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狼と少女の物語  作者: くらいさおら
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第81話

 「やっと、到着ですかな?」

 何も視界を遮る物がない、広い荒野にバードン隊は立っていた。

 ターバの衛星集落の民に気付かれないように、かなり遠大な韜晦路を採った結果、真北の基準点への到達はティア隊と分かれてから六日を要していた。


 この間、徹底的に戦闘を避ける方針を採ったバードン隊は、予定されていたルートの倍以上の距離を歩く羽目になり、携行してきた食糧に不安を抱えていた。

 後追いの補給部隊が北上しているはずだが、追いつくことを焦るあまり韜晦を怠るようなことがあれば、バードン隊の苦労は水泡に帰すかもしれない。だが、補給部隊が敵との触接を避け、韜晦路を辿るということは、補給部隊自身が持ってきた補給物資を喰い潰すこと意味している。やはり、ターバが攻勢臨界点であり、ターバを落とすためにターバ以北で軍事行動を取るには、ターバを落とさなければならないという矛盾は、熱意や信念だけではどうにもできないことだった。


 イーバを出てから十五日が過ぎ、食糧は十日分残っている。

 結界の敷設に七日掛かったとして、完成すればターバ経由の最短ルートで、南基準点へ戻ることができる。そのルートであれば、ターバで一泊すれば翌日の夜中には南基準点に到着できるはずだ。


 食糧は南基準点までは持つが、イーバまでの分はない。

 だが、これはルティ隊にしても、アービィ組やティア隊にしても同じことだ。結界が閉じた瞬間に撤収しようと、イーバに最も近いルティ隊でも二、三日分が不足する。ルティや補給部隊の指揮官が、冷静に判断して南基準点への物資集積を優先してくれていることを、バードンは願っていた。



「間違いなく、ここだ、と。

 精霊からの知らせです。

 しかし、どうぞ襲撃してくださいと言わんばかりの場所ですな」

 神官が嘆息した。


「はい、なだらかとはいえ、周りは高く、ここが一番低い。

 浅い鉢の底のようなものですな。

 そのうえ、小規模ではありますが、至近距離にまで林が迫り、敵が何時飛び出してくるか、常時警戒しなければなりません」

 随伴した小隊長が辺りを見回し、一つ一つ確認するように続けた。


「まあ、それほど悲観するものでもないでしょう。

 林までは近いとはいえ、手が届くというほどでもない。

 結界ができればさらに近くはなりますがな。

 そうしたら、いっそ林も、結界で囲んでしまいますか。

 それに、林から小川が流れ出ているということは、水には困らないということではありませんか。

 将来を考えると、あの林まで確保した方が良いかもしれませんな」

 バードンが悲観論に傾き始めた雰囲気を立て直した。



 結界の敷設作業は順調だった。

 ほとんど遮蔽物や障害物のない地形で、記号を置く位置の選定に他の三地区より時間を要しなかった。また、作業に当たる将兵も、偶然のなせる業か工兵の才能に溢れた者が多かったことも、大きな要因の一つだったろう。

 他の三地区がほぼ六日掛かって完了させた結界の敷設作業は、バードン隊に関していえば四日目の夕方にはほとんど終わっていた。


 翌朝、日の出と共に最後の仕上げをすれば、ターバを囲う大結界が完成する。

 誰もが苦闘を讃え合い、明日早朝の完成を約束して、四日目の作業を日没と同時に切り上げた。



 バードン隊の担当地区にある六つの結界を、不死者の群れが遠巻きにしている。

 敢えて灰化することで生者に運ばせ、細い月明かりで再生していたのだろう。あちこちの地面から、湧き上がるように不死者が姿を現していく。生者の数は、それほど多くないようだ。もし生者を大量に連れてきては、裏切られ、逃げられる可能性を、ターバを占拠している指導的立場の吸血不死者は危惧したようだった。確かに、僅かに残った民のために、逃亡のチャンスをみすみす見逃すほど北の民は甘くはない。

 もし、ここまで不死者の灰を運んだ少数の者たちが逃亡すれば、ターバに残る多くの人々が不死者に転生させられるか、皆殺しにされるのだろう。これが逆の数であれば、再起を期して民は逃亡するか、不死者の灰を水に投げ込むことを躊躇わない。


「随分と大勢様のお越しのようですな。

 しかし、遅い。

 待ちくたびれましたな、神官殿。

 我々を歓待するのに、どれほどのご準備をいただいたのでしょうな」

 バードンは、祝福法儀式済みの剣を振っている。

 ここまで彼は退屈していた。やるべきことは多く、神官や将兵の警護の傍ら結界の敷設作業も手伝っていたのだが、血が騒ぐのを抑えられなくなっていた。


「いくらなんでも、生者の数が少なすぎますな。

 これでは結界に辿り着いた者から殴り倒すだけで済みましょう」

 神官は、三節棍を振り回している。


「生者が相手では、せっかくの祝福法儀式も役に立ちません。

 残念ですな。

 不死者は、結界がある限り中にいる者に手を触れることはできません故、結界内で生者のみ相手するよう、命令は徹底してあります」

 結界の防護策を構築するために持ってきた工具や竹を、手に馴染むかどうか確かめるように振りながら、小隊長が言う。


「申し訳ございませんが、それで結構です。

 軍の方々には、ターバの民の保護をお願いいたします。

 不死者は、我々が引き受けましょう。

 神のお決めになった摂理に逆らう者が、我が眼前を歩くことがどういうことか、たっぷりと教育してくれましょう」

 バードンが言う。


「小隊長殿、さすがに工具は危険では?

 バードン殿、それは私の言うべきことでございます。

 精霊の調和を乱す者が、私の前を徒党を組んで歩くなど、私には許せることではございません」

 神官は、引き絞られた弓に番えられた矢のような緊張感を漂わせていた。

 しかし、その顔には不敵な笑みが浮かべられていた。



 バードンと神官が結界を出ようとしたとき、不意に神官が動きを止めた。

 辺りを見回し、先程見せていた緊張感と不敵な笑みが混在していた表情から、笑みが消えていた。


「いかがなされましたかな?」

 バードンが、神官のあまりの変わり様に訝しんで声を掛けた。


「いえ、悪意が、この結界一点に集まってきております。

 まるで甘いものに群がる蟻のように。

 どうやら、基準点を破壊することに集中するようですな。

 確かに、不死者の数こそ揃っていますが、結界に触れられない者ばかり集めても意味がない。

 緒戦は生者を破城槌として結界を破り、中にいる者を不死者が喰らい尽くす。

 疲れなど知らぬ不死者のこと、そうして一つずつ確実に潰していく腹積もりなのでしょう」

 世界に遍在する精霊が、不死者の持つ悪意を感知していた。

 周囲に散っていた悪意が、神官目指して集まってきていることを、精霊との感応で神官は気付いていた。

 そして、仕上げに使う予定で残してあった聖水を、惜しげもなく結界強化に撒き始めた。


「では、打って出るのではなく、篭城戦ですな」

 バードンは祝福法儀式済みの剣を腰に戻し、手近な竹の棒を手に取り、結界の内側に立つ。


「眼前にいた生者の数は、我らと同数程度でしたが、六隊分が合流するようです。

 戦力比は一対六ですか。

 少しは楽しい戦いになりそうですかな」

 緊張を隠せない神官が呟いた。


 ランチェスターの自乗均等法則に乗っ取れば、実質の戦力比は一対三十六。こちらが全滅しても、相手にはせいぜいかすり傷を負わせるのが精一杯というほどの、絶望的な戦力比だった。砦と化した結界を攻めるにも、攻者三倍の原則を充分すぎるほど満たす数だ。それに、結界は不死者に対してのみ有効であり、物理的な砦を築いているわけではない。見方を変えれば包囲された軍と、包囲した軍のぶつかり合いでしかない。

 ターバの民を殺しても構わないというのであれば、バードンと神官、それに剣技に優れた将兵がある程度いれば問題ない。おそらく、訓練を積んでいない者の目に、バードンと神官の動きはこの闇に等しい夜の帳の中では捉えることは不可能だ。

 だが、ターバの民を手に掛けるようなことがあっては、ターバ解放作戦の意義に関る。


 大の虫を生かすために小の虫を殺すことも、ときに躊躇うべきでないことはバードンも神官も理解している。しかし、今ターバの民に死者を出してしまっては、拠点欲しさの殺戮という禍根を残すことになりかねなかった。

 やはり打って出て、先手を取ってターバの民を殴り倒してしまおうかと、バードンは全身の力を抜き去って次の緊張に備えた。



「不味い。

 神官殿、魔獣までご用意いただいたようですな。

 やはり、我らは打って出ますか」

 バードンは、跳躍に移ろうとした瞬間、不死者の後ろに焦臭い臭いを嗅いでいた。


 一年ほど前、ランケオラータを南大陸へ連れ戻そうとしていた際に遭遇した、三つ首の凶獣と同じ臭いだ。

 あの時はキマイラとマンティコア、そしてサイクロプスと遭遇した。さすがに三体の魔獣を相手取るのは、バードンにとっても少々荷が勝ちすぎで際どいところまで追い詰められた。アービィたちが間に合ってくれたお陰で九死に一生を得ていたが、そうでなければおそらく命を落としていた可能性が高かった。

 今回キマイラは一体だけのようだが、不死者の群れは軽く百を越えている。あのときの状況と、たいして変わりはないかもしれなかった。


「然様ですな。

 結界は連合軍の皆様にお預けし、我らは魔獣と不死者を刈り取ると致しますか。

 小隊長殿、聖水による結界効果は物理的に破壊することは不可能です。

 明日の朝くらいまでは、不死者どもがこの中に入ることはできません故、ターバの民を敢えて引き込み、結界の中で戦っていただきたい。

 なに、記号がすべて破壊されても、明日作り直せばよろしい。

 細かいことなどお気遣いなく、思う存分暴れられよ」

 気負うでもなく、悲観的になるでもなく、神官は三節棍の素振りを続けている。


「小隊長殿、朝まで持ちこたえれば、勝ちです。

 では神官殿、参りますか」

 バードンの姿が闇に消えた。

 小隊長がバードンの動きを追えず、目を瞬かせているうちに、神官の姿も消え失せていた。



 ターバの民は、結界を囲んだまま躊躇うような素振りを見せ、突っ込んでくる気配はない。

 こちらが焦って打って出るのを待っているかのようだった。だが、挑発するような行動を取るわけでもなく、徐々に距離を詰めている。どうやら、その後ろから不死者たちが圧力を掛けているようだった。

 まるで悪名高いナチスドイツの武装親衛隊督戦隊か、ソビエト連邦労農赤軍督戦隊を髣髴とさせるような、不死者と魔獣、そして生者の布陣だった。


「第一分隊、整列っ!

 突っ込んできたターバの民は、極力紳士的な方法でお休みいただけ。

 そのまま結界内に引き込めば、不死者どもからは見えなくなる。

 ターバの民さえ片付けば、この状況は終了だ。

 各自、状況開始」

 小隊長が直率する第一分隊に下命する。

 他の結界から応援を呼ぼうにも、既に目の前に敵がいる状況では間に合わない。

 神官が精霊に知らされたという悪意の集中に、他の三基準点を構築し終えた神官たちが気付いたとしても、応援に駆けつける頃には事は決していよう。

 九人の構成員は眦を決して結界内に人間の防壁を形成し、突っ込んでくるターバの民を待ち受けた。


 ターバの民と、第一分隊の間の空気が、極限まで圧縮されたと誰もが感じた瞬間、戦が爆発した。

 僅かな躊躇いを見せつつも、背後からの圧力に抗する術を持たないターバの民が、結界に向かって雪崩を打ったように駆け始めた。五月雨式になだれ込むターバの民は、第一分隊が班ごとの二列横隊を形成しているのを見ると、その中央突破を図った。打ち合わせがあったわけではないのだが、迂回するより先頭の者が敵対列に突っ込んだ隙に、そこを乗り越えようとしたのだろう。中央の基準点を破壊するために、迂回するより最短距離を選んだというよりは、視野狭窄に陥り、迂回する余裕がなくなっていたと見たほうが良かったかもしれない。



 迎え撃つ第一分隊は、結界内に飛び込んでくるターバの民を、隊列の中心を開けわざとすり抜けさせた。

 ターバの民は、第一分隊が恐れをなしたと見て、勝鬨を上げながら中央に設置された基準点に殺到する。だが、基準点そのものは一抱え程度ある丸太の断面に記号を掘り込んだもので、然程大きなものではないのだが、地中深く打ち込んであり、先端は地上に数cm程顔を覗かせているだけだ。当然、人力で引き抜けるようなものではなく、また何人もが手を掛けられるような作りでもない。

 ターバの民が基準点に取り付き、引き抜こうとしたり周囲を掘り始めたり、または剣で切りつけたりし始めたとき、わざと中央を突破させた第一分隊は、ターバの民を包囲していた。


 人数差から完全な包囲は不可能だが、それでも意識が中心に向かっているターバの民を、第一分隊は背後から襲った。

 中央に向かった人の波は、六十名近くが一点に集中してしまったためか完全に渋滞し、記号を取り囲む人の壁の外郭は混乱状態にあった。冷静な指揮官がいたならば、周囲の別の記号を破壊するため人を分派するのだが、視野狭窄に陥っているターバの民にそのような余裕はなかった。第一分隊は、後ろからターバの民に襲い掛かると、当るを幸い殴り倒す。剣は抜かず、拳が、肘が、脚が、膝が、的確にターバの民を捉えていた。記号の破壊を妨害させないため、外郭に位置するターバの民が第一分隊に向き直るが、統制の取れた動きではなく、また狭い範囲に押し縮められた結果、剣を振るうにも振るえず、一人ずつ確実に排除されていく。顔面に拳や肘を打ち込まれ、腹を爪先や膝で蹴り上げられ、短く悲鳴を上げたターバの民が次々に地に倒れ伏す。それでも中には果敢に反撃し、第一分隊の兵士に剣を突き立てる者もいた。

 鈍器が肉を叩くような耳障りな衝撃音と、身体を切り裂かれた兵士の絶叫が入り混じり、結界の中は混乱の巷へと変貌していった。



 バードンと神官は、キマイラを前面に押し立てた不死者の群れに突っ込んでいった。

 二人の防壁を抜かれて困るのはキマイラだけであり、結界に突入できない不死者は無視して良い。キマイラへの攻撃を邪魔する者だけ排除すれば、あとはキマイラに集中できる。だが、ちょっかいを出してくる不死者を切り伏せながらキマイラに攻撃を集中することは、言うほど簡単なことではなかった。

 二人は主目的を積極的にキマイラを殺すことから、結界に突入させないように気を逸らすことへ切り替えた。


「まるで、切りがないですな。

 次から次へと」

 文句を言いつつバードンが不死者を切り捨てる。


「全くですな。

 まだ半分も潰してない」

 神官が軽口で答える。


 だが、二人とも息が上がり始めていた。

 不死者の攻撃自体は難なくかわせる。しかし、キマイラを牽制し、その攻撃を避けながらでは、やはり無理があった。キマイラと不死者が連携を取っているとは思えないが、バードンと神官の隙を衝いてそれぞれ攻撃してくると、息つく暇もなく攻撃は連続されてしまう。

 バードンも、神官も吸血不死者の同化攻撃には気を付けていたためか、どうしてもキマイラに対して隙ができてしまう。結果、二人ともキマイラからは数回の打撃と噛み付きを受け、それなりに無視できないダメージを負っていた。



「神官殿、結界へ御退避ください。

 ここは、私が引き受けましょう」

 神官に叩き付けられようとしていたキマイラの前肢を、自らの身体で受け止めたバードンが言った。


 彼は、徹底したリアリストであり、オプティミストではない。

 引き受けたところで、結界内のターバの民を第一分隊が制圧していない限り、神官にとっての相手がキマイラと不死者からターバの民へと交代するだけだ。それでもここでキマイラに四肢を引き裂かれ、不死者に喰らわれるか、吸血不死者に同化させられるかよりは、まだ何とかなる可能性が残されている。

 ざっと見たところ、キマイラは手傷こそ負わせているものの、それが却って凶暴性を増すことになっていた。不死者の群れはその数を減じさせているものの、自らが負ったダメージとは到底吊りあう取引にはなっていない。


「そうはいきますまい。

 私一人逃げたところで、戦況には何の影響もない。

 不死者を減らすより、キマイラを何とかしなければ、第一分隊まで危機に陥りますぞ」

 肩で息をしながらも、神官は三節棍を構え直した。

 見たところ、バードンの右腕は切り裂かれ、辛うじて筋肉の筋で繋がっているだけのようだ。ここで彼に任せて逃げ切れると思うほど、神官はオプティミストでもなければ、彼を捨てて逃げるほどリアリストでもなかった。

 しかし、二人に限界が近付いていることは明らかだ。


 バードンや神官がいかに鍛えていようと、合成魔獣の四肢や顎はその肉体をやすやすと引き裂くだけの力は持っている。不死者たちも、動きこそ鈍いが、その膂力は人類のそれを遥かに凌駕していた。一般人の首や腕など、粘土を引きちぎるより容易いことだった。


 複数の不死者がバードンに突進し、神官を包み込む。

 剣が舞い、三節棍がうなりをあげて不死者を薙ぎ払うが、それまでであれば切断できていた腕や首を斬り跳ばすまでには至らない。不死者たちが下がり、一息ついたと思った二人が顔を上げると、そこにはキマイラのライオンと山羊の首が感情の篭らない目で二人を見下ろしていた。


「あぁ、これはいけませんな」

「やり直し、というわけにはいきませんかな」

 バードンが呟き、神官が答えた。


 キマイラの四肢の筋肉が力みで膨れ上がり、大地に向かってそのたわめられた力が解放され、キマイラの巨体が跳んだ。

 バードンと神官は、適わぬまでも一太刀とばかりにキマイラに剣と三節棍を振り抜いたが、どちらも空を斬っていた。態勢を崩し大地に突っ込んだ二人は、襲い来る不死者の群れを避けるだけの体力が残されていないことに気付いていた。



 確かにキマイラは跳んでいた。

 だが、それは自らの意志で跳んだのではなく、他者の意志で強制的に、この世から跳ばされていた。



 ――遅くなってごめんなさい。大丈夫ですか?


「何、邪魔しやがる、これからってときに」

 瞬時に状況を理解したバードンは、つい悪態をついていた。


「どうして、こちらへ?」

 訝しげに神官が尋ねた。


「精霊が教えてくれたんです。

 ターバにいる悪意が北へ動いたって」

 ルティがバードンを抱え起こしながら、神官に向かって答えた。


 一昨日から昨日へと日付が変わった深夜、ルティ隊の神官が精霊との感応中に、ターバから悪意の塊が北へ移動していると伝えられていた。

 アービィとルティが南基準点を飛び出し、人影がなくなったところでアービィが獣化して、ルティを背に乗せ東基準点へと駆けた。そこでティアを拾い、二人を乗せて北基準点へと全力で駆け抜けたのだった。既に韜晦路を通る余裕はなく、最短ルートをアービィは駆け抜けていた。


「まったく世話が焼ける人ね、あなたは。

 そんなんじゃ、アービィはおろか、あたしだって殺せないわよ。

 切り刻んでくれるんじゃなかったの?」

 『透過』を解除したティアが、バードンに『快癒』を掛けながら悪態をつく。


「余計なお世話だ、蛇。

 こんなのかすり傷にもなりゃしねぇ。

 それより、東の結界は、いや、南も西も放っておいていいのか?」

 口ではそう言いながら、バードンは安堵のあまりへたり込んだままだった。


「西区域はご心配なく。

 『人』では、あの辺りに踏み込むことなんてできませんから。

 南も東も、精霊から悪意は向いていないから、大丈夫だって」

 神官に『快癒』を掛けながら、ルティが言う。



 結界が完成した以上、万を越える不死者が攻めようと、それを破壊することはできない。

 西は人跡未踏の地であり、生者が入り込む余地はなかった。南と東の結界も、この緊急事態に補給部隊をそのまま守備隊として足止めしてある。多少食糧の節約は必要だが、状況が司令部に伝われば後方支援部隊から補給部隊は補充され、充足率は十割を維持されるだろう。


 イーバとターバの中間を扼する不死者の集落が復活した情報は、既に司令部に届いていた。

 アービィたちには知らせが届いていないが、不死者の集落を結界で封鎖するために、水火風の神官たちが護衛と共に向かっているはずだった。もともと神官たちは結界が完成した後に、ターバへ進出する取り決めがあった。それを前倒しして、不死者の集落封鎖後、ターバへ前進するために南地区の物資集積地へ入る予定になっていた。


 これもアービィたちは知らないことだったが、ランケオラータとプラボック、そしてルムの三者協議はここが勝負所と踏んで、ある程度は物資の損耗を覚悟のうえで、戦力の投入を決めていた。

 連合軍司令部は、山岳地帯から平野部に係る兵站業務のうち、街道の舗装を一時棚上げし、補給作戦に全力を上げることを決定している。司令部機能もイーバに前進させ、連合軍司令官ラルンクルスが陣頭指揮に当たっていた。後方支援業務が不充分になるため、ランケオラータからウジェチ・スグタ要塞に陣取る南大陸連合会議に対して、補給業務の民間委託と、舗装作業に当たる工夫の派遣を依頼することにしていた。



 ティアがバードンを、ルティが神官を支えて、知る範囲の状況を説明しつつ結界へと後退する。

 背後から四人に不死者の群れが殺到するが、キマイラを瞬殺した巨狼が立ちふさがり、片っ端から不死者たちを噛み裂いていく。四人は振り返ることなく結界へと辿り着き、それぞれが『回復』や『治癒』で体力を恢復させるや否や、第一分隊とターバの民が入り乱れる混乱の巷へと身を投じていった。既にキマイラ亡き今、不死者の群れがいかほどいようと、結界に対して何の脅威にもなり得ない。

 四人とも、巨狼がいる限り不死者の群れが一体たりとも後から追い縋ってくることはないと、全幅の信頼を置いていた。



 不死者の群れを蹂躙し、四人が結界に突入するのを見届けた巨狼は大きく跳躍し、結界の横をかすめていった。

 ルティがアービィの短刀や着替えの詰まったバッグを投げ、巨狼はそれを空中でキャッチする。そのまま林に走りこんで獣化を解くと、服を着込み短刀を腰に佩いた。

 アービィは獣化しない程度に狼の力を解放し、再度不死者の群れを中央突破した勢いで結界へと突入していった。



 結界の中は混乱の極にあった。

 ほぼ半数のターバの民は無力化され、結界内に転がされている。第一分隊も無傷ではなく、三人が倒れ伏し、それ以外の七人も大なり小なりの怪我を負っていた。殺して良いなら話は早いが、ターバ解放後の統治に関るも問題に発展しかねないため、極力命に影響のない方法での無力化が求められていた。

 それ故にターバの民の排除は簡単にはいかず、本来の戦闘であれば受ける必要のない抵抗を受ける羽目になっていた。


 基準点は相変わらず微動だにもしないが、第一分隊の将兵に疲労の色が濃くなっている。

 ルティとティアの呪文で完全回復したバードンと神官は、躊躇うことなく混乱の巷へと踏み込んだ。

 鍛え抜かれた個人戦闘のエキスパートは、混沌と化した戦況を一気にひっくり返すだけの打撃力を有していた。右に左に拳が、肘が、脚が、膝が飛び、バードンが通り過ぎた後には、ターバの民がうめき声を上げて転がっている。三節棍が優しく奔り、神官の周囲にターバの民が倒れ伏す。

 ルティは兵士に『快癒』、『治癒』、『回復』を掛けて回り、誰にも気付かれないように『透過』したティアが獣化し、護衛に付いていた。

 ルティや回復途中の将兵に気付いて突っ込んでくるターバの民を、目に見えない蛇の尻尾が捕らえ、頚動脈を一瞬絞めて意識を刈り取る。徐々にターバの民に立っている者は少なくなり、第一分隊が圧倒し始めていた。



「もう、やめてっ!

 やめるんだっ!」

 ターバの民が恐慌状態に陥りそうになったのを見て、アービィが叫んだ。


「キマイラは倒しました。

 不死者からこの中は見えていません。

 もう、皆さんを脅かすものはいないんです。

 落ち着いて。

 神官様、一刻も早く最後の仕上げを。

 そうすれば、結界内の不死者は全て灰になります。

 ターバに残された人たちも、解放されるんです!」

 あらん限りの声でアービィは叫び続けた。


 だが、ターバの民の動きが止まらない。

 彼らを突き動かしていたものは、ターバに残された人々の命を救いたい、不死者に転生などさせてなるものか、という二点だ。もし、結界の完成を止められなければ、今現在ターバに残された人々は、問答無用で不死者に転生させられるか皆殺しと脅されていた。戦いに明け暮れた自分たちがあっと言う間に制圧された相手に、南大陸の軟弱どもが敵うはずもないと信じていたからこそ、彼らは結界を破壊する方を選んだのだ。

 だが、現実にはキマイラが排除され、不死者の群れも蹂躙されていた。


 新たに戦場に突入した二人の戦闘力は、人外の化け物と呼ぶに相応しいほど、一般人とは隔絶していた。そのうえ、見えない敵が片っ端から仲間を倒している。ターバの民の戦意は急速にしぼみ始めていたが、それでも同胞の命を救うため必死に結界の完成を阻止しようとしている者がいた。


 アービィは、念話でティアに、『催眠』でターバの民を無力化するように伝え、自らもまたターバの民の排除に参加する決断を下した。

 ラミア特有の呪術といえど、無限に使えるわけではない。ティア自身『催眠』を使うタイミングは窺っていたが、ターバの民の数が多く全てを眠らせ切れないため、その行使を躊躇っていた。しかし、アービィからの念話で状況を把握し、全てを眠らせることはできなくても、戦意を溢れさせている者だけ狙えば良いと判断した。

 戦場から一歩退いたティアが、的確に相手を選んで強制的な睡眠に誘っていく。たった今まで雄叫びを上げながら剣を振りかざしていた者が、攻撃を受けたわけでもないのに倒れていく。それも苦悶ではなく、安心しきったような、気持ちよさそうな表情を浮かべてだ。

 明らかにターバの民が浮き足立ち、その隙を衝いて第一分隊が畳み掛けるように襲いかかった。


 アービィの言葉に、神官が結界内の記号に聖水を振りかけ、精霊への祝詞を上げ始めた。

 荘厳な言葉が紡ぎ出され、記号が一つずつ光を帯び始める。昨日まで、五つの結界の中で見た光景と、同じものが再現されていた。僅かに無傷のターバの若者たちが、神官の祝詞を阻止しようと突っ込むが、バードンに正面から拳を打ち込まれ、アービィの掌底に意識を刈り取られる。

 この時点でターバの民に立っている者は一桁でしかなく、回復呪文に余裕のある第一分隊が有利であることは、誰の目からも明らかだった。

 制圧は完了しつつあった。



 基準点から始まった光の列は、一重ずつ結界内を満たしていく。

 やがて、全ての記号に光が宿り、それまで見た五つの結界とは異なる現象が起き始めた。

 一瞬、全ての記号が強い光を放ち、ゆっくりとした明滅を開始する。

 明滅の間隔は十秒程だったが、数回ごとにその間隔は短くなり、光っている時間が長くなっていく。やがて、消える時間は瞬間になり、残光に幻惑されなくても明滅がなくなったと見えたとき、結界から白く、柔らかく、温かい光が宙天高く立ち昇った。

 そこにいた全員が立ち昇る光の帯を見上げたとき、二十四本の光の帯がターバ上空と思しき辺りで一つになった。


 結界の両側の地面に光の帯が走り、全ての結界が光で繋がったとき、夜空が爆発したかのように明るくなった。雪の結晶を思わせる光の粒が大結界の中に降り注ぎ、それに触れた不死者が灰と化して爆散した。



 光の輪の内側にいた不死者は、高位も低位も関係なく、ひとしなみに光に飲まれ、瞬時に灰と化す。

 ちょうど輪の上にいて、身体の一部を光の輪が通過していた者は、輪の内側に残る部分が瞬時に灰化し、身体を分断された。下半身を失った不死者たちが、僅かに残る灰化への恐怖心から光の輪を逃れようと、腕だけで必死に這いずるが、灰化した下半身を追うように上半身も灰化する。上半身を失った不死者は、どこへも逃げることもできず、その場に崩れるように灰化した。

 縦方向に分断され、灰化を逃れた半身が光の輪の上に倒れ込むと、さらに分断され、のたうち回りながら四分五裂になりながら一掴みの灰を周囲に撒き散らした。



 結界内に歓喜が爆発した。



 辛うじて灰化を逃れた不死者も二桁を超えていたが、日中のシェルターを失った者たちには、数時間後に太陽が容赦なく襲いかかるはずだ。

 残敵掃討の必要を見い出せないアービィが結界内に腰を落とし、続いてルティが寄り添うように腰を下ろした。

 精神力の全てを搾り切ってしまった神官が、大地に仰向けに倒れ、周囲の心配を余所に大の字のまま寝息を立て始める。同様に、疲労の限界を既に通り越していたバードンが、大地に崩れ落ちた。同時に獣化と『透過』を解除したティアがバードンに駆け寄り、その身を抱え起こして『回復』を掛ける。だが、うっすらと目を開けたバードンは、ティアに一言二言言葉を投げつけると、そのまま意識を失った。

 ティアは、バードンをそっと横たえ、やるせない表情で立ち上がった。


「どうしたの、ティア。

 バードンさん、大丈夫なの?」

 ルティが心配げにティアに訊ねた。


「ええ。

 『眠いからほっとけ』ですって。

 失礼しちゃうわ。

 癪に障るから『催眠』の追い打ち掛けちゃった」

 憤懣やるかたないというティアの背後から、バードンの鼾が聞こえてきた。


「ねぇ、『催眠』って、効いちゃったら、どれくらい寝てるの?」

 憮然として答えたティアに、アービィが慌てて聞いた。


「そうねぇ、普通なら一晩ってところだけどねぇ。

 かなり疲れてそうだし、明け方も近いみたいだし。

 今夜には起きるんじゃないかな」

 平然とティアが答えた。


「じゃあ、バードンさんが起きるまで、ここで待機?」

 次はルティが慌てた。

 そうであれば、ターバへの帰還は一日遅れる。

 ターバに巣喰う不死者は灰になっているだろうが、結界を襲撃した人々の安否を気遣い、同時に自らの運命に不安を抱く残された民たちは、眠れぬ夜を過ごしているはずだ。先ほどの戦闘で負ったダメージを回復次第、早急にターバへ戻るべきだ。

 もちろん短い休息などで回復するはずもなく、ルティやティア、白呪文を使える将兵にドーピングを施して、無理矢理呪文の使用回数を回復させてのことだ。


「いいんじゃない、置いて行って。

 この人なら、最北の地からだって独りで帰ってくるわよ」

 あっさりとティアは言い捨てた。


「ちょっと、アービィ。

 あんたも残りなさいよ。

 もし合成魔獣とかうろついて――」

 ルティがそこまで言って振り向いたとき、昨日から走り続けたアービィは、バードンに負けじと鼾を掻いていた。



 ターバの民は呆然と、第一分隊はやれやれといった表情で、その場に立ち尽くしていた。

 ルティの言葉が途切れると同時に、ターバの民が手にしていた武器を投げ捨て、そして第一分隊の将兵に抱きついた。たった今まで殺そうとしていた者の手を取り、全身で喜びを表すターバの民と、どうすればそんなに豹変できるのかと困惑する第一分隊の各員が、奇妙な調和の中にその身を委ねている。もとより怨みなどない両者の間に、ターバ解放の喜びを共有するまで時間を必要としなかったのは、自然な流れだった。


「帰りましょう、ターバへ」

 東の空を眺めていたるティが振り返った。



 翌日の深夜、ターバは歓喜に包まれていた。

 結界が完成した日の夜半に、その阻止に躍起になっていた人々を、それを守るために躍起になっていた人々が護衛し、ターバに到着していた。

 送り出していた人々は、不死者たちが灰化したことで結界の敷設阻止に失敗こそしたが、最良の結果に恵まれたことを知った。だが、送り出した人々の安否が判らない以上、手放しで喜ぶわけには行かない。到着が間に合わず結界が完成したのか、殲滅されてなのか、それとも排除だけで済んだのか。


 しかし、一人の死者も出さず、疲れ果ててはいるものの、送り出した人々が無事戻ってくる姿を見て、冬の間沈鬱な空気に支配されていたターバに、久々の明るい笑顔が甦った。

 もちろん近親者や、愛する者、親しい友人たちを失った悲しみはあるが、それでも人々を恐れさせていた不死者の群れが消え失せた喜びは大きい。いずれ激情の嵐が残された人々を襲ってくるのだろうが、今ひとときくらいは喜びに浸っていたかった。衛星集落の民も同様で、不死者の群れが灰化するのを目の当たりにしてから、偵察も兼ねて三々五々ターバに集まっている。

 そして生き残りの中で主立った者と、この征途に同行してきたターバの民による今後について話し合いが始まった。


 ルティやティア、バードン隊の将兵と随伴していた神官は、その話し合いの場とは離れた場所でなんとも言えない開放感に浸っていた。

 だが、これで戦が終わったということではない。周囲一帯を結界で囲んでいるため、ターバを巡る大規模な戦闘は、敵が生者の大軍を送り込まない限り今後生起しないと見てはいるが、敵の戦力に大きな損害を与えたわけではなかった。

 ターバの民からの聞き取りでは、大元の吸血不死者は二十体にも満たない数だったという。今回直接の戦闘行為を行った不死者の群れは、そのほとんどがターバの民が転生させられたものだった。


 最北の地へ続く道程はまだ遠く、ターバを拠点化しつつさらに先にも拠点を築かなければ、連合軍は補給が途絶えて立ち往生してしまう。

 結界の敷設部隊を率いた将兵は、補給の困難さを身を以て知らされていた。持参した食糧は日に日に減っていくが、行軍の途上に集落はなく、あっても友好的な対応は望めない。仮に大量の金銀宝石を持っていたとしても、それと食糧を交換してくれる存在がなかった。ターバ以北にどれほどの集落が現存し、そのうちのいくつが滅ぼされ、もしくは最北の蛮族に恭順しているか、いくつの集落が抵抗し、もしくは見落とされているか、それらの情報が全くない。

 まずは、その情報収集と、もし我が方に利する存在があるならば、食料調達の交渉が必要だ。

 言うまでもなく、徴発などしては反発を招くだけなので、充分な見返りは用意する。場合によっては、集落の周辺を結界で囲み、連合軍による開墾を行う必要も考えられる。


 なにしろ千人単位が一斉に動くのだ。戦況によっては、それが万単位になる。それは蝗の軍団が畑を襲うと同じだった。既存の生産基盤では、食糧は食い尽くされ、その他の物資も漁り尽くされ、女すら喰らい尽くされる。

 解放をうたった側が略奪を行うなど、質の悪い冗談にもなりはしない。



 補給部隊は戦闘こそ行っていないが、舗装もされていない雪の残る道を、人力での物資輸送にのたうち回っていた。

 荷車の牽引に馬を使おうにも、途中の餌料補給ができないため馬の餌料も積んで行かざるを得ず、結果的に輸送できる物資の総量が減るからだ。だが、大量に物資を消費する馬を使わないとしても、例え人であってもその輸送の距離が増えれば増えるほど、労力に対して輸送できる戦略物資の量が減る。根本的に方法を見直さなければ、大軍が数日行程前進しただけで、南大陸の継戦能力はいとも簡単に息切れしてしまう。


 現状でのターバに食料生産能力は、ほとんど期待できない。働き手の多くが不死者に転生され、失われていたからだ。

 だが、ターバ以北から逃れてきた中央の民は、平野部に大量に滞在している。プラボックもその一人だ。火事場泥棒のようにターバに入植するのは気が退けるが、本来の父祖の地を取り戻すため必要な措置でもある。どんな手を使ってでも、ターバ周辺の食料生産能力を上げられなければ、最北の地への道程は、いつまで経っても縮まりはしない。



 東と南の基準点に待機していた将兵と神官、ティア隊とバードン隊を追っていた補給部隊が、ルティたちに遅れてターバに到着した。各部隊から作戦上問題となっといた点を取り急ぎ纏めた後、ルティたちと指揮官の連名で、ランケオラータとプラボック、ルム宛の伝令を走らせた。

 主な内容は、兵站維持の困難さだ。


 南大陸では、グラース河の水運が発達しているためか、大量輸送が当たり前になっていた。

 それに対して北の大地には、東西に流れる川は多いが、南北に縦貫するような大河はほとんどない。山岳から平野に向けて一本、山脈から中央に向けて二本あるにはあるが、最北の地への最短進行ルートからは大きく外れている。だが、千人単位の軍と民を喰わせるには、川を利用した水運が不可欠だ。


 遠回りを覚悟で河を使えば、筏を利用して食糧を運び、筏をバラして前線基地を構築しつつ兵站を伸ばすことができる。

 水源が近ければ、耕作地や放牧地の確保も容易なはずだ。河が繋がっていなくても、各地に点在するクリークや湖、大規模な沼も水運には利用可能だ。

 補給中隊の指揮官たちは、そういった内容を纏めていた。


 併せて首脳陣のターバ進出も進言している。最前線と根拠地間に十日の行程が横たわっているのは、情報の伝達に齟齬を来しかねない。単なる行き違いであれば、後々笑い話程度で済むのだろうが、貴重な物資を無駄に捨てる羽目になったり、人命を失うことになってからでは取り返しがつかないからだ。



 同時刻、ターバへ向かう街道に、二つの影がか細い月灯りに伸びていた。

「あの蛇、覚えていろよ。

 切り刻む前に折檻してくれる」

「本当に置いて行くなんて……」

 疲れ果てた表情の男が二人、ターバへの道をとぼとぼと南下していた。


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