67 アキラの意思3
誰かを守るために誰かを殺す戦いという行為を胸の内で否定したアキラは、勇気を振り絞ってドナウに本題を投げかけた。
「ドナウさん。正直かつての俺は戦うことで平和の道が開かれると思っていました。だけど、度重なる戦いの結果、ユフィやライン、それに多くの仲間達が命を落とした。そんな結果を招いた俺は、自分の選んだ道が間違っていたんじゃないかと思うようになったんです」
「間違っていた、か……では、アキラ君は何が正しい道だと思うのかね?」
「それはまだわかりません。だけど、戦死した者達を尊い犠牲だったと肯定して新たな戦いを始め、また多くの人達が死ぬ結果になるのは間違っていると思う。今は、そんな意思に駆られているんです」
「なるほど。端的に言えば、国王陛下が命じた再侵攻計画に不満があると?」
ドナウの問いに対し、アキラは静かに頷く。
それから、しばしの沈黙が場を支配した。
アキラはまっすぐな濁りのない瞳でドナウを捉え続け、対するドナウも負けじとアキラを見つめ続ける。
そして、しばらくするとドナウは根負けしたかのように視線を落として苦笑いを見せた。
「いやはや、君は自分が勇者の器ではないと思っているようだが、君ほど勇者らしい者はいないんじゃないかと思い知らされたよ」
そう切り出したドナウは、ぬるくなったお茶で喉を潤し言葉を続ける。
「戦いに嬉々として興じる者はただの戦士だ。だが君は、人々の死に心を痛め、殺戮と破壊を生む戦いという行為そのものに疑問を抱いている。だからこそ、平和のために戦うという行為に矛盾を感じる。誠に勇者らしい殊勝さだ」
そう告げるドナウの口ぶりに嫌味はない。むしろ、アキラの意見に共感しているようでもある。
だが、和らいだドナウの表情はすぐさま固く引き締められた。
「だがね、戦いを止めるのは簡単なことではない。私だって命を落としていく者達に心を痛めている。それでも、彼らの犠牲によって人類の敵である魔物は駆逐されつつある。犠牲を払わなければ成せない物事もあるとは思わんかね?」
「それは戦いの先に平和が訪れるという保障が前提です。俺がかつて住んでいた世界に魔物は存在しませんでしたが、それでも人類同士が長い歴史の中で戦いを繰り返していました。戦いで脅威を排除するという方法を取り続ける限り、魔物が駆逐されたとしても同じ人類が敵になるだけです」
「確かに、周辺国は今こそ魔物を共通の敵として一致団結しているが、インダリア帝国が滅びれば残った土地の領有権争いで確実に揉めるだろう。そうならないためにも、国王陛下は独力による魔物の駆逐を急いでいる。我が国が魔物の土地という利益を狙っているのならば、周辺国が潜在的な敵であるという認識は正しいだろう」
そう告げたドナウは、軽く腕を組み手の甲を指でトントンと叩いて言葉を続ける。
「正直なところ、私も今回の再侵攻計画には否定的だ。度重なる戦で我が国は疲弊しきっている。たとえ魔物を駆逐できたとしても、多くの若人が失われてしまえば生産力の低下した我が国は干上がってしまう」
「ドナウさんは国王にそう主張しなかったんですか?」
「もちろんしたとも。しかし、国王陛下は領土を広げたがっている地方領主達の声に背中を押されてしまったようだ。我が国は魔物との戦いを全人類のための聖戦などと喧伝しているが、実際のところは魔物達の土地に目が眩んでいるだけさ」
その言葉を聞いたアキラは顔をしかめ、己の膝を拳で叩く。
「結局、平和のために戦うなんてまやかしなんだ。暴力で他人の土地を奪いたいだけなんじゃないか」
「それは事実かもしれないが、国王陛下も我欲だけで動いているわけではない。首尾よく魔物の土地が手に入れば国が豊かになるのは事実だ。国王として国益を考えるのは自然なことだろう」
「だとしても、ドナウさんは今回の戦いで多くの犠牲が出れば国益に反すると考えているんでしょう? なら、戦いを止めることも国民のためになるはずです」
アキラの力強い言葉に対しドナウは小さくため息を吐く。
「しかし、侵攻計画は既に動きだしている。兵士の動員は今も進み、十日も経てば進軍が開始されるだろう。ここで私達が意地を張ったところで振り上げた剣はそう簡単に下ろすことはできんよ」
「ならいっそ、俺が……」
ドナウは、続くアキラの言葉を待たずに言葉を返す。
「アキラ君。仮に、君が力づくで戦いを止めようと考えているなら、それは間違っている。戦いという行為を否定した君が力を振りかざしては何の意味もない。冷静になりたまえ」
ドナウの言葉を受け、アキラはかろうじて冷静さを取り戻す。
そして、結局のところ己が持ち得る力は戦いでしか役に立たないという皮肉を再び思い知らされた。
何か他に方法はないのか。
必死に頭を巡らせるアキラを前に、ドナウも悩ましい表情を見せる。
「現状、相次ぐ戦いで兵士達の士気は低い。侵攻計画が中止になったとしても反発は少ないだろうが、魔物達とて戦う意思を持っているのだろう。こちらが一方的に手を下ろしたとしても、脅威は残り続けてしまう」
ドナウの言葉に対し、アキラはすかさず否定を示す。
「いえ、戦いが無益だということは魔王も理解しているようです。ここだけの話ですが、俺は先の襲撃作戦で魔王と会話を交しています。魔王の目的はあくまで魔物達の生活圏の確保だと主張しています」
「なんと。アキラ君は魔王と対面していたのか……まあしかし、魔王も国の統治者であると考えれば、その主張もあながち嘘ではないだろう。噂によると、インダリア帝国は隣国ラプタリアと秘密裏に休戦協定を結んだという話もあるようだしな。魔物達も戦いを避けたがっている、か……」
休戦協定という言葉を聞いたアキラは、前のめりになってドナウに迫る。
「それなら、我が国も休戦協定を結べる可能性はあるってことですね!」
力強いアキラの言葉に対し、ドナウは表情を固くしたまま息を漏らして唸る。
「休戦協定か……厭戦感情のある兵士達や貴族を焚きつければ、国王も休戦を認めるかもしれないが、戦いの準備が進む中で休戦という選択肢を提示するタイミングが難しいな。それに、魔物との交渉窓口も無いに等しい。いかに両者の利害が一致していたとしても、交渉ができなければ……」
「なら、俺が魔王と話をつけてきます」
ドナウはたまらず顔を上げ、目を丸くする。
「そんなことができるというのか」
「俺は魔王と面識があるし、魔王の意思もわかっています。それに、俺なら魔物の地に単身で乗り込むことができる。魔王城まで行かなくても、こちらの意思を伝えることくらいはできるはずです」
アキラの主張に納得したドナウは、どこか希望を見いだしたかのように顔を上げる。
「確かに、君ならそれが可能かもしれないな。後は、いかにして両軍の衝突を止めるかだな。たとえ交渉がまとまってもこちらが侵攻を開始してしまえば全てが水の泡だ。私は時間稼ぎをしつつ軍を動員している貴族達にそれとなく休戦の意思があるか探りを入れてみよう。前線の兵士達が戦いを避ければ、丸く収まる可能性はある」
そこまで会話を交したところで、アキラはおもむろに席を立ち上がる。
「とにかく、時間との勝負ですね。俺はさっそく魔王とのコンタクトを試みます。国内のことは、ドナウさんに任せてもいいですか」
「うむ。民を想う君の熱意に私の心も動かされたよ。たとえ国王の意思に背こうとも、私には私なりの信念がある。できうる限りのことはしてみよう」
そんな会話を交し、二人は別れ際に固い握手を交した。




