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71 アキラとエレナード3

 同時に足を踏み込んだアキラとエレナードは、武器を振りかぶったまま凄まじい勢いで距離を詰める。

 そして、真正面から衝突した二人は、魔力で増強された渾身の力で剣と槍を交えた。

 

 次の瞬間、刃を交えた衝撃により爆発的な突風が生じ、草原に茂る青草は地面ごと剥ぎとられていく。

 その威力は大地に巨大なクレーターを形成してしまうほどで、観衆と化していた人類と魔物の両軍勢はたまらず風圧でのけぞっていく。

 

 すると、強烈な衝撃波によって歓声が止んだことで、その場はつかの間の沈黙に支配さる。

 激しく土煙が舞い上がる中、態勢を立て直した両軍の兵士達は戦いの顛末を見届けるべく、すぐさま視線を舞台の中央へと戻す。


 勇者と魔王――どちらがこの勝負を制したのか。

 この場にいる誰もがその勝敗に注目し、胸をざわつかせながら静かに土煙が晴れるのを待つ。

 そして、肌を撫でるような横風と共に、舞台の中央に立つ影が薄らと姿を現した。


 起立する影はひとつではない。

 アキラとエレナードは、膝を折らず立ち続けている。

 しかし、その手に武器はなかった。

 

 かつてないほどの強烈な衝突により、交わった両者の剣と槍は粉々に砕け散った。

 同時に、その破片をもろに浴びた二人は全身に無数の傷を負っている。


 体の節々から血を流すその姿は、満身創痍のようでもある。

 しかし、堂々と対峙する二人は未だ膨大な魔力によるオーラに包まれ、何かを成さんとする強さが感じられる。


 二人の姿を遠目で見守る両軍の兵士達には、この一騎打ちが佳境にさしかかっているように見えている。

 冷静に考えれば、どちらか一方が討たれる前に兵士達は戦いに加勢すべきだろう。そうでなければ、勇者か魔王という双方にとって唯一無二の存在が失われてしまう。

 だが、両軍の兵士達は固唾を飲んだまま動き出す気配を見せなかった。


 なぜなら、この戦いを見守っている誰もが、壮絶な一騎打ちの決着を見届けたがっているからだ。

 想像を絶する力と力のぶつかり合いに見惚れ、手出しは無粋とさえ思えるような空気に支配されている。


 そんな演出されたような舞台の中心で、アキラとエレナードはじっと視線を交し続ける。

 そして、二人は互いにだけに聞こえる声で沈黙を破った。


「体は大丈夫か?」


「これくらい掠り傷よ。少しくらいケガしてないと演出にならないでしょ?」


 頬に流れる血を拭うエレナードの姿を見たアキラは、どこか複雑な表情を浮かべる。


「……こんな方法しか思いつかなくてすまない。君を傷つける気はなかったんだ」


「これはアンタに負わされた傷じゃない。合意の下で負った、代償みたいなものよ」


 すると、アキラは不意に自嘲じみた笑みを見せた。


「代償、か……自己犠牲を否定していながら自分が傷つくことを厭わないところは、俺もお前も似た者同士だな。もしも、自分が犠牲になることで永遠の平和が約束されるなら、お前はそれに応じるつもりか?」


「それは仮定の話でしょ。そんな与太話に付き合う義理はないわ。私は私にできることをする。ただ、それだけよ」


「……そうだな。俺も、ようやく自分のやるべきことがわかった。正直なところ、俺はお前に出会えてよかったよ」


「アンタと話してると調子が狂うわ。まあでも、ちょっと癪だけど、こういうのは嫌いじゃないかも」


 そう言い放ったエレナードは、何かの準備を始めるかのように屈んで地面に両手をつく。


「さあ、アンタとの話はこれで終わりよ。私達にできることをやりましょ」


 対するアキラも同じ姿勢をとって応じる。


「ああ、俺達にできることをしよう」


 そんな会話を交した二人は、クレーターの中心で少し距離をあけ、対になる形で膝を折る。

 そして、今まで温存していた魔力を体内で一気に活性化させ、大地へと込めていった。


「準備はいいか?」


「いつでもどうぞ」


 そんな声をかけ合った二人は、息を合わせて同時に魔法の詠唱を始める。

 長く、時間のかかる詠唱――それは紛れもなく、特大規模の魔法行使を意味していた。


 そして、両軍から集められた膨大な魔力は、いよいよ解放の時を迎える。

 いままで反発し合っていた両者の魔力は瞬時に交わり、ただ一つの目的のために集中していく。


 すると、魔力の融合によってアキラとエレナードは互いの意思を薄らと感じ取れるようになった。

 立場の異なる二人の思いは、今ここで重なる。


 全ては、戦いを止めるために。


「これが俺達の」


「私達の」


「「出した答え」」


 そんな二人の声が交わった刹那、魔物と人類を隔てるその地は眩い光に包まれていった。

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