66 アキラの意思2
66 アキラの意思2
日が明けてしばらく経った頃、アキラの部屋を訪れたのは一人の若い兵士だった。
部屋を遮る扉が開け放たれると、兵士は憔悴したアキラの様子に驚いた様子で一歩後ずさる。
それでもすぐさま背筋を伸ばし、話を切り出した。
「アキラ様の心中、お察しいたします。ですが、どうかお気を強くお持ちください。つい先ほど、国王陛下よりインダリア帝国再侵攻の命が下りました。皆で命を落とした者達の敵を討ちましょう!」
そんな言葉を受け、顔を上げたアキラは驚いた様子で兵士に縋る。
「再侵攻だって! 前回の戦いであれだけの被害を出したのに、また戦争を仕掛けるって言うのか!」
「確かに、兵力の回復は十分ではありません。しかし、四大将軍三人を打ち倒した今、魔王軍は劣勢と見ての判断です」
確かに、先の襲撃作戦によって魔王軍はアムール、ドヴィナ、トヴェルツァという幹部達を失っている。しかし、魔物達の兵力は未だ健在だ。
空からの襲撃作戦とは違い、地上からの本格的な侵攻となれば多大な被害を伴うだろう。
そもそも、アキラは決戦によって多くの兵士が命を落とさないよう、少数精鋭で魔王城に乗り込んだのだ。
しかし、魔王討伐を果たせず中途半端に魔王軍の戦力を削いでしまったせいで、国王に再侵攻という選択肢を与えてしまったらしい。
最悪のシナリオを耳にし茫然とするアキラを前に、兵士は力強く言葉をかける。
「勇者様がいれば百人力です。次こそは、魔王討伐を果たしましょう!」
彼の言葉通り、結局のところアキラはテグリス王国にとって『戦力』でしかない。
魔王を倒す戦う道具としての役目以外は求められていないのだろう。
以前は、そんな風にして頼られることに己の存在意義を見出していた。
だが、今はどうだ。
魔物との戦いが無為な悲劇でしかない現実を突き付けられ、それでも戦おうとは到底思うことができない。
では、彼の言葉を無視し全ての出来事から目を背けるのが正解なのか。
元よりアキラはこの世界の住人ではない。この世界で魔物と人類がいくら殺し合っていようが、アキラには関係ないという考え方もできる。
「あの、勇者様……?」
様々な考えを巡らせるアキラを前に、若い兵士は不安げな面持ちで声をかける。
戦いが始まれば、彼も戦場に赴くのだろうか。
彼にも家族や大切に思う仲間がいるのだろうか。
いや、彼だけではない。
戦いが始まれば、少なからず人も魔物も死ぬ。
誰かの大切な人達が失われていくのだ。
ユフィや、ラインのように。
(それは嫌だ)
失意の底にいたアキラは、己の意思を見いだす。
いかに戦う意思を失っていたとしても無為な戦いを見過ごすことはできない。傍観者にはなれそうにない。はっきりとそう思った。
だが、そんな意思を持ったところで今のアキラに何ができるのか。
戦うしか能のない男が、戦いを止めることができるのか。
アキラは必死に頭を巡らせる。
それが己の役目であるかのように、全ての可能性を模索する。
そして、黒々とした瞳にわずかに光を取り戻したアキラは、態度を取り繕って兵士との会話を適当に終え、自らを閉ざしていた部屋を飛び出していた。
* * *
それからアキラは、とある人物の下を訪れた。
個室にしては広々とした小奇麗な室内でソファーに腰を下ろしたアキラは、その人物を前にして神妙な面持ちを作る。
そして、アキラの対面に腰を下ろす人物は、テグリス王国の大貴族であり軍事面で強大な権力を持つドナウ将軍だった。
ドナウは、アキラの初陣でもある魔王軍との会戦で総司令官を務めていた人物だ。
その戦いのさ中、ドナウはトヴェルツァの攻撃を受けて負傷していたが、今は回復して職務に復帰しているようである。
アキラは、面識のある唯一の貴族として彼を頼ることにしたのだ。
突然の来訪者であるアキラを快く執務室へ招きいれたドナウは、使用人にお茶出しを頼み、気さくな態度で話を切り出す。
「いやあ、勇者殿とは先の会戦依頼だね。あの時は世話になった。感謝するのが遅れてすまなかったね」
「俺は感謝されたり、勇者なんて呼ばれたりするほど立派な男でありません。どうかアキラと呼んでください。今日は急に押しかけてすいません」
「相変わらず君は謙遜がすぎるようだね。しかし、君も周りから多くを求められて大変だろう。襲撃作戦でも随分と苦労しただろうに」
襲撃作戦という言葉を聞いて、アキラはいささか表情を曇らせる。
「すまない。君にとっては嫌な話だったかもしれないね。周りの者は君を四大将軍を打ち倒した英雄だと持て囃しているが、多くの仲間を失った君の気持はよくわかるよ」
そう告げたドナウは、ティーカップをテーブルに置きどこか物悲しい表情で言葉を続ける。
「実は、ラインは私にとって息子のような存在でね。ラインの両親はかつての内戦で反体制派として処刑され、独り残された彼を私が引き取ったんだ。私は実の息子も戦で亡くしている。戦で命を落とすのはいつも未来ある若者ばかりだ」
ラインとドナウの関係を知ったアキラは、申し訳なさそうに頭を下げる。
「すいません。俺が不甲斐ないばっかりに、ラインさんまで……」
「君を責めているわけじゃない。ラインの戦いぶりを見ていれば、いつかこういう日が来るとは思っていたよ。軍人としては彼の勇敢な死を讃えるべきなのかもしれないが、育ての親としてはやはり心苦しいものだ」
勇敢な死を讃える――それは、かくも虚しい行為だ。
アキラが襲撃作戦から帰還した後、ラインやユフィのように戦死した者達は尊い犠牲として国を挙げて賛美された。
だが、死した者に賛美の声は届かない。
それでも、生き残った者は仲間の死が無駄だったとは思いたくない。
結局のところ、誰かの死に価値を見いだすのは生き残った者に対する慰めでしかないのだ。
アキラ自身も思い当たる節がある。
ユフィとラインの死を目の当たりにしたアキラは、魔王を討たねば二人の死が無駄になると思い込んだ。
それはアキラ自身の感情でしかない。死して無に帰した二人にとっては、魔王が討たれようが討たれまいが関係ないのだ。
今のアキラなら、断言することができる。
ユフィもラインも、死ぬべきじゃなかった。
たとえユフィやラインが己の使命に命を捧げる覚悟を決めていたのだとしても、二人の死を肯定してはならない。
二人のことを本当に大切に思うならば、「必要な死だった」などとは決して思ってはならないのだ。
嘆くのは当たり前だ。悲しむのは当たり前だ。
アキラだけでなく、ドナウもそれを認めている。
いや、人も魔物も、誰だって仲間の死に嘆き悲しんでいる。
そんな単純な事実に気付いたアキラは、己の意思をはっきりと自覚する。
――人も魔物も、誰かを守るために誰かの大切な人を殺すのよ。
エレナードの言葉は、恐らく真理なのだろう。
だからこそアキラは、誰かを守るために誰かを殺すという行為を否定する。
人も魔物も、誰かを守るために死ぬ必要などない。
はっきりとそう自覚する。
だが、ユフィのように命を賭して大切なモノを守ると決めた者の意思は固い。
大切なモノが失われるかもしれない恐怖に怯え、勇気を振り絞って剣を手に取る者をなだめるのは容易ではないだろう。
だからこそ魔物と人の戦いは続く。
はたして、それを止めることなど可能なのか。
いや、可能にするのだ。
それを追及するのが、生き残ったアキラに残された最後の使命だ。
そんな意思を心の内に滾らせたアキラは、勇気を振り絞ってドナウに言葉を投げかけた。




