よいしれBAR
少し変わったお店に行ってみないかい?
懇意にさせていただいている大学教授が、意味深に渡してくれた紹介状をまじまじと見つめる。
『よいしれBAR』
簡潔に描かれた地図と住所。そして「あなたもよいをたのしみませんか」の一文が添えられている。
店名からはこれといって変わった要素は感じられない。知る人ぞ知る秘密の名店であることは教授から聞いていたが、完全紹介制だからか公式ホームページもSNSも運用していなかった。
一体どんな店なのか。取り扱っている酒の種類は? 提供される料理に食べられるものはあるのか?
とにかく足を運ばないことには、頭の中に埋め尽くされた疑問を解決することはできない。
「ようこそお待ちしておりました。ご紹介の方ですね」
辿り着いた場所は閑散とした住宅街の中だった。地下に位置する店の入口は館のようで、暗がりを橙の灯りを宿した蝋燭が照らしていた。
「ここはよいしれBAR。お客様の望むよいしれを堪能できる一杯を提供する場所でございます」
「望むよいしれ?」
疑問を口にする前にバーテンダーが軽やかに説明する。が、逆に疑問が増殖するだけだった。まったく理解ができない。
「皆さん同じような反応されます。よい、と一言に説明しましても良い、宵、酔い、余威など様々でございます。お客様の酔いしれたい“よい”を表現するのが仕事でございます」
分かったようで、分からないような。
困惑の俺を微笑ましく見つめるバーテンダーがカウンターへと案内する。
「分かりやすい人気の一杯をご紹介いたします。自己肯定感の低い方でもたちまち自己愛に酔いしれることが可能な『日本酒・自己陶酔』でございます」
ちらりと視線を目配せした先を見ると、うっとりとした様子で鏡を見ている男がいた。
とんでもなく自分に酔いしれている。
「……なるほど。俺は遠慮しておきます」
「お客様の望む“よい”が決まりましたらお教え下さい」
確かに少し、いやだいぶ変わったBARだ。