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狼と少女の物語  作者: くらいさおら
33/101

第33話

 「それじゃ、いってきます」

 アービィたち四人は、ドーンレッドに挨拶してから乗り込んだ。

 四人が乗る馬車はベルテロイからインダミト街道を南下し、一路フュリアを目指す。

 御者台にはリムノが乗り、手綱を握っていた。


 突然勇者などという迷惑極まりない話をされ、アービィが異世界人という秘密まで打ち明けられた一夜が明けたとき、ルティはどう彼に接していいか分からなかった。

 アービィにとってどれほどの衝撃だっただろう、夜は眠れたのか、心の揺れはいかばかりか、ルティの心配は尽きない。

 さらに、ティアと二人で過ごした不安な夜に、アービィを一人で過ごさせてしまった後悔がルティを苛んでいた。


 朝になって部屋のドアが叩かれ、意識をそちらに戻したルティは返事をした。

 入ってきたのは、晴れやかな表情のアービィだった。


「ルティ、昨日はびっくりしちゃったよね~」

 あっさり言うアービィに拍子抜けしたルティは、安堵なのか心配の裏返しの腹立ち紛れなのか、何も言葉が出なかった。


 ラシアスに行くこと。

 その前にインダミトに行って、メディの用事を済ませ、レヴァイストルとレイに会いにも行くこと。

 それをルティに話す。


「じゃあ、アービィは騎士になるの?」


「うん」

 ルティの問いに答えつつ手はペンを取り、くしゃくしゃの紙の上を走らせる。


──ならないよ、姫様に文句言いに行くだけ。勇者なんて夢みたいな話、僕には無理──

 どこで何を聞かれているか、リムノの気配が濃厚すぎてとても言葉にはできない。

 リムノ自身は完璧に気配を消しているつもりだったが、狼には通用しなかった。

 当人は気付いていないが。


「とりあえずさ、一度宿に戻ろう。メディが心配してるよ、きっと。ドーンレットさんに言ってくる。ティアにも帰る用意してって言っておいてね」

 アービィは軽く言い、部屋を出た。



「おはようございます。昨夜考えさせてもらいましたが、僕たちはラシアスに行きます。ただ、その前に水の神殿とボルビデュス領に行かせて下さい」

 逃げるつもりか、と訝しむドーンレッドにアービィは続ける。


「そちらの方にご同行願えれば問題ないのでは?」

 天井を指さされたドーンレッドは苦笑しながらリムノを呼び、同行を命じた。



 御者台に座るリムノは金髪を風になびかせ、碧眼に困惑の色を漂わせていた。

 なぜ、この同年代の男は、自分の気配が分かったのか。

 おそらく、横に座る女の部屋に行っていたときも、気付かれていたのではないだろうか。


 リムノは今まで人に対して恐怖を抱いたことがない。

 半ば感情をなくしていることもあるが、人如きに恐怖を抱くような甘い修練を積んではいない。


 そのはずなのに、初めて得体の知れない恐怖を感じている。

 異世界人だから? リムノは無理矢理そう結論付けようとしていた。



 小休止後、メディが御者台に上る。

 同じ北の民として、話をしてみたいと思い立ったからだ。


 間諜として人の間に潜り込む経験を積んだリムノと、娼婦として人との会話の技を磨いたメディ。

 ぎこちないながらも会話が成立し、リムノが少しずつ打ち解ける雰囲気が出てきた。

 メディに対しては、警戒心を持つ必要はないと判断したようだ。



 リムノはアービィたちに困惑している。

 彼らは、北の民を同格の友人として連れていた。


 全く偏見というものを感じさせない。

 リムノに対しても、全くの同格として接していた。


 もちろん完全に友好的というわけではないが、それは彼女が北の民だからという理由ではない。

 ラシアスの手の者だからだ。

 アービィはラシアスに行くとは言ったが、騎士になるとは言っていなかった。

 これはどう好意的に解釈しても、ドーンレッドの言葉に心動かされたという見方はできない。


 リムノはアービィの奪回を狙ってくるであろうインダミトの密偵に警戒したまま、アービィの心の内を探ろうとしていた。

 しかし、アービィの対応を見ているうち、偏見のない見方をされることに心地よさを感じるようになっていた。



 王都を通過しフュリアに到着した一行はメディが精霊との契約を済ませるなり、来た道を戻り始めた。

 治癒師として生計を立てるには、治癒と状態異常解除の呪文が欠かせない。

 水と火の神殿詣は、メディの将来のため必要不可欠だ。


 再度王都を通過し、ボルビデュス領を目指す。

 ラガロシフォンに寄ってレイに挨拶しようと考えた彼らは、以前通った道を急いでいた。



 ウジェチ・スグタ要塞は、沈黙に包まれていた。

 寂として声がない。

 会議の席というのに、誰も発言しようとしない。

 原因は単純だった。


 アーガストル率いる派遣軍が壊滅したからだ。

 さらに、救出のため急遽出撃したランケオラータ子爵率いる軍が待ち伏せに遭い、これも壊滅。


 五,〇〇〇の兵力が意気揚々と要塞の門を出てから三〇日目、僅かに五〇〇の敗残兵がよろぼいながら、五月雨のように帰還しただけだった。

 救援の軍の損害を含めれば、九割を超える未帰還率だ。


 これまで、北の民に将などいないと思われていた。

 今回のアーガストルの出撃も、その前提に立っていた。


 集落をひとつずつ踏み潰し、支配域を拡げていこうという戦術だった。

 しかし、襲撃した集落に人はいなかった。


 人がいないだけではない。

 食料から衣類や薪、武器として利用できそうな物まで、戦略物資全てが持ち去られている。


 各国からの補給は、ウジェチ・スグタ要塞までは届いている。

 しかし、そこから先に補給部隊を出そうにも、その部隊に掛かる分の物資が足りない。

 そして要塞に残っている貴族たちが、自分たちの食料の量や質をそちらに回すはずはなかった。


 アーガストルは間違いなく不足する物資と女を、潰した集落から徴発という名目で略奪するつもりでいた。

 だが、戦略物資の欠片も残さず、北の民は見事に撤退していた。

 建物こそ破壊していっていないが、焦土撤退作戦を行っている。

 障害がないことに気を良くしたアーガストルは補給を求める伝令のみ出し、北の大地深く侵攻していった。

 そして要塞からの距離が一〇日分の行程を進んだとき、食料の残りが心許なくなった彼らの前に、北の民の軍勢が姿を現した。


 いくつもの集落を襲ったが、そこで手に入れられるものは何もなかった。

 無為な行進が続いていただけだったアーガストルは、これで戦功を挙げることができると色めき立つ。

 しかし、貴族の彼は自分に充分な食料を割り当てていたが、騎士以下の軍勢には食料の食い延ばしを強制し、兵士に一日に必要なカロリーを確保する努力など払っていなかった。


 見通しの良い平原で対峙した両軍は、互いに陣を敷いて睨み合いに入る。

 三日間が経過したが、北の民から仕掛けることはなかった。

 威力偵察程度の小競り合いはあったが、北の民は派手に戦闘はするが、適当なところで退いていく。


 偵察部隊からの報告を自軍の威光が蛮族を蹴散らしていると思い込んだアーガストルは、要塞に戻るだけの食料があるうちに決着を着けることを決意する。

 南大陸の軍勢は単純な方陣を形成し、北の軍勢と向き合った。


 それに対し北の軍勢は、両翼を広く取った横長の陣だ。

 中央突破を狙う南の軍勢は、鬨の声と共に槍を構えて突っ込んでいく。


 北の陣の中央に激突した南の軍勢は、そこまでの勢いを利用して北の陣を押し込んでいる。

 北の陣は南の軍勢を受け止めるが、少しずつ後退し始めた。


 嵩に掛かって攻める南の方陣は、北の陣をくの字に押していく。

 そうなると取り残された北の陣の両翼は、自然と南の方陣を包み込みやすくなる。


 アーガストルは自分の周りをボルビデュス伯領軍で固め、先陣は義勇軍から抽出した功名心に飢えた民兵で構成していた。

 その民兵の中にはかつて軍役の経験を持ち、下士官教育を受けた者が少数ながら存在した。

 その経験が危険を察知したときには、もう手遅れだった。



 雪崩のように北の陣の両翼が襲い掛かり、一気に戦況をひっくり返される。

 南の方陣は、瞬時に崩壊した。

 アーガストルは襲い掛かる北の民の鬨の声に戦意を喪失し、僅かに残る生存本能で最後の戦闘行動を試みる。


 彼が選択した行動は、逃走だった。

 いや、捲土重来を期する逃走ではなく、恐怖に駆られた恥も外聞もない逃亡だった。


 救援を要請する早馬が走り、アーガストルの周囲をボルビデュス譜代の騎士が守る。

 アーガストルに対する忠誠心など欠片も持ち合わせていないが、レヴァイストルに対する忠誠心が、かろうじてアーガストルを見捨てることを踏み止まらせていた。


 アーガストルは民兵に徹底抗戦を命じたが、国や貴族に殉じる義務感など皆無の兵が、自分を見捨てた将の命令など聞くはずもなかった。

 さしたる抵抗もせず捕虜になる者、自らのプライドに掛けて最後の抵抗を挑み惨殺される者が続出し、南大陸の先鋒軍は消滅した。


 かろうじて戦場を脱したアーガストルだが、北の軍の追撃は止まらない。

 殿軍は、絶望的な撤退戦を行う羽目になった。

 ボルビデュス伯領軍の精鋭が、決死の思いで北の軍に挑んでいく。


 だが、北の軍は殿軍を受け止め、その隙に他の軍勢がアーガストルの護衛との間を遮断する。

 確実に一部隊ずつ挟撃して、敗走する軍勢を削り落としていった。


 早馬の伝令に驚愕したウジェチ・スグタ要塞に残る派遣軍首脳は、急遽援軍を組織する。

 自国貴族の先走りに責任を感じたランケオラータ子爵が、援軍を率い出撃した。

 しかし、その時点でアーガストルは護衛の騎士も兵も全て失い、追撃戦は既に落ち武者狩りの様相を呈していた。

 もと来た街道を外れ山中に逃れたアーガストルは、たった一人でウジェチ・スグタ要塞を目指し歩き始めた。

 不甲斐ない軍勢を罵り、自らの望みを打ち砕いた北の民を呪う。


 突然目の前に現れた北の民に驚いたアーガストルは、短い悲鳴を残して追っ手に背を向けた。

 まさか、一軍の将がこのような体たらくということはないと思った追っ手は、誰何することもなく一刀の元にその背を切り裂く。


 虚栄心と功名心に塗れ、自国の民や自領の精鋭を無為に失った貴族の息子は、北の大地でその短い生涯を終えた。

 戦場にいたにも拘らず、彼の身体には致命傷となった背中の刀傷以外、何一つ傷は無かったという。



 戦場に急行するランケオラータ子爵は、軍務の経験がなかった。

 武芸の修練こそすれ、父に付いて財務の仕事を補佐する毎日だった。


 地の利のない土地を進撃するというのに、斥候を出して進路の確認をすることをしなかった。

 逆に地の利がある北の民は巧妙に軍勢を山中や森林に隠匿し、ランケオラータの軍勢が通り過ぎるのを待つ。

 そして、陣を組んでの通過が不可能な隘路に差し掛かったとき、隊列の前後から北の軍勢が襲い掛かった。


 抵抗も逃亡もできない状況で、最後の一兵まで戦う覚悟を固めたランケオラータ軍だが、北の軍勢は包囲したままで投降を呼びかけた。

 一部の将兵は投降することを良しとせず、剣を振りかざし無謀な突入を敢行する。

 しかし、一瞬で北の軍勢に飲み込まれ、声を上げることなく死んでいく。

 また、北の蛮族の手に掛かることを良しとしなかった将兵は、その場で剣を自らの身体に突き立てた。


 戦場の狂気に慣れていないランケオラータはここで心が折れ、投降を選んだ。

 わざと逃された早馬が走り、再度の衝撃がウジェチ・スグタ要塞に届いた。


 そして、ウジェチ・スグタ要塞から各国に早馬が走る。

 北の大地における派遣軍の悲劇は、一〇日も掛からず南大陸の住民全ての知るところとなった。



 街道を進むアービィたちを、早馬が追い抜いていった。

 その早馬に遅れること三日。アービィ一行はラガロシフォンに到着し、そこで事の詳細を聞かされた。


 レイはボルビデュス城へと戻るため、既にラガロシフォンを発っていた。

 今頃、焦燥感に実を焼かれる想いで、ボルビデュス城への道を辿っていることだろう。

 アービィたちも、急ぎボルビデュス城に向かうことにした。


 ボルビデュス伯レヴァイストルは、深い懊悩に身を沈めている。

 アーガストルの戦死は、止むを得ない。

 父としての情において忍びないものはあるが、戦場に出るものは殺される覚悟がなくてはならない。


 しかし、彼の残したツケの大きさは、ボルビデュス家を滅ぼすに充分過ぎるものだった。

 戦場での先走り。それによる軍への損害。ハイグロフィラ公爵とパストリス侯爵への背信。その他にも数え上げれば切りがない。

 下手をすれば、一族郎党皆殺しにされてもおかしくないほどだ。


 彼は王都に出向き、バイアブランカの前に剣を差し出すつもりだった。

 当のアーガストル亡き今、この償いにつり合うものは彼の命だけだろう。


 そしてなんとしても、レイとセラスに累が及ばないようにしなければ、死んでも死に切れない。

 ただひとりの妻であるファティインディは、既に夫に殉じる気で長い髪をばっさりと切り落としていた。

 心の底から愛し合い、側室を置くことをかたくなまでに拒否したレヴァイストル。

 その最愛のひとが子供たちを守るために死ぬのであれば、ファティインディに運命を共にしない選択などありはなかった。


 レイは両親の覚悟を聞かされて、言葉もなく茫然自失となっている。

 いかに将来を嘱望された才女とはいえ、まだ一五歳の少女でしかない。

 仲が拗れていたとはいえ、家族の不幸と不始末に併せ、婚約者が捕虜となっている。

 泰然としていろというほうが酷だった。


 セラスには衝撃が大き過ぎるからとまだ知らせていないようだが、家中の雰囲気から何かを察している。

 賑やかだったボルビデュス城は、既に葬式のような沈鬱な雰囲気に包まれていた。



 城の入り口まで馬車は着ていたが、アービィたちは城内への取り次ぎを躊躇っていた。

 友の苦境をこのまま見過ごしていいものか、それとも力にもなれない者が口を挟んでいいものか、アービィたちは迷っていた。

 それでも意を決して門番に取次ぎを頼もうとしたとき、通用門が開け放たれ、レイが飛び出してくる。

 手を取り合って再会を喜ぶが、すぐにレイは沈んだ表情になってしまった。


 レヴァイストル夫妻も彼らを歓迎し、ささやかながら晩餐会が催された。

 さすがに大人であるレヴァイストルは彼らの前では明るく振舞っていたが、時折見せる沈鬱な表情が彼の深い懊悩の一端を垣間見せている。

 その晩は早々に休むことになり、アービィたちは用意された部屋に案内された。


「御館様がお越しになりたいそうですが構わないでしょうか?」

 深夜、アービィの部屋に訪れた侍女が訊ねてきた。


「いえ、こちらから出向きます」

 アービィは侍女に答え、服装を整えるとレヴァイストルの居室に案内してもらう。


「夜遅くに済まないね」

 入室したアービィに軽く頭を下げたレヴァイストルは、悲痛な表情を見せてしまう。

 本来であれば、貴族たる者としてあるまじき振る舞いだ。


「いえ、大丈夫です。レヴァイストルこそ……」

 アービィもそこから先は言葉にできなかった。


「これを見てくれるかね?」

 レヴァイストルは、三通の手紙を差し出した。


「僕などが拝見して、よろしいものなのですか?」

 レヴァイストルの首肯を確認してから、アービィは手紙に目を通す。

 一通は、バイアブランカ王からのものだ。

 形通りの悔やみの言葉と、既に離縁されているが故に一族に沙汰なしとの通達だった。

 次はパストリス侯からのものだ。

 これも悔やみの言葉と、アーガストルを引き止められなかったことへの詫び、そして跡取りを失ったボルビデュス家の将来を案じる言葉で締めくくられていた。

 最後はハイグロフィラ公からのものだ。

 やはり悔やみの言葉から始まり、レイの婚約者が軍事の才がないばかりに裏切る結果になってしまったことへの詫びと、パストリス侯同様、ボルビデュス家を案じる言葉が綴られている。

 いずれもレヴァイストルを責める言葉は一言一句もない。

 配慮の行き届いた手紙だった。


「君に頼みがある。ランケオラータ殿を取り戻していただきたい。これしか、私にはこの恩義に報いる方法が、思いつかないのだ」

 既に派兵している現在、これ以上ボルビデュス領から軍を送り込むことは不可能だ。

 領地の守りを洗いざらい吐き出すことになり、領民の安全を保障できない。


 さらに、大規模な奪回戦を行っても勝算は乏しいだろう。

 その間に、ランケオラータを殺されてしまうかもしれない。


 ならば、確かな腕を持つ少数の冒険者を送り込んだほうが、可能性は高いと考えていた。

 しかし、この気持ちのいい、レイの友達を死地に送ることになる。

 レヴァイストルは断って欲しいという、自分の希望に反した想いも抱いていた。



 アービィは息を呑んだ。

 貴族が、伯爵の地位にある者が椅子から降り、床に頭を擦りつけ平民に懇願している。


 初対面のときは、悪戯心もあって頭を下げたのだろうが、今回は違う。

 レイのためにもと続けるが、レヴァイストルは床に頭をつけたままだ。


 アービィはランケオラータ子爵に面識はないが、レイの婚約者ということは以前の会話から覚えていた。

 一体、何ができるというのか。

 アービィは考え込んでいる。

 レイのため、レヴァイストルのため、何ができるか。


 忌み嫌われる人狼の力が人の役に立つならば、役立ててみよう。

 最初に頭を下げられたときに、行くつもりになっていたような気がする。


「レヴァイストル様、頭を上げてください。今から見ることは、誰にも言わないでいただけますか? 奥様にも、レイ様にも。例え、国王陛下であっても」

 約束する、と言ったレヴァイストルが頭を上げるタイミングに合わせ、アービィは獣化した。

 巨狼がレヴァイストルの前に立った。


──僕の本当の姿です──

 巨狼から念話が届いたが、レヴァイストルは驚愕のあまり言葉が出ない。


──この力がレヴァイストル様のお役に立てるのなら、僕は行きます──

 レヴァイストルは、狼の言葉に頷いた。

 痣の意味はこれだったのか?

 心の中で呟いている。


 普通だったら恐怖で腰を抜かしていただろう。

 気を失っているかもしれない。

 しかし、この巨狼からは恐怖感は微塵も感じられない。

 征くとして可ならざるはない魔獣だ。

 味方であるならば、これほど心強い者はいないだろう。


──ただ、大変申し訳ないのですが……──

 レヴァイストルは、どんな交換条件が来るのか身構えた。

 だが、もしも領地を差し出せと言われても、躊躇うことなく飲むつもりになっている。


──なんでもいいですから、着る物を貸していただけないでしょうか?──


 沈鬱だったボルビデュス城に、久し振りに主の笑い声が響いた。

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