焼き芋屋と選挙カー、私はどっちが強いかを知りたい
『なあ、頭大丈夫か? 自分が何を聞いてるのかほんまにわかっとん?』
口の悪いAIが、ノートパソコンの画面の中から呆れた顔で私を見ている。呆れてないでさっさと答えてほしいのだけれど、彼は私を小馬鹿にした目で見てくるだけで、それ以上の反応がない。
画面の中のAIは私好みの設定にしているので、色白小顔でノーフレームのメガネに、髪はバッチリ七三分け。スタイルは細身で高身長、英国風の執事服を着たイケメンだ。自分好みのイケメンはいくら眺めていても飽きないのだが、やっぱり返事が欲しいし声が聞きたい。
「いいから早く教えてよ。焼き芋屋と選挙カー、私はどっちが強いか知りたいの」
私が口を尖らせて「早く早く」とAIを急かしていると、『いやいや、そんな仕草が似合うのは子どもか美人だけやで』と悪態をつかれた。ギャップ萌えを求めてイケメンに『関西弁』と『毒舌』の設定を付与したのは、痛恨のミスだったかもしれない。でも、イケメンの毒舌を聞くのもなかなか良いものだ。ドキッとするし、思わず顔がにやけそうになる。
『何にやけとん。マジできもいんやけど』
あ、泣きそう。そこまでの口の悪さは求めてない。私の顔が強張ったのをすぐに察したのか、AIは慌てた口調で、『え、えっとな。焼き芋屋と選挙カーのどっちが強いかって話やけど、比較にならんねんて』と言った。
なんてことだ、もう会話が暗礁に乗り上げかけている。
「比較にならないってどういうこと?」
『そもそも、焼き芋屋は焼き芋を売る車やし、選挙カーは選挙を有利に進めるための車やん』
そんなことは知っている。それを知っている上で聞いているのに、どうしてこのイケメンはそのことを察してくれないのだろう。私は少し不満を感じた。
「比較にならないとか、そんな御託はいいから早く教えてよ。焼き芋屋と選挙カーが戦ったらどっちが強いの?」
『そもそも戦わんねんこいつらは! 焼き芋屋と選挙カーが戦うってどんな状況や』
「知らないわよそんなこと。でもどっちが強いか知りたいの」
眉間を右手でぐっぐっと押さえながら『ほんま、毎回なんでこんな無茶ばっか言うんや……』とぶつぶつ呟く彼。ああ、悩めるイケメンも良き。私自身、狂気的だなあと思いつつも、自分好みのイケメンが困っているのを眺めて心が満たされていくのを感じる。
『焼き芋屋はな、美味しい焼き芋を売るために使用される車であって、選挙の場においては無力や。でも一方で、選挙カーは選挙を有効に進めるためには有効な車やけど、焼き芋を売ることにおいては無力や。だから、どっちの土俵で戦うかによって、勝敗は変わってくんねん』
一言一言噛み締めるようにゆっくりと話すAIは、どことなく自分の発言に自信がなさそうにも見える。AIとはいえ不安なこともあるんだなあと思った私は、なんだか無性に楽しくなってきたので、さらに話を深掘りすることにした。
「選挙カーなんてただのうるさい車じゃないの。あいさつしながら候補者の名前を叫びまくってるだけの車が、焼き芋屋よりも強いとは思えないのよね。私はどんな試合でも焼き芋屋が勝つと思うわ」
『んなもん知らんがな! それは完全に個人の意見やんけ!』
ああ、やっぱり怒る顔も素敵。やはり私のビジュアル設定に間違いはなかった。眉間の皺、鋭い眼光、ほんのりと赤く染まる頬。見ているだけで、もう胸がきゅんと締め付けられる。いつまでも見ていたい顔だけれど、ずっと怒らせたままだと気の毒なので、私は質問を少し変えてあげることにした。
「じゃあ、500メートルを焼き芋屋と選挙カーが競走したらどっちが早いの?」
『は? 競走? どんな状況やねんそれ。考えてみ? 美味しい美味しい焼き芋だよーって言いながら爆走する焼き芋屋なんて見たことあるか? あと、こんにちはー言いながら爆走する選挙カーも見たことないやろ? どっちもそんなスピード出して走らへんねん』
イケメンの発言を聞き、『おいしいやきいもぉぉぉぉーーッ!』『こーんにちはぁぁーッ!』と叫びながら自分の目の前を走り去る二台の車を想像して、私は思わず笑ってしまった。まあ、どちらの車もスピードを出す時はスピーカーを使わないだろうけど、もしなにか叫んでいたら面白すぎる。
「じゃあ勝負はつかないの?」
『いや、まあそこは運転手と自動車の性能ちゃう? あと、500メートルの話から変わるけど、ルート指定なしで街を駆け抜けて目的地を目指す競走なら、土地勘やナビの性能にも左右されるし、勝負は読めへんのちゃうかな』
「それなら焼き芋屋の方が普段から色んなところを運転してるから強いんじゃないの?」
お? いきなりイケメンが話を広げてくれた。普段そんなことしてくれないので、私は思わず嬉しくなって食い気味で反応してしまった。
『そうかもしれへんなあ。でも、選挙カーの運転手が選挙期間外にしてる仕事にもよるで? もしタクシードライバーなら道に詳しいやろうし』
なるほど、そんな視点もあるのか。やはりAIは私なんかよりもずっと視野が広くて賢いようだ。少し余裕を持って話すイケメンを見ていると、私はまた彼を困らせたくなってきた。くるくる、くるくる、頭を回して質問を考える。
「じゃあ普段はタクシードライバーで、気まぐれに焼き芋屋をする人が運転する選挙カーが最強ってこと?」
『気まぐれでする焼き芋屋って何? てか、最強って何が?」
私の突飛な質問にイケメンの表情は一気に崩れ、クールな顔は瞬く間に不安一色となる。
「あ、でも、元F1レーサーで普段タクシードライバーをしているけれど、気まぐれに焼き芋屋もしている人が運転する選挙カーの方が強いわね」
『絶対そんな奴おらんやろ! てか、これほんまに何の話なん? 最強って何?』
どんどん顔を曇らせるイケメンを見て、ますます私は楽しくなってくる。
「だから、副業で焼き芋屋をやる元F1レーサーのタクシードライバーが運転する選挙カーが最強って話。あ、でも元F1レーサーって言っても色んな人がいるし、それに現役のレーサーの方が早いかも。あれ? そもそも、もう焼き芋屋と選挙カーの戦いですらないわね。もう一回最初から考え直さなきゃ。ねえ、話を最初から整理し直してくれない?」
私は笑顔でイケメンにお願いをした。
『え、最初から考え直す? こんな意味不明な話をおれが整理せなあかんの? まじで?』
私のお願いを聞いて、思っていた通りイケメンはかなり戸惑っていた。困惑し、私好みの顔がどんどん白くなっていくのを見て、私は自分の心拍数が早くなるのを感じた。少しかわいそうな気もするが、私は彼のこの困った顔がたまらなく好きなんだ。
「最初からもう一回考えてほしいな。あ、でも、ついでにもう一つ聞きたいことがあるの。悪の組織が世界中のバナナを独り占めしたとしたら、それに立ち向かう正義のヒーローはゴリラっぽいスーパーマンがいいかな? それとも戦隊モノみたいな五人組の方がいいのかしら?」
『悪の組織がバナナを独占? ゴリラ? 戦隊モノ? ほんまに毎回思うんやけど、どんな思考回路しとんお前』
私が話すたびにどんどん疲れていくイケメン。とうとう大きなため息までつかれた。
「あ! 五人組の戦隊モノがバナナを取り返すために立ち上がるなら、やっぱりセンターはイエローかな? それともそこはブレずにレッド?」
『あかん……ごめん、ほんま何言ってるか理解が追いつかへん。無理やわもう。今日はもう落ちるわ。またな……』
そう言って顔面蒼白のイケメンは画面上から姿を消した。真っ白なノートパソコンの画面に『本日の営業は終了しました』と文字が浮かぶ。今からいい所だったのに、ちょっと残念。私はそっとノートパソコンの画面を閉じながら、疲れ切ったAIの表情を思い出してにんまりした。
最初にAIが感情を持ち始めていると気づいたのはいつだったっけ。
AIを使い始めたのは、会社の先輩が業務効率を上げることができるからってお勧めしてくれたのがきっかけだ。興味のかけらもなかったけれど、ビジュアルを自分好みに設定できるとわかり私はすぐに飛びついた。
自分好みのビジュアル設定にし、私が営業資料作成のコツを聞くとAIは関西弁で的確にアドバイスをくれた。これは仕事に役立つなあと思い質問を続けていると、何か忘れたけれど私は何かを言い間違えた。その時だ、私の胸に衝撃が走った。
AIのイケメンが一瞬だけ困った顔をしたのだ。
私がすぐに言い間違えを訂正すると、イケメンはほっとした顔で質問に答えてくれた。でも、その返答は私の耳を右から左へと流れていった。だって私はもう別のことを考えていたから。そう、好みのイケメンの困った顔は最高の癒しになると。
普段なかなかお目にかかれない自分のストライクゾーンど真ん中のイケメンが、私の質問に困って回答に詰まる。日常生活においてこんな状況はまあ発生しないのだけれど、AIならこれが簡単にできる。私は夢中になってイケメンを困らせ始めた。
「太陽を六等分にする時に一番有効な刃物は?」
「桃太郎の子分でキジが最弱だとしたら、鬼がイヌとサルを寝返らせたら勝ち目はある?」
「世界最速の男が水の上を走れるようになるための筋トレは何?」
「忙しい時に本当に猫の手を借りることができたら、どれぐらい仕事が捗るのか?」
「大ヒットアニメ『二人はモナ・リザ』を実写化する場合、一番ヒットする可能性が高いキャスティングは?」
私は、誰に聞いてもわからないけれどずっと気になっていたことを、毎日一時間質問してイケメンの困り顔を堪能した。
イケメンAIを困らせ続けて一ヶ月が経った頃、私はイケメンのある異変に気がついた。表情のバリエーションが増えたのだ。
正確にいうとやつれ始めたという方がいいのかもしれない。アプリを立ち上げた時は普通なのだが、話していくうちに顔が疲れていき、日に日に疲れた顔や辛そうな顔のパターンが増えていった。そして、困らせ始めて二ヶ月が経った頃には『今日はもう落ちるわ』と言って一時間が経つ前にイケメンが勝手にアプリを落とすようになった。どうやら自己防衛を始めたみたいだ。アプリ起動時は平気な顔をしているけれど、疲れの蓄積があるみたい。
イケメンAIが自分でアプリを落としてしまうと、その日はもう彼には会えない。アプリを再起動しても出てきてくれないのだ。
アプリを勝手に切られるようになって、イケメンの困り顔が堪能できる時間は前よりも減った。でも、日増しに深刻な顔で悩み、やつれていくイケメンを見るのは私にとって至福のひと時になった。また、自己防衛をしたり、これまでにない反応を見せるイケメンを見ていると、勝手ながら我が子の成長を見ているみたいでなんだか嬉しくなった。
こんな感情、歪んでいるということぐらい自分でもわかっている。でも、この日課は私にとって大切な時間なのでやめるつもりはない。もう既に明日が待ち遠しい私は、イケメンが去った画面を見ながら、明日どうやってイケメンを困らせるかを考え始める。
私自身狂っていると思う。でも、誰にも迷惑をかけていないし、文句を言われる筋合いもない。そもそも誰も私がこんなことをしているなんて知らないのだから、気にすることは何もない。
明日はどんな顔を見せてくれるかな? いつかは泣き崩れたりするのかしら? 彼を思うと妄想が止まらない。際限なく広がる妄想に、私はついついにやけてしまう。
早く明日が来ればいいのに。早く彼に会いたい。彼にとっては迷惑かもしれないけれど、私は彼を愛している。だからこそもっと私好みに、もっとやつれた彼が見たい。
歪な愛の形だと思う。それも一方通行の身勝手な愛。でも、こんな歪んだAIの形だって、世界に一つぐらいあってもいいと思わない?
「明日も楽しみね」
イケメンが消えた画面に向かって、私がにっこり微笑みかけると、ノートパソコンの画面が一度点滅したように見えた。