オルタナティブ ヘンゼルとグレーテル
むかしむかし、ヘンゼルとグレーテルという不幸な兄妹がいました。
兄妹は両親に嫌われ、意地の悪い継母は散歩と嘯き、嫌がる二人を無理矢理連れ出して森に置き去りにする事がしょっちゅうありました。
しかし、賢い兄妹は、スマホのGPS機能とナビ機能を使っていつも直ぐに家に帰って来てしまいました。
とある日、いつもより入り組んだ道に置き去りにされた兄妹は、スマホで最短ルートを割り出し、継母よりもはやく家に帰ってみせました。
自分の作戦が文明の利器によって打破されてしまったことに腹を立てた継母は、ヘンゼルとグレーテルのスマホの液晶画面を肘で叩き壊し、二人をそのまま森にほっぽり出してしまいました。
「あのクソアマ、俺らのスマホぶっ壊しやがって。今日の分のログインボーナスがパーだぜコンチクショー。」
「流石に煽りすぎたわね。最短ルートで帰ったばっかりに、あのクソアマよりはやく家についちゃうだなんて。」
「あの瞬間は気分良かったけど、まさかこんなことになるとはねえ・・・。まあ、別にもう帰り道なんて覚えてるし、家に帰ること自体は、スマホがなくても御茶の子さいさいなんだけどな。」
「だからといって、今更あの家に戻るのは癪よね。」
「マジそれな〜。」
継母に対して、散々な評価を下す兄妹は、宛もなく森を散歩する事に決めました
「そういや最近、森に魔女が出るらしいよ。」
ヘンゼルが思い出したかのように、グレーテルに言いました
「そんなクマが出るみたいなトーンで言う事?ソレ。魔女なんているわけないじゃない。御伽噺でもあるまいし。大体、その話ソースどこよ?」
「おいおい、妹よ。俺が根も葉もない話を突然する兄上様だと思ってるのか?ちゃーんと聞いたんだよ。昨日の夜中、俺が寝てるお前の髪の毛でエッフェル塔作って遊んでた時、ろくでなしとクソアマが喋ってたぜ。」
「それで今朝あんなに寝癖が酷かったのね・・・。しまいにゃぶっ飛ばすわよ。」
「あれ?ソースの話じゃなくて前半の戯言に食いつくのか。因みに写真も撮ったから、見せてあげたかったんだけど。例によって見せることが出来ないという事実が兄として涙を禁じえないぜ。」
「いらない上に、今ここで家族抹殺計画の実行開始してやろうかしら?」
「俺を最初の犠牲者にする気か。やれやれ、最近お前が冷たくてお兄ちゃん寂しいぞ。」
「勝手に寂しがりやがれ。」
グレーテルは吐き捨てるように言って、散歩の再開を促しました。
「話を戻すけど、さっき言った魔女はどうも面白い家に住んでるらしいぞ。」
「面白いって、具体的に言うと?」
「いや、クソアマがなんかそういう風に言ってただけで、具体的にどう面白いのかは俺も預かり知らぬところであるんだなこれが。」
「酷く中途半端で抽象的で曖昧な情報ばかりね。」
「んん…俺も自分で言っててそう思ったわ。」
「変な奴〜。」
「コラコラ、奴とはなんだ奴とは。ちゃんと以前みたいにお兄たまと呼びなさい」
「いっっっちどたりとも呼んだことないから!?捏造しないでくれる!?」
そんな傍から見れば微笑ましい会話を適当に交換しながら、兄妹は歩を進めていました
しばらく歩いていると、奇怪な建物が兄弟の目の前にでんっと現れました。否、これを建物と呼んでいいのかも怪しいモノが、そこにはありました。
「すんごいのがあるわね。今までこんなモノがこの森にあるなんて知らなかったわ。」
「うん。趣味がいいとは言い難いけどねぇ。」
それは正しく家でした。左右に均等な三角屋根。そこからニョキッと顔を出す煙突。広すぎず狭すぎない、1人で暮らすのに十分なサイズの一軒家が森の中にポツンとありました。
それだけなら兄妹も物珍しくは思っても、ここまで驚きはしなかったでしょう。
「これ、全部お菓子か・・・?」
問題は素材。その家の煙突から窓や壁、しまいには呼び鈴までお菓子で出来ていました。
「ヘンゼル。私甘いものは大好きよ」
「んー、俺は正直甘いものは珈琲とか渋ぅいお茶茶がないと素直に喜べないかなぁ。」
「これって食べてもいいのかな?」
「いいか?妹よ、聞くんだ。お前は道端に落ちている飴を舐めるか?」
「汚いからイヤよ。」
「あの家も同じさ。規模がデカくてわかりづらいけど、あれも道端に落としたお菓子と何も変わらないさ」
「なら、内側は?内側なら外気にも触れてないし、落ちたことにはならないんじゃないかしら?内側なら食べてもいいわよね?」
「やめておいた方がいいな。理由は沢山あるぞ?」
「言ってご覧なさいよ。」
「まず、これらの消費期限が切れてないと言いきれる根拠は?」
「あ。」
「それに考えてもみろ。ここは森だぜ?森のど真ん中にお菓子の家があって、何故虫や動物がたからない?」
「なるほど、食べるとヤバいから。ね。」
「それに勝手に食って家主を怒らせるのも面倒だろ?」
「家主って誰のことよ?こんな家に人が住んでるっていうの?」
「いやいや、マジか妹よ。俺の話を思い出せ。いくら興味のなかった話とはいえ、割とさっき話した内容だぜ。」
「…ああ。なるほど。」
グレーテルは兄の言いたい事を理解しました。
「魔女の家なのね。」
「わかったわ。ヘンゼル。私、あの家を食べるのは諦めるわ。」
「そう思ってくれたのならなにより。」
「でもヘンゼル。そろそろ、日も暮れてきたしあの家に泊まらせてもらうのはどうかしら。夜も更けてきたし、いつオオカミが出てきてもおかしくないわ。」
「うーん。確かになあ。もうあの家に帰るのはまっぴら御免こうむりたいわけだし、ちょっと一晩泊めてくれるか聞いてみるか。」
兄妹はもうなんというか。怖いもの知らずでした。
「うわ、この呼び鈴シフォンケーキで出来ているから音鳴らねえ。」
「素材を考えなさいよ素材を。」
魔女の家にダメ出しをする始末でした。
そんな風に扉の前で騒がしくしていると、ガチャリと巨大なクッキーで出来た扉がゆっくりと開きました。
「こんな夜っぱらから誰~?」
扉の向こうから出てきたのは、綺麗な白髪にインナーカラーを黒に仕上げ、ウルフカットというファンキーな髪形をした美女が出てきました。
「え、なんか想像と全然違うの出てきたんだけど。何この見目麗しいお姉さん。お近づきになりたぐふぅあっ・・・!」
妹からの肘鉄を横っ腹に食らい悶えるヘンゼル。
「あのー。すいません。実は私達帰るところがなくて、今晩だけでいいので泊めてくれませんか。私だけ。」
「待って!俺も!俺も泊めて!」
非情な妹の発言に慌てて訂正をいれたヘンゼルでした。
「んあー?んー。いーよー別に。」
目の前の魔女(?)は、眠い目をこすりながら意外にも簡単に受け入れてくれるようでした。
「うわあ。内装もお菓子だ。すげえ。」
「あ、そこのイチゴジャム塗ってある床踏まないでね。悪漢撃退用の罠だから。踏むと両サイドの壁に潰されちゃうから気を付けてね。」
「おっそろし!?」
「流石魔女の家ね。」
ヘンゼルとグレーテルは生唾を飲み込みました。
「あの。ごめんなさい突然お邪魔しちゃって。私はグレーテルで、こっちは兄のヘンゼルです。」
グレーテルが魔女に対して丁寧に自己紹介しました。
「うん。よろしくー。あたしは魔女だよー。仲良くしてねー。」
とてもフランクな魔女でした。
「あ。まいったなあ。ベッドが一つしかないんだよな。あたしはもう起きるからいいとして、二人で一つのベッドは流石に狭いよね?」
「あー。多少狭くても抱き合って寝るんで大丈夫です。」
「ヘンゼルは床で寝るので大丈夫です。」
兄妹喧嘩に負けたヘンゼルは、床で寝ることに決定しました。
「へえ、それは大変だったねえ。」
ヘンゼルとグレーテルは魔女と卓を囲んで夕食を頂いていました。メニューは何故かエスニックでした。夕食ついでのお喋りで、ヘンゼルとグレーテルは自分達の両親の外道っぷりを話しました。魔女は余計なアドバイスをすることもなく心地よい距離感で話を聞いてくれました。話している内に兄妹と魔女はすっかり打ち解けました。
「ところで魔女さんはどうしてお菓子の家に住んでるんですか?」
ヘンゼルは家具から何までお菓子で出来ている部屋を見ながら言いました。
「だってさあ。魔女の家といえばお菓子の家みたいなところあるじゃん?」
「いや知らんです。」
「他の魔女との競争も激しいし、やっぱりわかりやすくしといた方が客受けもいいかなって。」
「え?競争って何?客って何?魔女ってそんな商人みたいなポジションだったっけ?」
「すごいわね。不明瞭さが。」
「パン屋で宅急便すりゃ儲かる時代は終わっちゃったんだよねえ。今は原点回帰の時代だよ。」
「因みに、どんなことをやってるんですか?」
「ん?気になる?」
魔女はにんまりと笑いました。
次の日の晩。
ヘンゼルとグレーテルは今後も魔女の家に厄介になる代わりに、仕事の手伝いとして隣街の外れに来ていました。
「この家のようね。ちょっとヘンゼル。いい加減元気出しなさいよ。」
「俺は魔女さんと一緒に仕事が出来ると思って引き受けたのに・・・。ぐすん。」
「ハイハイ。ドンマイ。可愛い妹で我慢しなさい。」
「わかった。それで我慢しよう。」
「その返事は返事でムカつくわね。」
兄妹は、ターゲットが住む家の近くに張り込むような形で待機していました。しばらく息を潜めて待っていると、家の中から三人の女性が高笑いしながらどこかへ向かって行きました。
「なん・・・か。あのクソアマに似た雰囲気の奴らだったわね。全員地味にキツイ罰当たらないかしら。急にアレルギー一つ増えるとか。」
「ほら。んなこと言ってないで、残された人に会いに行くぞ。」
ヘンゼルがインターホンを押します。ピンポーンと簡素な音が鳴り、間もなくして家に残された住民が応えました。
「うむ、どちら様かな?」
「今、幸せですか?」
「どこの宗教勧誘だ!」
グレーテルが痛烈なツッコミを兄の後頭部に繰り出しました。
「いってえなあ。なにしてくれてんだよ。」
「なにしてくれてんだはあんたよ!馬鹿なの?死ぬの?」
「馬鹿じゃねえよ。信じるもんは救われるんだよ。」
「いや、救われてんのはあんたの頭よ。」
「すまないが。要件はなにかな。」
インターホンの向こう側から咳払いと共にそんな声が聞こえてきました。
「あ、えっと。シンデレラさんのお宅ですよね。実は私達魔女見習いで・・・。舞踏会に行けないで困ってる人を助けに来たんですけど。」
「ああ、貴公らが森の魔女さんところの代理か。いや、待ってたよ。今開けよう。」
「なんか凛々しい口調の女性ね。」
「そーね。」
魔女の家に行ったときとは違い、バンと威勢よく扉が開きました。
「やーやー!待ってたよ。いやあ西の魔女さんが死んじゃったから、今年はどうしようか困ってたんだよ。」
「あ、そっすか。」
家の中から、オールバックで三つ編みのスタイリッシュな女性が、ボロボロな服を着て出てきました。
「今年の天下一武闘会こそ必ず優勝するでな。見合った衣装を頼むぞ。」
「え、天下一武闘会?」
「ああ、去年は赤ずきんというやつに見事にやられてしまったからな。リベンジを果たして見せるさ。」
ヘンゼルとグレーテルはシンデレラに少し待つように言い、彼女に聞こえないような声で作戦会議を開始しました。
「え、ちょっと聞いてないんだけど。天下一武闘会?どうすんの?私達舞踏会用のドレスしか持ってきてないわよ?」
「どうするって、仕事なんだからやるしかねーよ。大丈夫大丈夫、舞踏会用のドレスも武闘会用のコスチュームも同じようなもんだろ。」
「んなわけないでしょ!ちょっとは真面目に考えてよ。今後の寝床がかかってんのよ?あんた魔女さんと暮らせなくなってもいいわけ?」
「!それは困る。よし、わかった。グレートなお兄ちゃんに任せなさい。」
「まかせるったって。コスチュームはどうするのよ。」
「まあ、見とけって。」
グレーテルは半信半疑で兄に任せてみることにしました。
「それではシンデレラさん。早速あなたに魔法をかけて素敵なドレス・・・じゃなかった。機能に優れたコスチュームを着せて差し上げましょう。」
「おお、頼むぞ。」
ヘンゼルは先端に星の装飾が付いた短い杖を取り出しました。これは魔女から渡されていたもので、ドレスを着せたい相手目掛けて軽く振ることで、採寸をしなくても上等でおニューなドレスを(ドレスのレンタル時間は深夜零時まで)着せることが出来るという優れた魔道具でした。
「はい。じゃあいきますよ。リラックスしててくださいねえ。ビビディ・バビデぃぶべらっ!?」
妹に腹パンされる兄がそこにはいました。
「よりによって一番危険な橋を渡ろうとしないでくれる?人生RTAもそこまでよ。」
「この野郎。文句ばっか言いやがって。それっぽい呪文を言うのが今の魔女界隈ではマストだって魔女さんが言ってただろ。」
「それっぽすぎるのよ!何にとは強く言えないけれど抹消されたいの?」
「じゃあ、なんか他に良い呪文でもあるって言うのかよ。」
「そんなもん。なんちゃらこんちゃらパトローナムとでも言っとけば良いのよ!」
「グレーテルも結構攻めてるからね?」
ヘンゼルが仕切り直しという言葉の代わりに咳払いをして、シンデレラの前に向き直りました。
「なんちゃらこんちゃらパトローナム。」
ヘンゼルが杖を軽く振ると、シンデレラのボロボロの服がそれはそれは美しいドレスに変わっていました。
「魔女代理殿?これは一体・・・?」
シンデレラは自分の着ている物を見て、不思議そうな顔をしました。グレーテルは心配そうな顔でヘンゼルを見ます。
「これこそ、あなたが今年の武闘会を制するためのニューコスチュームです。」
「いや、どう見ても戦いには不向きな格好に見えるのだが。」
シンデレラは整った眉をハの字に曲げます。
「まあよく見てくださいシンデレラさん。まず、このドレスのような(ドレスだが)長いスカートは足運びを敵に見せず、動きを相手に読ませません。さらに複雑な装飾が施された厚手の生地は敵の攻撃から身を守り、ガラスの靴はいざという時の隠し武器になります。相手の頭でかち割った後、破片で切りつけるのも良いでしょう。」
「おお、そういわれてみるとなんて機能的なんだ。」
「さらに極めつけは、その美しい容姿!その姿に相手は油断するどころか、あまりの美しさに攻撃をためらうことでしょう。」
「うむ。少々小ズルい気もするが、綺麗ごとだけでは優勝できないものな!ありがとう魔女代理殿!これで今年こそ私の名をこの国中に轟かすことが出来るだろう!」
シンデレラは兄妹の手を取り、ブンブンと振りました。
「そいつぁよかったです。がんばってください。」
ヘンゼルはにこやかにそう言いました。
「私これ詐欺の片棒担がされてない?」
そんな調子で兄妹は二人で、時には魔女と三人で、魔女としての仕事をこなしていきました。ある日は良縁のない白雪姫をつり橋効果を用いてイケメンと恋仲にしたり。またある日はめっけ鳥という男の子とレンヒェンという女の子に変身魔法を教えてあげたり。またある日は子ヤギ達や子ブタ達にオオカミの倒し方をレクチャーしたりと大忙しの毎日を送りました。
こうしてヘンゼルとグレーテルは魔女としての修業を積み、シンデレラが三回連続武闘会チャンピオンに輝いたころには、立派な魔女兄妹として自立し、忙しくも幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし