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75 門

 エニセイがエレナードに告げていた『門の解錠』が翌日に迫ったその日、アキラはテグリス王城の近郊に設けられた共同墓地に足を運んでいた。


 青々と晴れ渡る空の下で温かな風に頬を撫でられたアキラは、並んで設けられた二つの墓標に花を添える。

 その墓標は、ラインとユフィのものだ。

 だが、墓標の下に二人の亡骸が葬られているわけではない。


 魔王城襲撃作戦の際、ユフィの肉体は魔力暴走によって消滅し、ラインの肉体はインダリア帝国から返還された幾多の遺体に紛れ、個人の特定が困難になった。

 そのため、ラインの墓標には一本のバスタードソードが、ユフィの墓標には一枚の手紙が収められているだけだ。


 亡骸無き墓標は、つまるところラインとユフィが亡き者になった証でしかない。

 それでもアキラは、時間さえあれば二人の墓標を参拝していた。


 ラインとユフィは、アキラがこちらの世界で出会った唯一無二の仲間と言える存在だ。

 そんな二人の死に立ち会ったアキラは、今も責任を感じている。


 だが、懺悔のために参拝を続けているわけではない。

 いくら墓標の前で頭を下げたところで、死者の赦しを得られないことはわかっている。ここにくればかつての悪夢を思い出し、負の感情に支配されることもわかっている。

 それでも、花を添えて手を合わせずにはいられなかった。


 アキラは亡骸無き仲間の墓前で何を思うのか。

 その心境は言葉で説明できないほどに複雑だ。


 『壁』の生成と停戦をしてから今日まで、アキラは自身にできること、自身がやるべきことを必死に見出して行動に移してきた。

 もちろん、その行為が死んだラインとユフィに対する報いだ、などと思いあがったことは一度だってない。

 常に悩み、正しきは何かを自問してきた。


 言うなれば、それがアキラの()()()だ。

 懺悔のためではない。

 この国、この世界に対し、自分に何ができるのか、何をすべきなのかだけを考え、行動してきた。


 だからこそ、アキラは二人の墓標の前で赦しを乞わない。

 ただ、見ていてほしいと念じる。

 それが生き残ったアキラという存在の自己満足だったとしても、今亡き二人に見届けてほしいと願った。


 そして、長い長い念を終えたアキラは、踵を返してかの地に向かう。

 全ては己の成すべきことを果たすため、約束の地へと向かった。



 * * *



 翌日、鎧を纏い馬に跨ったアキラは、森を抜けて広大な平原へと躍り出る。

 視界の先には、自身が生成した巨大な石壁が広がっていた。


 その場所は、数年前にアキラとエレナードが対峙し、結託した空間に他ならない。

 そして、アキラの後方には無数の騎兵と荷を積んだ馬車が続いてる。

 その規模は、馬千頭を数えるほどだ。


 一見すると軍の輜重しちょう隊のような一団は、アキラを先頭にして壁の前で立ち止まる。

 すると、一人の兵士がアキラに向けて声をかけた。


「辺境伯閣下。目標地への輸送は完了いたしました。続く指示を待ちます」


 辺境伯と呼びかけられたのは、アキラだ。

 かつて勇者という一人の戦士として戦場に躍り出ていたアキラは、今や『東部辺境伯』という地位を得ている。

 地方領主の伯爵と言えば聞こえはいいが、その実態は魔物の地と接する壁周辺の警備を任されている存在にすぎない。


 それでも、ただの戦士でしかなかったアキラがそんな地位に登り詰めるまでには、様々な苦労があった。

 全ては、今日この日に行われる出来事を成すために。


 アキラは、軽い緊張を感じつつ部下から共鳴水晶を受け取り、いよいよ()()との接触を試みる。


「こちらはテグリス王国東部辺境伯アキラだ。当方の準備は完了した。返事を乞う」


 すると、水晶の中から深々とフードを被った亜人らしき魔物が姿を現す。


『私は本交渉の全責任を負う者である。先んじて、名と地位を明かせないことを謝罪する。事前の交渉通り、門の解錠は私と貴君で行いたい。承諾を乞う』


 正体不明の人物と会話を交したアキラは、不服な態度も見せずに相手の主張を承諾し、馬を降りる。

 そして、単身で草原を遮る石壁の下へと歩み寄った。


「準備はできた」


『魔法はそちらに合わせる』


 共鳴水晶越しに簡素な会話を交した両者は、壁を挟んで石壁に手を添える。

 そして、息を揃えて同時に魔法を行使した。


 それは、以前この地で行われた壁の生成に似た行為だ。

 いや、本質は同じである。今協調して魔法を行使した二人は、その事実に気付いている。


 だからこそ、二人の息は簡単に揃った。

 二人が行使したのは土属性の魔法を組み合わせた錬成魔法に近いものだ。


 そして、魔法の行使が完了すると同時に、石壁の中央にひとつの『門』が生成される。

 まるで城門のような、重々しく立派な門だ。


 アキラは、門の生成を終えると同時に、静かに扉を開いていく。

 魔法の力を借りた渾身で、重い門を開け放っていく。


 それは、今まで壁で閉ざしていた人類と魔物の地を繋げる行為だ。

 接触を避けることに同意していた人類と魔物にとって、最も禁忌とされた行為だ。


 だが、アキラは門の解放を躊躇ためらわない。

 己の成してきたことを信じ、絶対的な拒絶を解放していく。


 そして、アキラが扉を開け放つと、そこには先ほど共鳴水晶で会話を交した人物が立ちつくしていた。

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