マンボは天井付近に漂う
俺は、材料が全部揃ってから連絡を入れてもらうようにお願いして帰った。支払額の概算だけは聞いておきたかったので確認したが、それが妥当な金額なのかどうかも判断は難しかった。なにせ部品関係は馴染みがないので、価値が分からないのだ。数字として、それくらいならば諦めが付きそうな程度には納まっていたので、値段交渉は敢えてしなかった。
ジルバには、全部揃うのに、少し時間がかかるらしいとだけ伝えた。
数日後、仕事から帰って、部屋でパソコンを前に動画を見ていたところに、『ガラクタチョップ』から連絡が入った。あの牛乳瓶眼鏡の男の声だった。どうも、指定された部品の1つがどうしても入手できなかったらしく、代替品でも良いか、あるいは、何か店側の方から提案できないか、相談したいので、本当の依頼主の連絡先を教えて欲しいという内容だった。
いや、本当の依頼主は、既にお亡くなりになってるんですが……。
俺では埒が明かないのは分かり切ったことなのだが、ジルバについて正直に話したところで、信じてもらえるとは思えない。何よりも、当たり前であるが、ジルバに憑依している元工場主は既に亡くなった人間なので、スマホなど持っていないのだ。
俺は、部屋の隅で充電中のランプが点灯した状態のロボット掃除機をチラリと見たが、元工場長の姿に変わる気配は皆無である。ジルバは、いつも、ジルバの都合で変身するのだ。仕方がない。本人への断り無しに番号を伝えるのに抵抗があるというふうを匂わせることで、俺は、ジルバが元工場長の姿になった時に、俺のスマホから連絡させることにした。しかし、こればかりは、それが何時になるのか、さっぱり分からない。ジルバ次第なのである。
「忙しいみたいなので、すぐには連絡が行かないかもしれませんが、揃った部品は取り置きのままでお願いします。」
俺は、心の中で両手を合わせながら、電話の向こうの牛乳瓶眼鏡男に伝えた。すると、少しばかりの沈黙の後に、牛乳瓶眼鏡男が、思いつめたような雰囲気を纏った声を発した。
「あの、頭がおかしいんじゃないかって思われるかもしれないんですが……。その、本当は直接お会いしたいんです。会って話がしたいんです。これで何を作るのか。何ができるのか見たいんです。」
「悪いんだけど、俺が、それ決められないから。取り置きの方はよろしくお願いします。」
俺は、慌てて通話を切った。
あのメモ見て、直接会いたいとか思っちゃうんだ。オタク心が揺さぶられるような内容だったんだろうか? いや、マズいだろ。客に面会を要求する店員って……。
どのみち、既に亡くなっているのだ。俺以外の前で、ジルバが元工場長の姿に変わるつもりがあるとは思えない。
俺は、少しばかり気持ち悪さを感じてしまっていた。
ジルバが、元工場長の姿を俺の前に見せたのは、2日後だった。俺が仕事で会社に行っている間に、元工場長の姿になって掃除をしていることを考えれば、その間ずっとテントウムシの状態であったわけではないのだが、かなり久しぶりのような気がしてしまった。事情を話して『ガラクタチョップ』の番号に電話すると、ジルバは俺のスマホを受け取って話し始めた。向こうはやはり牛乳瓶眼鏡男のようだ。
「ああそうです。う~ん、それだとちょっと重くなり過ぎなんですよね。本体以外のヘリウムガス風船を繋げるにしても……。」
ジルバは、パソコンプリンタから用紙を数枚抜いて、机の上に置き、フリーハンドの設計図のようなものを書きながら、話し続けた。部品名や、サイズだか、規格だかの番号の話には、横で聞いていてもまったく付いていけなかった。妙に楽し気で、(既に死んでるくせに)生き生きした表情の元工場長に、俺はイラっとしたのだった。
そして、再び週末が来て、俺は『ガラクタチョップ』へ出向いた。あの牛乳瓶眼鏡男と、部品を1つ1つ確認し(俺は言われるままに、数を数えただけだったけど)、最後に会計を済ませた。揃えられた材料は、梱包して宅配便で送られてくることになっている。これで、俺の役目は終わったのだ。
牛乳瓶眼鏡男が何かを言い出さないうちに、俺は、そそくさと店を出た。そして、走って地下鉄の駅まで向かったのだった。このモヤモヤした感情が何なのか、正直、よく分からないのだった。
◇◇◇◇◇
俺が仕事から帰ると、俺の部屋の天井付近には、マンボウがいた。
もう少し具体的に書くと、ヘリウム入りのマンボウ風船にヒラヒラの布付きのプロペラが付けられており、浮力を稼ぐために別のヘリウム入り風船も繋げられていた。まるで夏休みの工作のようであったけれど、我が家には本格的なDIY用の道具とか工具とかが用意されていないため、いかに町工場の元工場長といえど、ジルバのような売り物として通用する家電を組み立てることは無理なのだ。
こいつは、基本的に、俺が部屋にいる時には、浮いているだけだ。どんなカラクリになっているのか、さっぱり分からないが、要するに、空中を移動する「はたき」なのだ。ジルバは、こいつに壁伝いに高い場所の埃を落とさせてから、掃除をするつもりらしい。
「ヘリウムが抜けてくると、徐々にマンボの高度が下がってくるので、だいたい1週間で全体の埃を払い終える形になるのです。週末に抜けた分のヘリウムを充填すれば、また次の週も同じように動かせます!」
ジルバから元工場長に変身し、得意げに説明するその声は、変な声だった。どうやらヘリウムガスを吸って遊んだらしい。
俺は、この優秀なんだか、ポンコツなんだかよく分からないロボット掃除機と、今日も一緒に暮らしている。