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もしも異世界の魔王様がクラウゼヴィッツの『戦争論』を読んだら  作者: 八十八
第1章 魔王エレナードが始める大戦略
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8 戦果

 その後、戦いはあっけない結末を迎えた。

 ヴォルガ率いる魔王軍主力に挟撃を受けたラプタリア王国軍は戦線を崩壊させ、ドヴィナの画策によって退路を塞がれたことで完全に無力化された。

 友軍の被害を最小限に抑え、最大の戦果を得たその戦いは、まさに魔王軍の完勝だ。


 そして、あらかたの後処理を終えたエレナードは、野戦軍司令部にて今作戦の功労者である四大将軍ヴォルガ、アムール、ドヴィナを呼び集めていた。

 夕焼けの射し込むテントの中で、跪く三人を前にエレナードは称賛の言葉を送る。


「皆、よくやったわ。アンタ達は私の期待に応え、百点満点の立ち回りを見せた。今代魔王として褒めてあげるわ」


 その言葉に対し、鎧を黒々と焦がしたヴォルガが応じる。


「勿体なきお言葉にございます。しかし、此度の勝利は魔王エレナード様の采配によって得られたも同然。真に称賛されるべきはエレナード様です」


「それはいいけど、アンタは大丈夫なの? まっ黒焦げじゃない」


「これしき、何てことはありません。むしろ久々の戦いに血肉沸き躍り、心が満たされております」


「そうは言っても火傷やけどしてるのは事実でしょ。ほら、手を貸しなさい」


 そう告げたエレナードは、差し出されたヴォルガの手に口づけをする。

 すると、ヴォルガの負っていた怪我は治癒魔法の効果によって一瞬にして完治した。

 本来、治癒魔法は対象の体に触っていれば行使できるが、あえてキスをしたのは君主としてのいたわりでもあった。


 そんな褒美を受けたヴォルガは、大きな鼻をフンフンと鳴らして喜びを表現する。


「まっ、まっ、魔王様自らこのような……己は、己は嬉しく思います! このヴォルガ、一生エレナード様にお仕えいたします!」


 すると、その様子を見ていたドヴィナが物欲しそうな視線をエレナードに向ける。


「ずるーい。私にもちゅっちゅしてぇー」


「アンタは怪我してないでしょ。て言うか、しこたま精気吸って魔力余ってるなら傷病兵の治癒くらいしてきなさいよ」


「いけずぅー。治療ならもう部下達にやらせてるわよー」


 そんな会話を交わしていると、アムールが口を挟む。


「魔王様。勝利の喜びを分かち合うのも結構ですが、捕えた人類種ヒューマン共はいかがしましょう。私にお任せいただければ、ドラゴンとワイバーンの餌にでもいたしますが」


「そういえば、結構な数の捕虜を捕らえていたわね」


 今回の戦いにおいて、魔王軍は包囲殲滅したラプタリア王国軍のうち二千名を捕虜にしていた。


 エレナードの知る地球アースでは捕虜の人命を尊重する条約があり、敵国同士でも互いの捕虜を交換したり交渉材料にしたりする文化がある。

 しかし、この世界における魔物と人類の間にそのような取り交わしは存在しない。


 そもそも、人類は魔物を捕えても捕虜などとは考えず、皆殺しにするか家畜のように扱うのが常だ。

 それを考えると、こちらも捕虜の命など尊重する必要もないのだが、最近になって()()()()()を持つようになったエレナードは、皆殺しという選択肢を躊躇ためらった。


 そこでエレナードは、いいアイディアを思いついた。


「とりあえず、捕虜は生かしておきなさい。丁度いい利用方法を思いついたわ」


 そう告げたエレナードは、テントの近くをトカゲのように這い回っていたエニセイを呼びつけ、手早く指示を下した。



 * * *



 ラプタリア王国軍との決戦を終えてから数日後、魔王城に戻ったエレナードは、次なる戦いに向けた準備を進めていた。

 ラプタリア王国は、あくまで先走って攻めてきた連中だ。今後、中途半端な戦力では勝てないと知った人類は、入念な準備を整えて決戦を挑んでくるだろう。


 そんな束の間の平和を享受する中、エレナードからとある指示を受けていたエニセイが、数日ぶりにエレナードの下を訪れていた。

 玉座の前で跪いたエニセイは、いつものように長い舌を出したまま成果を報告する。

 その場には、四大将軍のヴォルガも同席していた。


「エレナード様。先日ご指示された通り、ラプタリア王との連絡手段を確保しました。いやはや、人類種ヒューマン共は魔物の我々など相手にせんので、捕虜達の命をちらつかせてようやく交渉の場を設けられました」


「よくやったわ。さっそく首脳会談を始めましょ」


 エニセイは大きな共鳴水晶を取り出して、エレナードの前に掲げる。

 そして、魔力を注がれ共鳴を始めた水晶は、白髭を蓄えたラプタリア王の顔を映し出した。


 エレナードは足を組み顎に手をついた高慢な姿勢で玉座にもたれ、不敵な笑みでラプタリア王と視線を交わす。


「初めましてラプタリア王さん。私がインダリア帝国国家元首のエレナードよ。魔王と名乗った方がいいかしら?」


 対して、姿勢正しく玉座に腰を落とすラプタリア王は、眉をひそめて心底不愉快そうな表情で応じる。


『貴様がエレナードか……魔王を名乗るわりに、ただの小娘にしか見えんな』


「あら、せっかくの首脳会談だってのに自己紹介もなしだなんて、随分なご挨拶ね」


『魔物に名乗る名などない。首脳会談などと馬鹿馬鹿しい……私は、全人類の敵である貴様の顔を一度拝んでみたかっただけだ』


「あらそう。じゃあ、今すぐ話を終わりにしましょうか? 捕虜達の命が惜しくなければ、だけどね」


 そんな言葉と共に不敵な笑みを浮かべるエレナードに対し、ラプタリア王はわずかに焦りを見せる。


 今回捕えた捕虜のうち、指揮官クラスの者は全て貴族だ。

 そもそも、金で雇われる傭兵でもない限り、多くの兵を動員して命令を下せるのは、権威と権力のある貴族だけだ。

 そんな指揮官達の中には、王族や大貴族の身内――特に、若い息子が混じっていても不思議ではない。


 だからこそ、ラプタリア王は捕虜達の命を軽々と見捨てないとエレナードは踏んでいた。


「まあまあ、そう身構えなくてもいいわ。私は、そんなに横暴な要求を出すつもりはないの。とりあえず、我が国とちょっとした条約を結んでくれれば、捕虜達を全員解放してあげるわ」


『条約、だと?』


「ええ。アンタ達人類はそういうのお得意でしょ? それで、条約の中身なんだけど……我が国は、貴国との不可侵条約を望むわ」


 そんなエレナードの提案に対し、ラプタリア王はぴくりと眉を動かした。

<捕虜>


 捕虜とは、戦争において敵に捕らえられた軍の構成員を指す。捕らわれの身である捕虜は、交渉材料や情報源として様々な扱いを受けることになるが、近代よりハーグ陸戦条約やジュネーヴ条約といった国際法により、保護すべき対象として明文化されてきた。そんな捕虜達の活躍を描いた作品としては、映画『大脱走』、『戦場にかける橋』等が有名。

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