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狼と少女の物語  作者: くらいさおら
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第9話

 「あ~、酷い目に遭ったわ。神官様のお説教責め、石の床に正座付き。まだ、脚が痺れてるみたい……」

 宿のベッドに腰を下ろしたルティがぼやく。


「なんなの、あの拷問は……。初めてよ、あんなつらい目に遭ったのは。人間ってよくもまあ、あんなこと思い付くわね?」

 ティアは文句を言いながら椅子に座っているが、上体をテーブルに投げ出している。


「しょうがないじゃないさ~。へべれけの状態で神殿に乱入したら、そりゃぁ叱られるって。確かに、ティアには拷問だよね。普段はとぐろ巻いてりゃいいのが、いきなり脚を折りたたむんだもんね」

 ルティに関しては達観したアービィが文句を言いつつ、ティアには同意する。


「で、僕はいつまで、ここで正座してればいいの?」


「あれほど言ったのに、また獣化したまま出て行こうとしたからでしょっ!」

 ルティが怒鳴りつける。


「だから、大声で言っちゃダメだって。それに耳と尻尾だけだったじゃないか~」

 敵わぬまでも反論するアービィだが、ルティの勢いは止まらない。


「この世のどこに狼の耳と尻尾つけてうろつく馬鹿がいるのよっ!?」


「でもさ~、あれ可愛かったわよ、ルティ。あのまま行ってたら、きっと女の子に大人気だったんじゃない?」

 ティアは余計な茶々を入れ、アービィを庇う振りをしてルティを煽る。


「そういう問題じゃないでしょっ!」

 ただでさえ、年上のお姉様から可愛がられそうな顔立ちのアービィだ。

 『付け耳』『付け尻尾』なんかしてたら、いったいどうなることやら。ちゃんと動くし。あれは、あたしだけのものなんだから。


「だいたい、酔っ払ったまま出て行こうとするからじゃない」

 危うく口に出しそうになり、無理矢理話を戻そうとして、ルティは自爆した。


「ほ~、酒場からの帰り道で酒買った人は、どこのどなた様でしたっけ?」

 アービィが反撃する。


「あまつさえ、意識が飛びかけてたあたしの口に、無理矢理酒瓶突っ込んでくださったお姉様は、どこのどなた様?」

 ティアが追撃する。


「え……いや……、あの…それは………てへっ」

 ルティは思わぬ反撃にしどろもどろになる。


「てへっ、じゃなぁいっ! ティア、君も偉そうなこと言わないっ! そのまま一瓶飲んじゃって、すぐ追加を買いに飛び出しちゃったでしょ。ルティも止めに行くのかと思ったら、一緒に買いに行っちゃうし。女の子が肩組んでラッパ飲みしながら街中練り歩くって、どういうこと?」

 アービィがティアにも矛先を向ける。


「あれは……ほら……、だって……」

 まさかこっちまで来るとは思っていなかったティアは、初めて見るアービィの剣幕に涙目になっていた。


「二人とも、罰として、僕がいいって言うまで、そこで正座っ!」


「ごめんなさぁ~い」


「ごめ゛ん゛な゛ざぁ~い」


 二人を放置し、部屋を出るため、アービィはすっくと立ち上がった。

 が、痺れ切った脚は完全に感覚が消え失せてため、その場で前のめりに倒れ込む。

 テーブルに頭から突っ込んだアービィは、そのまま動かなくなった。


「ちょっと……あたしたち、アービィが目を覚ますまで、このまま?」

 逃げればいいのに、妙に素直な二人だった。



 インダミト王国の王都エーンベアでは、最近行方不明者が頻発していた。

 治安は大陸の中でも良い方だが、特定の裏通りに入ればこの限りではない。

 もともと貧民窟の人口など把握できるはずはなく、その辺りで多少の行方不明者が出たところで誰も気にも留めない。

 エーンベアに限ったことではなく、少々規模が大きな街では当たり前のことだ。

 しかし最近は、貧民窟の住民ばかりでなく、一般居住区の庶民、貴族や騎士階級からも行方不明者が頻発している。

 警備隊が捜索に当たっているが、行方不明者は増えるばかりだ。

 自分たちの家族や仕えるべき貴族にも行方不明者が出るに至り、王宮騎士団も傍観しているわけに行かず、重い腰を挙げた。

 大規模な人買い組織が煽りを食って幾つも潰されたが、彼らは今回に限っては無関係で、行方不明者の足取りは全く掴めず、その数もまた増えていた。


 夕暮れ時の喧騒が聞こえてくる王都の裏通りの一角で、二人の男が対峙していた。

 最初は、肩が当ったの当らないのと、ありがちな難癖から始まったが、今ではどうも雰囲気がおかしい。


 片やどこにでもいる破落戸のような、目つきの悪い男。

 もう片方は、フード付きのロングコートを纏った男。フードを目深に被っているため、その表情は判らない。


 破落戸が、肩が当たっただろうと因縁を付け、裏通りに引きずり込んだのだが、その通り、肩を当てたのはロングコートの男だった。

 破落戸は金を出せだの、身ぐるみ剥いでやろうかだの脅しているが、男は全く動じない。


「グダグダ抜かさず……早く獣化したらどうだ、人狼」

 低く男が言い放つ。

 一瞬の間があり、破落戸は目を見開いた後、男に向き直って身構える。


「なんだ……判ってやがるんじゃねぇか。なら、お望み通り……お前の脳を喰ってやろうかぁっ!」

 そう言うなり顔だけが狼に変化し、男に飛びかかる。


「ふん、全身獣化もできねぇ屑め……」

 一気に間合いを詰めてくる人狼に動じることなく、男は吐き捨てた。

 人狼の振り上げた手が、男に向かって振り下ろされようとしたその刹那、コートを跳ね上げ、両の腰に佩いた短刀を抜き放つ。


 切っ先が下から人狼の鼻先を掠めたと思った瞬間、大上段に振りかざした両手の短刀が、人狼の頭に叩きつけられた。

 まるで豆腐を切るかのように、何の抵抗もなく振り下ろされた短刀は、人狼の身体を縦に三つに切り裂いていた。


「けっ、手応えもねぇ……もっと強ぇ奴がいるんだろう? 次はそいつを用意しとけ」



 切り裂かれた人狼が着ていた服をもとに、人化していたときの足取りが追われ、住処が突き止められた。

 そこからは多数の人骨が発見され、一部残った衣服から、それは頻発していた行方不明者のものと判明した。

 それから王都で、行方不明者が出ることは無くなった。



「酷い目に遭った……」

 三者三様に、この日二度目の同じセリフを言う。


 フュリアの街の夕暮れ時、アービィとルティ、ティアは、水の神殿で精霊との契約を無事に済ませてから、武器防具屋に向かっていた。

 ティアはかなり悩んだが、この先ラミアのティアラが取り戻せるか、新調できれば呪術を使えるようになるので、白魔法を選んでいた。


「さっきは驚いたわ。アービィったら、倒れた後、痙攣し始めちゃうんだもん。もう大丈夫?」

 心配そうにティアがアービィの顔を覗き込む。


「脅かさないでよね。本当、馬鹿なんだから……頭、大丈夫?」

 確かに打ったのは頭だが、さり気に酷い心配のしかただ。

 内心では心配でしょうがないのだが、表情には出さず、アービィの頭をぺしぺし叩きながらルティが言う。


「脚が痺れてただけじゃなく、貧血も起こしたんじゃないの? 格好つけていきなり立ち上がったりするからよ」

 あんまり心配させないでね、とルティは心の中で続ける。


「ごめん、ごめん……いやぁ、立ち上がって歩き出したと思ったんだけどさ~。気付いたらベッドにいるんだもん。びっくりしたよ」

 二人懸かりでベッドまで運ばれたアービィが、目を覚ましたときに最初にみたものは、涙目でおろおろしているふたりだった。

 まだ正座止めて良いっていってないけど、まぁいいか。珍しいもの見れちゃったし。



 アービィという、ある意味最強の前衛がいるため、ティアまでが無理して前に出る必要はない。

 むしろ後衛でルティと連携した方が、戦術の幅が広がる。

 ルティの武器は近接戦闘用のブロードソードなので、ティアは中遠距離支援用として弓矢を、護身用としてダガーを二振り購入した。


 防具は、動きやすさに重点を置きたいティアの意向で、軽量のチェーンメイルと革鎧にした。

 ついでにルティにもチェーンメイルを新調する。

 ルティのチェーンメイルは既製品でぴったり合うサイズのものがあったが、ティアのほうは多少手を加えないと入るものがなかった。

 主に胸とか、胸とか、胸とか。


「丈はちょうどだし、ウエストもいいんだけどね~」

 ちらりとルティを見てから、アービィに言う。


「ま、後数年してご覧なさい、垂れちゃって大変なんだからね」

 カチンときたルティが、聞こえよがしに呟く。


「あら、もう二〇〇年はこの体型維持してるのよ。ルティは垂れる心配皆無だもんねぇ~」

 気にも掛けないと言わんばかりに、平然と言い返すティア。


「それってずるくない? 何よ、心配皆無って!? まだ育つんだから! それに……二〇〇年って何、いつまで生きる気よ!?」

 ムキになって言い募るルティ。心の中では血の涙が流れている。


「まだ……ねぇ……ラミアは五〇〇~六〇〇年くらい生きるのよ。体型なんて変わらないし。アービィはどんなプロポーションが好み?」

 ふっ、と軽くため息をつき、肩を竦めて見せながらティアが答える。

 何気なくトドメを刺している。


「口が減らないわね、後天性年齢過多」

 アービィに話を振られ、答えを聞きたくないルティは矛先を自らへと変えさせようとする。


「口が悪い子ね、先天性胸部未発達症」

 鎧の上に羽織る外套を選びながら、にこやかに会話を続ける二人に、アービィは恐怖した。



 必要な物が一応揃い、一度宿に荷物を置きに戻る途中、アービィは二人と別れギルドに寄った。

 装備や所持品を揃えたことで、残金が心許なくなってきている。

 宿はあと二泊が限度だ。当座の日銭を稼がなくてはならない。


 ティアも、人間流の戦闘に慣れなければならないし、自分も呪文に慣れなければいけなかった。

 掲示板を眺めるが、手頃な討伐依頼がない。


 端から順に見ていくと、フュリアからエーンベアまで行く旅人の護衛の依頼があった。

 とりあえず明日にでも面接して決めたいとのことなので、先方に会いに行く約束を取り付けてもらう。

 明日の朝、再度ギルドに来てから先方の時間希望を教えてもらうことにして、アービィは宿に向かった。



 宿に戻り、食事に誘うため二人の部屋に行くと、ルティはベッドでシーツにくるまって座っていた。

 視線は虚空を彷徨い、ときどきぶつぶつと何事かを呟いている。


 テーブルを見ると、既に空になった酒瓶が一本転がっていた。

 その横では、勝ち誇った表情のティアが、優雅にグラスを傾けている。


 どうやら第二ラウンドがあり、ティアのKO勝ち。それも圧勝だったようだ。

 軽い目眩を覚えつつ、アービィはテーブルに着き、無言で空のグラスをティアに差し出した。



「ルティも聞いて。明日、護衛の依頼の面接に行くから。朝一番でギルドに行くよ。エーンベアまで行く護衛だからね。上手く行けば、旅費が掛からずに行けるかもしれないよ。絶対、寝坊とかしちゃダメだからね。これ逃したら、ここに泊まるお金もう無いから」

 もそもそとシーツからルティが出てくる。


「え~、お高く泊まった貴族とかだったらやーよ。でしょ、ティア?」

 目が腫れぼったくなっているところを見ると、本気で泣かされたらしい。


「背に腹は変えられないのよ。あ、ルティはどっちでも一緒?」

 追い打ちというか、今度こそトドメか。


「いいわ、今日は引いてあげる……今日の負けは明日の勝ちに繋がるのよ……何とでもお言いなさい……あは。……はは……ははは……うわあああああああんっ!」


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