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69 アキラとエレナード

 その後、春の訪れと共にテグリス王国は軍の動員を終えた。

 約一カ月のうちに各地の貴族はそれぞれ兵を挙げ、インダリア帝国との国境線沿いには総勢二万五千の兵が完全武装で集結するに至った。

 

 しかし、兵の多くは相次ぐ戦いで疲弊しており、とりわけ農村から集められた徴集兵達は長引く動員により人手不足で農地の荒廃を心配していた。

 それでも、兵の多くが魔物を滅ぼせば国が豊かになり、平和が訪れると信じて剣を握っている。

 士気は低くとも、誰もが戦う意義だけは理解していた。


 対して、魔王軍側も迎撃用に兵力を集結させ、国境線に二万近くの魔物を展開している。

 広々とした草原の大地で、目に見えぬ国境線を挟んで対峙した両軍は春の日差しを受けて静かに戦いの時を待つ。

 上空でも魔女隊と翼竜達が睨み合い、すぐにでも空中戦を開始できる準備を整えていた。


 そんな中、最前線で軍を指揮するドナウは、騎馬に跨り目前に迫った魔王軍の軍勢に視線を向ける。


「私はできうる限りのことをした。しかし、アキラ君が失敗すれば、私は攻撃開始の指示を出さざるを得ない。それだけは、承知してくれまいか」


 そう告げるドナウの隣には、同じく魔王軍を見つめるアキラが佇んでいた。


「わかってます。後は、俺に任せてください」


 アキラの言葉を聞き届けたドナウは、馬ごと身を翻し、全軍に向けて声を張り上げる。


「聞けぇ! にっくき魔王は勇者との一騎打ちに応じた! これより戦いの幕が切って落とされる! 各自、余計な手出しは無用だ!」


 そんな言葉に応じ、戦場へと集結した兵達は大地を揺らすような大歓声をアキラへと送る。

 同時に、前線に展開する魔術師隊は一斉に呪文を詠唱し、先頭に立つアキラへ膨大な強化魔法を付与していく。


 かつてないほどの魔力を付与されたアキラは、まるでオーラのような輝きに包まれ、一歩一歩踏みしめながら雄大な草原に進み出る。

 すると、隊列を組んだ魔王軍からも二体の魔物が躍り出てきた。

 


 * * *

  


「エレナード様。本当に、お一人で行くのですか」


 エレナードと肩を並べて全軍の先頭へと進み出たヴォルガは、どこか心配そうな面持ちで声をかける。

 対するエレナードは、ヴォルガを制止するように片手を突き出して応じた。


「私一人で行かなきゃ意味ないでしょ。アンタはこれ以上こないで」


「あの男を、信用しているのですか?」


 そんなヴォルガの問いに対し、ゆっくりと振り返ったエレナードは複雑な表情を浮かべる。


「信用……したわけじゃない。これが罠だったときの指示も出してあるでしょ。単にアイツと利害が一致しただけ。それだけのことよ」


「……左様ですか」


 ヴォルガはどこか煮え切らない反応を見せたが、それ以上は口を開かなかった。


 そして、しばしの沈黙を挟んで小さく頷いたエレナードは、軽く飛行して背後に控える魔物の軍勢に向けて声を張り上げる。


「時は満ちた! 私は、皆がこうしてインダリア帝国のために立ち上がってくれたことに感謝している! だけど、私はアナタ達の死を望まない! 我が国の平和のために戦うことを望んでいる! もしもアナタ達が私の意思に賛同するなら、どうか私に力を分けて!」


 すると、呼びかけに応じた魔物達は一斉に歓声をあげ、エレナードに向けてありったけの魔力を注ぎこんでいく。

 誰も躊躇ためらうことなく、エレナードに己の全てを託していく。


 彼らは、魔王という権威と権力に従っているわけではない。

 エレナードという一人の魔物を頼り、敬愛し、そして信頼しているのだ。

 全ての魔物達が平和に暮らせる国を作るという、エレナードの掲げた目標に賛同しているのだ。


 人類が憎くてたまらず、戦いを待ち望んでいる者など、少数派にすぎない。

 ほとんど全ての魔物が、戦いを恐れ、仲間や家族を愛し、そして平穏な日々を望んでいる。


 そんな彼らの意思を一身に受け止めたエレナードは、膨大な魔力によって神々しいオーラを放ちながら、独り無人の草原へと羽ばたく。

 その視線は、同じく草原へ進み出たアキラをまっすぐ捉えていた。


 そんな中、エレナードは先ほどヴォルガが告げた言葉を思い出す。


(信用、か……ヴォルガには言えなかったけど、私はアイツを信用したからこそここに来た。魔王が初めて信用した人類が勇者だなんて、変な縁ね)


 そんなことを考えているうちに、エレナードは両軍の睨み合う中心でアキラの下に辿りつく。

 五万以上の人類と魔物が集結し、両軍がにらみ合う草原の中心は、まるで演出された舞台のようだ。


「待たせたわね」


 軽い挨拶を告げたエレナードは、アキラと対峙する形で地上へ降り立つ。

 対するアキラは、剣を抜かずに軽い佇まいで応じる。


「すまない。俺の力じゃ、軍の出撃までは止められなかった」


 開口一番に謝罪を告げるアキラに対し、手を腰にあてたエレナードは一定の距離を保ちつつ言葉を交す。


「さてね。軍を出したのも私を誘ったのも、全部アンタの仕掛けた罠かもしれない。今のアンタなら、私一人くらい簡単に殺せるでしょ」


「確かに、俺はお前をここで殺して魔物達を一網打尽にするという選択もとれる。そうすれば、テグリス王国の悲願は果たせるかもしれない」


 そんな言葉を受け、エレナードはぴくりと眉を動かす。

 だが、エレナードに向けられたアキラの視線に敵意はなく、何かに突き動かされるような意思に満ちていた。


「だけど、俺はもう戦いを否定した。たとえ誰かの大切なモノを守るためであっても、戦いという手段を肯定はしない。それが、俺の意思だ」


 アキラの意思を聞いたエレナードは、なるべく態度に出さないように胸を撫で下ろす。


「なんとも勇者らしい崇高な心がけね。まあでも、アンタがその意思を示したからこそ、この舞台が演出された。私はアンタに感謝すべきかしら?」


「大切な仲間を殺した俺に頭を下げる気にもなれないだろう。だからって罪滅ぼしなんて都合のいいことを言うつもりもない。俺は俺の信じる道を選んだ。ただそれだけだ」


「あらそ。まあ、私は単にアンタと利害が一致しただけよ。私はアンタだけを見て、人類種ヒューマン全てに対話の余地があると認めたわけじゃない。それだけは覚えておいて。私はあくまで魔物の王よ」


 エレナードの言葉に対し、アキラは少し間を空けてから静かに口を開く。


「今はまだ、これが精一杯だ……だけど、少なくとも俺は、アンタや魔物達と対話を続ける。そして、互いの大切なモノを認めあえる道を探し続ける」


「そんな日が来たら、私も少しは楽になるんだけどね」


 そこで会話を終えた二人は、じっと視線を交わらせて沈黙を共有する。

 その沈黙は、まるで互いの意思を認めあうかのように、決して逸らされることはなかった。


「それじゃ、始めましょうか」


 そして、沈黙を破ったエレナードは唐突に地面へ手をつき、練成魔法で禍々しい槍を生成した。


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