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狼と少女の物語  作者: くらいさおら
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第85話

 アービィたちが強行偵察から戻るのを待っていたかのように、雪解けの水は河川を氾濫させ、北の大地を泥濘の海に沈めていた。

 通行は著しく阻害され、雪がなくなっていち早く芽を出した野草も呑み込まれ、大地は寒くないだけの冬へと逆戻りした感がある。だが、山から肥沃な土砂をもたらす洪水がなければ、土地が痩せた北の大地では碌な作物は育たない。利便と引き替えに僅かではあるが豊穣を確約する河川の氾濫は、北の民が待ち焦がれる自然の恵みでもあった。

 一年間の農耕の間に、養分を吸い上げられ、固く変貌した大地は、泥濘を被せられることでたいした耕作の労力を要しない、柔らかい土地へと変貌するのだった。

 土を残して水が引けば、北の民は一斉に農作業を始める。

 今はどの畑に何をどれくらい作付けし、それがどれほどの実りをもたらすかを楽しく想像する時期でもあり、その準備に忙殺される一年でも最も多忙な時期でもあった。



 子供の吸血不死者が目の前で灰と化して以来、ルティは鬱ぎ込んでいた。

 相手が不死者である以上、滅し去らなければならないことは理屈では理解している。不死者に転生した者は、もう二度と生者には戻れない。斬り捨て、灰にしてやるのがせめてもの情けと分かっている。そして、誰であっても斬り倒す覚悟も、できていたはずだった。

 しかし、あのときは吸血不死者がまだ年端もいかない子供であったことや、散り際に漏らした言葉に衝撃を受け、取り乱してしまっていた。


 巨狼の背に揺られ泣き続けているうちに、己が弱さを思い知らされ、また泣き続けるという悪循環に陥っていた。

 慰めようとしたバードンの『戦に正義も悪もない』という言葉も理解していたが、自分が何に拠って戦うのか、その答えを見失っていた。

 吸血不死者と化した子供が叫んだ『おまえたちを許さない、絶対にだ』という言葉が、ルティの心に深く刺さったままだった。何故あの子供が太陽に背を向けてまで自分たちを憎んだのか、ルティはその答えを探し続けている。だが、実のところルティには、その答えは既に解っていた。移住を許さない南大陸の既得権を守ろうとする、ルティを含むそこに住む住人たちの頑ななまでの利己的な防衛本能だ。言い換えれば、自分たちだけ良いとこ取りのわがままといって良い。ルティはそれを否定したくて考え続け、そして、さらに鬱ぎ込むという悪循環に陥っていた。


 アービィやティア、バードンが心配しているのは良く解る。だからこそ、三人の前では努めて明るく振る舞っている。

 しかし、夜ベッドに入ると吸血不死者の言葉が思い出され、思考は堂々巡りにはまってしまうのだった。もし、あの子供が吸血不死者ではなく普通の生者であれば、保護してじっくり話し合うことも可能だったかもしれない。だが、既に灰と化してしまった子供からは、何も聞き出すことはできるはずもなかった。


「当分の間、ルティ殿を前線には出すな。

 解っているだろう、狼、蛇。

 狼、貴様は側に付いていろ。

 暫くは、前線に出るのは俺……と蛇だ。

 解ったか、蛇」

 ターバに帰還して五日目、バードンの言葉にアービィとティアが無言で頷いた。



「ルティ、ちょっといいかな?」

 その夜、アービィはルティの部屋を訪ねた。


「なにかしら?

 随分と難しそうな顔しちゃって。

 あたしのことなら大丈夫よ。

 次の偵察は、いつかしら?」

 ルティは平然を装っているが、表情には疲れが滲み出ている。

 おそらく、ターバに戻って以来、ほとんどまともに眠れていないのだろう、目の下にはうっすらと隈が浮き上がっている。


「大丈夫じゃないでしょ、その顔じゃ。

 当分前線には出ないよ。

 もし、必要ならティアとバードンさんが行くって。

 今は、ゆっくり休まないと、ね。

 僕も、あのときは辛かった。

 ルティの家に拾われたときの、僕と同じくらいだったよね。

 解ってはいるけど、目の当たりにしちゃうと、やっぱり辛いよ」

 アービィは敢えて子供の吸血不死者を話題にした。


「そんな、気を遣わなくても大丈夫よ。

 あたしは割り切ってるつもり。

 あのときは、あの子の言葉に圧倒されちゃって……

 あの子に対する罪悪感がないとは言わないけど、もうあたしたちは……」

 ルティなりに、自分の心に決着を付けようとはしている。


 実際のところ、ターバ解放の際にどれほどの子供たちを灰にしたか、既にアービィたちの手は汚れていた。もちろん、望まずして不死者に転生させられた者たちと、望んでなった者たちを同一に語ることはできないが、今さらショックを受けて落ち込んでいられるほど、きれいな存在ではなくなっている。

 あの子供の吸血不死者だけが、特別な存在なのではない。

 今後、最北の蛮族と戦い続けるのであれば、同様のことは何度も起きるだろう。もし、相手が子供だということで憐れみをかけて殺さずにいれば、自分が殺されるか血を吸われて下僕にされるかのどちらかだ。迷って隙を見せれば、その瞬間に人生が終わる。

 それが嫌なら相手が子供であろうと斬り捨てるか、北の大地から去るか、二つに一つだ。


 もともとアービィも、ルティも、ティアも連合軍に所属している軍人というわけではない。

 ランケオラータと個人的に契約を結んだ傭兵に近い状態だ。契約の内容に戦闘行為も含まれているが、軍事、財政、内政等多岐に渡る顧問のようなことが主たる業務と認識されていた。そして、パーティとして契約しているのではなく、あくまで個人同士の契約であるため、仮にルティが戦線離脱するというのであれば、一人だけでインダミトへ帰ることも不可能ではない。また、ランケオラータも契約解除に応じない、ということもないだろう。

 もちろんアービィとティアがルティ一人を帰すはずがないから、三人同時に契約解除ということになるのだろうが。


 バードンに至っては、既にこの地に留まる義務すらない。

 スキルウェテリー卿からの命令は、ランケオラータをアービィたちが確保した瞬間を以て終了している。その後は彼本来の任務である人狼狩りのために、北の大地に留まっていただけだ。その対象と共闘している今は、その事実は隠してベルテロイに対して苦しい言い訳を続けている。俸給を受け取る身としては、何から何まで好き放題というわけにはいかないからだ。

 聖職者として、他人の不幸を見過ごせないという義務感が、彼をこの地に留まらせていた。



「そうだよね、ターバ解放のときには大人も子供も、不死者にされていた人たち全部、灰にさせちゃったんだよね、僕たち」

 アービィはルティ一人を苦しませたくなかった。

 既に大量殺戮者になってしまった以上、共に苦しみ、共に罪を背負い、ルティの負担を少しでも分かち合って減らしたい。それがアービィの想いだ。


「そうなの。 あの子一人に対して罪の意識を感じていたら、ターバの灰にされた人たちに申し訳ないわ。

 でも、あの子が何で吸血不死者に転生することを選んだのか、何でそこまであたしたちを憎むのか、判っちゃったのよ」

 自分を含めた南大陸の住人のエゴ。

 認め難いが、それを認識しなければ、何も解決できない。ルティはそう結論していた。



 南北連合は、今でも最北の蛮族との和平を望んでいる。もともと外交チャンネルが存在しないため、現状では交渉などできる状態ではない。

 ターバを解放した際の捕虜に尋問はしていたが、詳細な組織や体制は不明のままだった。そのため、前線で最北の蛮族と対峙する状況になったなら、交渉のテーブルに付くように呼びかけたいと考えている。捕虜を解放して使者を随行させる手も考えられたが、捕虜から戻れば問答無用で殺されると峻拒にあっていた。

 今のところは手詰まりだが、両大陸融和の上での大経済圏確立という大戦略は変更する気はない。

 対話の機会を作るために戦線を北上させているが、その糸口を掴むことは難しそうに思われている。


 国家や民族の主張を代表した者が、舌先三寸で雌雄を決することが外交という戦いであるならば、国家や民族の力を代表した者が、その力をぶつけ合って雌雄を決することが戦争だ。

 だが、そのどちらも保有しない最北の蛮族との戦いは、外交官同士が鎬を削り合う交渉や、軍隊同士で雌雄を決する会戦など望むべくもない。今後、最北の蛮族と全面戦争になったとして、南北連合は大人の『兵士』が前線に出るが、数に劣る北の民は、それこそ総力戦だ。この場合の総力戦とは、後方支援に子供まで駆り出すという意味ではなく、前線に子供までが不死者となって出てくることを意味している。軍隊という概念がない北の民が取り得る戦術は、いきおいゲリラ戦が主流になるが、そうなると正規の軍隊は脆い。

 ゲリラはどこにでもいるし、どこにもいないからだ。姿を見せない相手とは、軍隊は戦えない。

 正々堂々たる戦こそ武人の本懐と、骨の髄まで叩き込まれた南大陸の職業軍人が、そのような相手とまともに闘えるはずもなかった。

 ましてや相手に子供が含まれるともなれば、どこで足を掬われるか判らない。疑心暗鬼は無用の緊張を生み、守る相手にすら攻撃を仕掛けるという失態を犯しかねない。

 北の大地の制圧は、一見順調に見えているが大きな困難の壁にぶち当たっていた。


「そうだよね。

 僕たちを含めて、南大陸の住人にしてみれば、北の民たちが大挙して移住してきたら、今まで手にできていた物が減るって思ってるんだよね。

 だから、自分たちの取り分を減らされないように、地峡を閉じて追い返してきた。

 千年以上前から、ね。

 すぐそこでは多少飢えても家の中で凍死することがない世界があるのに、どうしても入れない。

 その怨みは深いよね」

 異世界でも同じことを見ていたアービィは、南大陸の住人という立場から一歩退いて見ることができていた。


 だからといって、性急な地峡開放ができるかといえば、それは無理だろう。

 南北連合を形成している北の民が、南大陸へ移住したいと願いを不要としたわけではない。父祖の地に強い愛着を抱く者は少なくないが、多くの民は雪に閉ざされることのない南の地への憧れを捨て去っていない。北の民が北の大地を捨て、大挙して南大陸へ押し寄せたら未曾有の混乱が巻き起こり、各地でより良い住み場所を巡って紛争が勃発するだろう。

 北の民と南大陸の住人の間だけでなく、北の民同士でも足を引っ張り合い、四百五十年に及んだ南大陸の平和は終わりを告げ、新たな戦乱の時代になることは、誰の目にも明らかだった。



 それが見えていたからこそ、ルムやプラボックが北の大地を富ませると宣言し、南大陸が身銭を切ってインフラ整備に乗り出した。

 ここまで事は順調に運んできたため、多くの民はルムとプラボックの言葉に賭けてみようと腹を決めた。もし、北の大地開発事業が頓挫したり、人々が思い描く生活を実現できなければ、移住への渇望は再び甦るだろう。

 ランケオラータが北の民の生活改善に熱心に取り組むことも、南大陸四国家が全面的に支援するのも、北の民に北の大地での生活で満足させるために他ならない。


 ほとんどの者は、南大陸の住人が既得権を手放さないための方策と見抜いている。

 だが、移住した先で迫害が待っているかもしれないのなら、ここでの暮らしを良くすることに賭けてみようとなっただけだ。ランケオラータの善意から始まった部分もあり、インダミトの北の大地を市場化するという国家戦略に乗せられた部分もあったが、南大陸の住人と北の民の思惑は概ね順調に推移していた。



「ルムさんとも、プラボックさんとも解り合えたのに、どうして最北の蛮族って呼ばれてる人たちとはダメなのかな?」

 ルティが言った。


「多分、最北の蛮族って呼ばれる人たちは、北の大地でも虐げられてきた怨みが深いんだよ。

 長い間積もりに積もった怨みが、とうとう爆発したんだ。

 あの子の言葉は、そういうことなんだと、僕は思う。

 じゃあ、南大陸に住む場所を分けてあげられるか。

 それも今は無理だよね。

 彼らだけってことになれば、他の北の民が黙っちゃいない。

 両大陸全部が戦乱の渦に巻き込まれちゃう。

 今は、それぞれの場所を豊かにすることが、何よりも大事だと僕は思ってるよ」

 アービィは、それはエゴだと自覚している。そして夢物語であることも。


 居住地の条件が平等でない以上、より良い場所を求めるのは生物として当然の欲求だ。それを止める権利は誰にもない。いくら最北の地を富ませようと、雪に閉ざされる時期が長いというだけで、そこに住む人々は凍えない土地を目指すことを諦めない。いくらインフラ整備を優先しようと、それは目先の解決でしかなく、根本的な不満解消にはならない。

 戦乱の芽は、摘み切ることはできないのだった。


 アービィが住んでいた世界でも同様で、東西冷戦は不凍港を求めるロシアの遙か昔からの欲求がもたらした結果だ。

 共産主義と資本主義のイデオロギー闘争など、最後に付け足されたおまけでしかない。共産主義では食えないことが解った途端、どっぷりと特権に浸かっていた指導層までが、あっさりと宗旨替えしたことがそれを証明していた。

 結局のところ、これも住みやすい場所を巡る争いだった。


 そんな歴史を見てきてしまったアービィには、南大陸が掲げる南北融和は夢物語にしか見えない。

 だが、それがならなければ、子供まで不死者として送り込んでくる最北の蛮族との戦は、絶滅戦争に発展してしまう。それだけはなんとしても食い止めたい。

 それが、人狼として狩られるはずだった自分を生かしてくれたこの世界に対する恩返しだと、アービィは認識していた。



「とにかくさ、次の偵察も何も、今は大地は泥の海だよ。

 しばらくは何もできないから、ゆっくり休もうよ。

 僕も、ちょっと疲れた」

 辛い思いを抱えているのは、ルティ一人だけじゃないよ、とアービィは言いたかった。

 だが、それは聞き様によっては、一人で悲劇のヒロインぶっているんじゃない、と言わんばかりの酷い言い様にも取れてしまう。

 言葉を選びながら、アービィは言った。


「うん、分かってるんだ。

 あたしだけが辛いんじゃないって。

 あんたも、ティアも、バードンさんも。

 今は、ターバの残された人たちが一番辛いんじゃないかって思う。

 あたしだけ、浸ってなんかいられないよね」

 ルティが答えるが、会話が噛み合わない。

 お互いに言いたいことは一緒だったが、気遣うあまり言葉はすれ違いになっている。

 なんとか気遣わせずにしようとして、足掻いているルティが痛々しかった。


「そう、そうだよ。

 でも、今は休むときだ、ルティ。

 休むことも大事だよ。

 僕がビースマックで倒れたときもそうだった。

 気持ちは焦るんだ。

 しっかりしなきゃいけないって。

 でもね、あのとき休んでよかったと思う。

 じゃなきゃ、今ここに来ていなかったかもしれないよ。

 あのとき休めって言ったのはルティだよ。

 だから、ルティも、今は何も考えずに。

 いや、ゆっくり考えると良い。

 急いで答えを出そうとなんかしなくて良いんだよ」

 アービィは、なんとかしてルティを落ち着かせたかった。

 確かに見た目は穏やかに話しているし、行動が粗暴になっているわけではない。しかし、内心の焦りが透けて見え、視線がどこかしら泳いでいるように見えている。



「何をぐちゃぐちゃ言ってるんだ、狼。

 ルティ殿も、無理をなさってはいけません。

 あなた一人が悩むことではございません。

 ここにいる者全ての問題でございます。

 皆で知恵を出し合えば、完璧とは申しませんが、何らかの回答が見つかるはず。

 煮詰まると、碌な考えなど浮かばないものでございます。

 いかがです、憂さを晴らすのも大事なことかと。

 狼、何か作ってこい」

 バードンが酒瓶を抱えて入ってきた。


 続いてティアが、つまみになりそうな干し肉や、木の実を抱えて入ってくる。

 その時点でバードンは、テーブルに酒瓶とグラスを並べ終えていた。アービィは黙ってルティの手を引いてテーブルに付く。バードンの手で酒瓶の封が切られ、荒々しくグラスに注がれた。

 ルティを囲む三人は、無理矢理明るい話題に終始した。

 アービィはターバの西を駆けたとき見た自然の豊饒を熱っぽく話し、ティアは相変わらずバードンをからかい、バードンはいつもどおり魔獣二頭に絡み、ルティの笑顔を誘っていた。



 難しい問題が山積し、一つ一つの解決は困難だが、それでも見通しが明るいことも多かった。

 地峡からパーカホまではほとんど舗装が完成し、泥濘の時期にも拘らずある程度の物資輸送が可能になっている。その舗装事業は、南大陸の豪商たちによる将来の市場参入を睨んだ資本投下だった。徐々に貨幣経済が北の大地にも浸透し始め、南大陸の商品が流れ込んでいる。

 少なくとも平野から山脈地帯にかけては、人々の暮らしは便利になっていくはずだ。

 北の民も積極的に働き始め、貨幣を手にすることで少しずつ意識が変わり始めている。

 言い方は悪いが、カネさえあればいくらでも便利なものが手に入り、わざわざ南大陸へ行かなくても済むと思わせるようになっていた。依然冬や雪への心配は絶えないが、それでも北の大地は暮らしやすくなってきつつあった。



 しかし、いつまでも南大陸の持ち出しでは、財政が破綻してしまう。

 北の大地に貨幣経済が浸透したら、ランケオラータは税制を整備しなければと考えている。今のところ、租税も、人頭税も、売上税も北の民からは取っていない。南大陸からの商品にも、ほとんど関税は掛けていない。ラシアスを通過する際の関税や、諸々の通行に係る税、商人たちの経費を考えると、北の大地に入る時点で関税を普通に掛けてしまうと、とてもではないが庶民が購入できる額ではなくなる。


 事実上ランケオラータが購入して、利益をほとんど乗せることなく北の民に販売している状態だ。

 いくらカトスタイラス領やアンガルーシー領からの収入があるとはいえ、このままでは息切れする日もそう遠くない。インダミトからの物資は国からの寄付同然とはいえ、商人の生活を破綻させるわけにはいかないので、利益も出させなければならなかった。



 いかにランケオラータが有能とはいっても、一人で全てを見きれるはずもない。

 レイが補佐に付いているとはいっても、如何せん経験不足だ。ラガロシフォン領の経営も、本家ボルビデュス領から有能なスタッフが送り込まれていたうえ、いざとなれば本家が尻拭いするという安心感も当てになった。

 内政であればルムにある程度任せることもできるが、カネ勘定となると北の民はまだ育っているとはいい難かった。


 そこで大きな力になったのが、ビースマックとストラーの政変で故国を追われた人々と、ラシアスから送り込まれた元財務卿だ。

 特に自ら望んで北の大地に渡ったビースマックの重鎮、ブレフェリー元公爵と、元ラシアス財務卿の力が大きい。

 政争に疲れ果て、環境の激変に辟易している他の元貴族たちも、少しでも暮らしを良くしたいがために、積極的にカネを北の大地にばらまいていた。今のところ北の民が商売を興すことはないが、南大陸の商人に使われながら、その準備を始めた者も多いと聞く。

 レイは、山岳や平野、山脈の活況を、最北の蛮族と呼ばれる人々にも見て欲しい、そう願っている。


 軍事の機密を見せられないことは理解しているが、経済に機密は今の時点ではない。

 それどころか、積極的に視察して取り込んで欲しいくらいだ。手を結べずとも、経済が発展すれば、互いに交易で利を挙げることは可能だ。

 現状で妥協点が見つけられずとも、利益の方向が同じになれば、競争と協同が自然と発生するとレイは考えている。


 指導者が考えるより庶民は強かだ。

 上層部同士がいがみ合い、軍同士の衝突の裏では、密かに交易ルートが維持されていたなど、戦乱の時代では珍しくもないことだった。南大陸の住人にできて、北の民にできない道理はない。レイはそう信じていた。



 ルティが捕虜との面会に行くと言い出したのは、四人が飲み明かして二日酔いに悩まされた翌日のことだった。

 一晩大人しくしていたせいで、酒の臭いはすっかり消え去っている。ルティにとっては、二日酔いの気分の悪さで余計なことを考えず、ひたすら眠り込んでいたため普段の寝不足が図らずも回復するという、皮肉なような、ありがたいような結果になっていた。


 捕虜たちの収容所は、兵舎に隣接して設けられた仮設の小屋だった。

 当初は集落の中心近くにある社に監禁していたが、守備隊の進出に伴って移送されていた。不穏な動きを監視できるように、兵舎に準じた造りになっている収容所には、密閉される空間がない。それは厠も同じことで、兵舎においては陰湿な虐めや自殺防止の観点から、簡単な仕切りのみの開放空間でしかなかった。さすがに男女の収容所は別々に造り、女性用は女性士官が監視に付いているが、そこにはプライバシーなどというものは一切存在しない。


 それでも、最北の地では望めないほどの食料が支給されているためか、捕虜たちから扱いについての不満はほとんど出ていない。もちろん、南大陸に恭順を誓ったわけではないので、尋問等に協力的ということはなかった。

 食料と命を握られている弱みから、積極的に反抗はしなかったが、紙一重の険悪さをはらんだ緊張感に収容所は包まれていた。



 ルティがやってきたのは、その女性用の収容所だった。

 朝からアービィの尻を叩いて焼かせた、カステラとプリンを人数分持ってきている。

 もちろん、これで協力的になるとは思ってないが、会話の潤滑油程度にはなるだろうと考えてのことだ。


「私たちに、どんなご用かしら?」

 四十がらみの女が、胡散臭そうな目でルティを見た。


「突然でごめんなさい。

 あたしは軍に所属してないから、どうぞお気楽に。

 お近付きの印ってほどじゃありませんけど、これでも食べながらお話しませんか?」

 態度が固いのは承知の上だったので、ルティはあくまでも丁寧な態度を崩さなかった。


「そんな何が入ってるか判らないもの、食べられるわけないでしょ。

 軍じゃなければ何よ?

 私らから何を聞き出したいの?」

 ルティが尋問官でないことくらい見れば判ったが、これまでの尋問の際には茶の一杯がいいところで、菓子など出されたことはない。

 それがいきなり見たこともないような菓子を出されれば、警戒するなという方が無理だった。


「じゃあ、あたしが一つ食べますから、それで何ともなければいかがです?

 そちらがどれにするか選んでください。

 南大陸は、北の民と交易を通して平和的な共存を望んでいます。

 今までは追い返すことに必死だったけど、そんな不毛な時代は終わりにしよう。

 それが南大陸四国家の意志です」

 ルティは選ばれたプリンを躊躇う素振りも見せず平らげた。



「ふぅん、それじゃ、いつでも暖かい土地に行って良いってことね?」

 完全に疑いを払拭できてはいないが、甘い香りに鼻腔をくすぐられ、最北の民の女は戸惑いの表情になっている。


「残念ですが、誰でも、いつでも、というわけにはいきません。

 南大陸に、両大陸全ての人々を養う力も場所も、まだありません」

 いきなりの地峡完全開放が、どのような混乱を両大陸にもたらすか、思い付くままにルティは正直に話した。


 地峡に殺到するであろう、北の民同士の足の引っ張り合い。

 それを抜け出した北の民と、南大陸の先住者との土地の奪い合い。

 それに伴って必然的に発生するであろう、敗者という流民。

 不足することが確実な、食糧を巡っての争い。

 南大陸にその時点で存在する、全ての民を巻き込んでの土地の奪い合い。

 新たな秩序の構築には避けては通れない混乱の、許容範囲を遙かに越えた混乱。


 そして無人となり荒廃しきった北の大地に追いやられる、新たな階層の人々。

 人々がシャッフルされるだけで、何ら今と変わることのない南北両大陸の関係。


「いかがでしょうか、性急な移民開放は危険だと、お分かりいただけたでしょうか。

 もちろん、争いさえ起きなければ良いんですが、さっきも言ったとおり、南大陸にそこまでの力はありませんし、北の大地が荒廃しきってしまいます。

 ですので、あたしたちは北の大地を豊饒の地に変えるために来たんです」

 ふと見ると、持ってきたプリンは既に消え、カステラもルティの分を残してなくなっていた。



「お嬢ちゃんが正直に話してるのは分かったわ。

 で、私に何を望むの?

 言っておくけど、私も最北の民。

 おいそれと、仲間を売るようなマネはしないわ」

 初対面の時よりは、幾分か口のききようが柔らかくなったとはいえ、敵意を捨てたとは到底思えない言葉が返ってくる。


「あたしは、あなた方とお話がしたい。

 ただ、それだけです。

 あなた方が何を思い、何を望むか、それが知りたい。

 なんであたしたちを絶対許さないのか、それが知りたいだけです

 また、来ます。

 次はどんなお菓子が良いですか?」

 そう言ってルティは相手の返答を待った。

 しかし、誰からも言葉が返されることはなく、時間だけが流れていく。

 やがて、ルティは立ち上がり、寂しそうな笑顔でもう一度、また来ます、と言って収容所を出て行った。



「どうだった、ルティ?」

 収容所の外には、心配そうな表情を浮かべたアービィとティアが待っていた。


「口はきいてくれたわ。

 でも、まだまだおしゃべりなんか、できる雰囲気じゃないの。

 あたし、しばらく通ってみることにする」

 その日から、ルティは何かしらの差し入れを持って、捕虜収容所に通い始めた。



 ターバの集落は静けさの中に、今にも爆発しそうな殺気と緊張を含んでいた。

 泥濘が水気を失い、大地が元の姿を取り戻してから十日も過ぎた頃、蹌踉うような一団がターバに辿り着いた。言うまでもなく、最北の地を脱したピラムの部族だ。

 もちろんターバの民は過去の失敗を繰り返す気はなく、連合軍も過去の戦訓を無駄にすることはなかった。


 到着するなり投降してきたピラムの部族も、ターバを襲った悲劇については聞き及んでいた。

 下手をすれば到着するなり、虐殺される可能性もあったのだ。それでもターバに投降することに躊躇いを持たなかったのは、ピラムの部族がそこまで追いつめられていたからだ。最北の地に残れば全員が不死者へ転生か、不死者の餌。戻れば他の抵抗している部族への、見せしめとして皆殺し。進めば怒りに狂うターバの民に皆殺しにされるかもしれないが、そうではない可能性も皆無ではない。

 部族を率いる指導者は、低いながらも残された可能性に賭けたのだった。



 連合軍司令部は、結界内で不死者が実体化し得ないことで、集落へ彼らを入れる決断を下した。

 もちろん、厳重なボディチェックや、持ち物検査を実施のうえでだ。ピラムの女性に対しては同じく女性のターバの民や司令部付き士官が、ボディチェックを行っている。敵意を剥き出しにするターバの女性を宥めつつ、連合軍の女性士官は入念にボディチェックを実施した。その間ターバの女性はいかなる不審物も逃すまいと、目を皿のようにして脱がされた衣服を検査し、女性士官に見落としがないか、背後からつり上がった目を光らせていた。

 男性に関しては検査をする側に余裕があったためか、それほど日数は掛からず終わりそうだ。だが、女性士官はもともと数が少なく、こちらはそう簡単に終わりそうもない。


 検査を終えた者とまだの者は、別々の宿舎があてがわれ、互いの連絡は絶っている。

 どのような検査が行われているか、それが漏れたらかい潜る方法を考えられてしまうからだ。当然外出も制限され、宿舎の敷地から出ることは適わなかった。宿舎内にも監視の目は光り、厠の扉すら取り払われ、完全なプライバシーを保てる空間など、どこにも存在しなかった。

 ピラムの民から不満の声が漏れ始めるが、ターバを落とされた経験から監視の目が緩められることはなかった。



 ラルンクルスが、検査済みのピラムの民が集められている宿舎に、僅かな供回りだけを連れて赴いたのは、検査が始められて三日目のことだった。

 現場担当の将校からピラムの民から不満が上がっていること聞き、ラルンクルスは直接説明をするために足を運ぶことにした。必要な措置であることを諭すには、現場の将校では若過ぎ、どうしても高圧的な態度になってしまう。ボディチェックや荷物検査程度で、幕僚を毎日派遣するとなれば他の軍務が滞りかねない。いずれ幕僚たちには、尋問等の重要度が高い仕事を指揮させなければならず、それまでは手元の仕事を前倒しで片付けてもらう必要があった。

 総司令官自らが出ていくことで、鼎の軽重を問われかねない判断だが、この場合現場の不満を解消するには有効だろうとラルンクルスは決定を下したのだった。


「この場における、最高責任者はどのお方かな?」

 あくまでも、物腰柔らかく訊ねるラルンクルスに対し、一人の男が挙手しながら答えた。

「ここにいる中では私だが、族長はまだあなた方による身体検査を終えていない。

 私に決定権などないが、それでもよろしいか?」


「心配なさるな。

 小官はあなたが責任を問われるような、交渉をしに来たわけではない。

 それに、族長殿があちらの宿舎におられるなら、この後伺うことにする。

 あなた方の扱いに不満があると聞いて、その辺りについて説明させてもらおうと、それで来たわけだ。

 申し遅れたが、私はクレナルト・ラルンクルス。

 北の大地における連合軍の行動全てに責任を持つ者だ。

 以後、よろしくお見知り置き願いたい」

 ラルンクルスは苦笑いして答えた。


 男は思わず息を飲んだ。

 とんでもない大物だ。決してこのような場に来て良い立場の者ではない。交渉ではないとすれば何が目的か、男には想像が付かなかった。


「そう固くなられることはない。

 小官は、あなた方にお願いに来ただけです」

 男が身構えた気配を察し、ラルンクルスは警戒心を持たせないように言葉を選び始めた。


「お願いと仰られましても、私には何かをお話する権限はありません。

 もし、いろいろとお訊ねになりたい件がありましたら、それは族長に直接お訊ねいただきたい」

 警戒するなと言われても、それは無理な相談だった。

 軍属の動向はともかく、ターバの民から向けられる視線の刺々しさは尋常ではない。集落内に適性勢力を抱えておくべきではないということは、男にも充分理解できる。軍がターバの民の圧力に屈し、ピラムの民を皆殺しにきたのではないかと疑っていた。


「いやいや、そうではない。

 ここでのあなた方の扱いに、ご理解をいただきたいということでしてな。

 ご存じの通り、このターバは避難民を装ったあなた方の同胞が持ち込んだ不死者の群れによって、一度は落とされた集落です。

 我ら南大陸の住人はともかく、ターバの生き残りの方々は、最北の地に住まう人々を共に天を戴かざる敵と見ております。

 あなた方を全て疑って掛かるのも、そのような経緯に拠るもの。

 信じたくとも、信じられぬというのが本心です。

 少なくとも、あなた方に敵意がないことと、不死者の灰などが持ち込まれていないことが分かるまでは、自由に集落内を歩き回られては、あなた方の安全を保障できません。

 厠の扉も同じこと。

 納得いかないことも多いと思うが、今暫くの辛抱と理解をお願いしたい」

 ラルンクルスは要点を掻い摘んで説明した。


「仰りたいことは分かります。

 ですが、総司令官が仰ることは、ここに配属されている将官のどなたかに、伝えさせれば済む内容です。

 何故、わざわざ足をお運びに?」

 人質に取られる危険を冒してまで、その程度のことを言うだけのために来るなど、総司令官たる重責を担う者がやって良い振る舞いではない。


「あなたの疑問はよく分かります

 誠意、というところでしょうか。

 いずれ、あなたを含め皆さんに、いろいろとお訊ねしなければならないときは来るでしょう。

 ですが、小官は、それはあなた方がある程度の自由を、保障されたときであって欲しいと考えています。

 捕虜尋問などではなく、聞き取り調査というかたちで実現させたいものですな。

 できれば、酒など交えての。

 それでは、小官はこれにて。

 できる限りの便宜は図りますので、残していく副官にご相談いただきたい。

 彼からあなた方には尋問などしないことは、小官の名誉と責任においてお約束しましょう」

 信じられないという表情の男を残し、ラルンクルスは席を立ち、宿舎を出てもう一つの宿舎へと歩いていった。


 密談していたわけではないので、他の民の耳にもラルンクルスの言葉は届いている。

 総司令官自ら頭を下げられては、庇護を願う立場としては不満をぶちまけてなどいられない。ターバの民の心情は理解できるだけに、この措置が間違いではないことも充分過ぎるほど分かっている。

 男は民の不満を宥める役を、上手く押しつけられてしまったことを自覚していた。



「あら、ラルンクルス様、こんなところでお珍しい。

 どちらへ、いらっしゃるのですか?」

 検査を終了したピラムの民を収容している仮宿舎から、族長がいる仮宿舎へと移動しているラルンクルスに、大きな包みを抱えたルティが声を掛けた。


「おや、ルティ殿こそ。

 今日は、アービィ殿やティア殿はご一緒ではないのですか?

 小官は、今からピラムの族長に話がありましてな。

 どうも、いろいろな検査に時間が掛かって、彼らの不満が溜まっている様子。

 かと言って、いきなりターバの街中を歩かせるというのも危険でして。

 最北の蛮族に怨みを抱いている民が多いですからな、この集落は。

 その辺りを納得いただかないと、何が起きるか解りませぬ故」

 突然声を掛けられ、考え事に沈んでいたラルンクルスは驚いて答えた。


「ええ、二人は家でいろいろと。

 総司令官様もいろいろと大変ですね。

 でも、それはどなたか幕僚の方に行っていただければよろしいのでは?」

 小首を傾げてルティが聞いた。


「それは、そうなんですが。

 やはり、誠意と申しましょうか。

 総責任者が出向いてこそ、納得いただけることもあるかと。

 誰か幕僚が行っても用事自体は済むでしょう。

 ですが、一方的な申し渡しよりは、小官が出向くことで少しでも理解をしていただければよいかと思っております。

 大きな声では申せませんが、彼らのもつ情報の価値は莫大なものです。

 尋問などで聞き出すより、酒盛りの席などで胸襟を開いて話していただく方が、よほどよろしいかと」

 ラルンクルスはピラムの男に話したことを、もう一度ルティに説明した。


「あたしと同じことを、お考えになっていらっしゃったのですか。

 あたしは、捕虜になっている女性の宿舎へ行くところです。

 以前、最北の民の子供、不死者に転生していましたが、その子に『お前たちを許さない、絶対に』って言われたんです。

 どうしてなんでしょう。

 あたしは、それが知りたい。

 だいたいは解っているつもりですが、彼女たちからその理由を話して欲しい。

 それで、少しでもお近付きになりたくて、アービィとティアにこんなもの作ってもらっていたんです」

 ルティは、多めに作ってあった水羊羹を一つ、お試しくださいと言いながらラルンクルスに渡した。


 ラルンクルスは受け取った水羊羹をしげしげと眺め、徐に口に入れ、そして目を輝かせた。

 さっぱりとした甘さと、濃厚な豆の味が口の中に広がった。彼が今まで食べたことのある菓子といえば、下品なまでに甘みを聞かせすぎたケーキやクッキーなどだった。甘いものは贅沢品であり、甘さをとことんまで追及したものが騎士や貴族階級では喜ばれる傾向があった。もちろん、味が良いという評価ではなく、高価な砂糖をふんだんに使っているというところに、ステータスを感じているのだった。


「ルティ殿、これの余分はございますか?

 是非、仮宿舎に押し込められているピラムの民の皆に振舞ってやりたい。

 もしも、可能であるならば、ターバの民にも行き渡るように。

 作り方を教えていただければ、軍の給糧班に命じて作らせます」

 甘いものを食いながら、喧嘩などできるものではない。

 ピラムの民を宥めておくには良い手だと、ラルンクルスは考えた。


 いずれ、彼らを集落の一員として迎えることになるだろう。

 おそらくだが、彼らは最北の蛮族の中でも虐げられ、現在こちらに敵対する勢力とは相容れない存在だったのだろう。ここまで伝え聞く彼らの言動からは、こちらに敵対しようという意思は見られない。敵の敵は味方というわけではないが、共に肩を並べて戦える相手だと、ラルンクルスは判断していた。


 ターバには一時的に身を寄せるに留め平野に移送するか、そのまま住み着くかは彼ら次第だ。戦略的価値が高いと判断された場合は、南大陸連合の本拠が置かれているウジェチ・スグタ要塞に行ってもらうことになるかもしれないが、暫くはターバに留まることになる。当然ターバの主だった者たちとも顔合わせをさせる必要はあり、その場の雰囲気を和ませるためにも、この菓子は役に立つ。

 僅かの間にラルンクルスはそこまで考えていた。



「申し訳ないのですが、今はこれしか持っていません。

 材料は買い集めれば、市場に充分あると思います。

 一度にたくさん食べる物じゃないですからね。

 アービィは家にいますから、どなたかにお伝えいただければいいと思いますよ。

 あの人のことですから、給糧班に行って作るんじゃないかと」

 特に秘密にしている製法でもないので、ルティは気軽に答えた。


「かたじけない。

 ところで、どこの地方の菓子ですかな?

 ラシアスの宮廷ではお目にかかったことがない。

 ルティ殿の故郷ですか?」

 宮廷に住むような身分であれば、所謂高級菓子というものは、一度は口にしている。



「いいえ、『この世界』の物ではありません。

 アービィの故郷のですよ。

 他にもいろいろありますので、給糧班の方々にも教えるんじゃないかと思いますよ。

 それでは、また」

 ルティは包みを抱え直し、捕虜収容所へと急いでいった。


 『アービィの故郷』。

 異世界のことだ。

 ラルンクルスは、呆然と立ち尽くしていた。


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