り替えられる。

 眩しい。目を開けていられない───。



「大丈夫ですか」


 少女の声が聞こえた。

 薄っすらと目を開けると、さっきまでとは違う景色が広がっている。薄暗い倉庫ではない。だだっ広い野原のど真ん中にいる。風が草を撫で、かすかに土の匂いがする。空は青く澄み渡り、生暖かい空気が頬を撫でる。


 (ほう)けていると、少女が言葉を続ける。


「貴方にはこの世界で私の協力者になってもらいます」


 この世界…???

 さっきから何を言っているのだろうか。

 何もわからない。

 今日はいつも以上に理不尽なことが起こる。

 理解が追いつかないよ…


 現実を受け止めきれなくなったコハクは、目の前が真っ暗になった。

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