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65 アキラの意思

 手紙を読み終えると同時に、アキラはその場に泣き崩れた。

 床に広げられた手紙にぽたぽたと涙を落としながら、視界を滲ませ嗚咽を漏らし続けた。


 ユフィの残した手紙は、今のアキラにとって何の慰めにもならない。

 むしろ、アキラという存在がユフィの命を奪ったという事実を決定的なものにする証拠に他ならなかった。

 

 大事な存在だからこそ、命を賭してでも守りたいと思う。

 その気持ちは、アキラにも理解できる。


 だが、ユフィはまるで己の死を受け入れるかのような手紙を書き残した。

 確かに、ユフィの死によってアキラの命は守られたのかもしれない。

 だとしても、残されたアキラには何が残るのか。


 魔王も倒せず、己の戦いが無為だという現実を突き付けられ、孤独となったアキラに一体何が残るというのか。

 死んだ者の気持ちを手紙に残され、今さら何になるというのか。


 アキラはただひたすら嘆き、後悔に苛まれる。

 何が皆を守りたいだ。

 もっとも身近な仲間すら守れずに、何が勇者だ。

 そんな言葉で自分を責め続ける。


 気付けば、いつの間にか日は沈み、窓の外は夜の帳が下りていた。

 微かな月明かりが射し込む薄暗い室内で、既に涙を枯らしたアキラはそれでもユフィの手紙に視線を落とし続ける。


 そんな時、ふとエレナードが告げた言葉が頭をよぎった。


――人も魔物も、誰かを守るために誰かの大切な人を殺すのよ。


 ユフィは、アキラが大切な存在だからこそ戦う覚悟を決めたと書き残した。

 アキラにとっても、ユフィは間違いなく大切な存在だった。


 アキラは、そんなユフィを守るべきだったと後悔し続けている。

 だが、仮にアキラがユフィを守るために戦うという道を選んでいたとしても、エレナードの言葉を借りれば誰かの大切な人を殺すことになるのだろうか。


 いや、むしろアキラは既に多くの魔物と、トヴェルツァという一人の人間を殺している。

 アキラの手は戦いによって他者の血にまみれているのだ。

 事故という不幸により生を奪われた過去を持ちながら、他者の命を奪うことでしか己の存在価値を見いだせなかった己に、もはや醜悪さすら感じる。


 そもそも、アキラがその罪を背負い魔物を殲滅したところで、本当に戦いは終わるのだろうか。

 アキラが以前暮らしていた地球に魔物は存在しなかったが、結局は人間同士が長い歴史の中で戦いを繰り返していた。

 恐らく、この世界から魔物が排除されたとしても、同じことが起きるだろう。


 ならば、人々は己の大切なモノを守るために誰かの大切なモノを奪い続けるしかないのか。

 否――それは違う。


 確かにアキラの暮らしていた二十一世紀の地球では争いが絶えなかったが、それが全てではなかった。

 国家という共同体で秩序を維持し、平和を享受できる空間は多くあった。


 なぜ、人々は争わなくなったのか。

 そもそも、なぜ人々は争うのか。


 アキラは、その答えを導くための知識を持たない。

 アキラが持ち得るものは、己の身に過ぎたる強大な力だけだ。

 戦うしか能のない男が、全てが終わった後になって戦わずに済んだ方法を考える。それはまさに、皮肉でしかない。


 結局、アキラは戦争の道具としてこの世界に転生させられた存在に過ぎない。

 そんなことは、国王や魔術大臣の言葉を聞いた時からわかっていた。


 それでもアキラは、必死に己が得た第二の生に価値を見いだそうとした。

 自身の存在を肯定するために、戦いという手段を見いだした。

 それが、全ての間違いだった。


 ならば、今さらアキラがこの世界に転生した意味を考えることは無為だろう。

 殺戮兵器として利用されていたという事実以外に、意味などないのだ。


(何が魔王を討つだ。俺自身が、魔王みたいなものじゃないか)


 そう悟った瞬間、アキラは己の命を断とうと思い立つ。

 今まで多くの者達を殺めてきた剣を持ち出し、己の喉に突き立てようとした。


 だが、いくら手に力を込めようとしても、喉元に触れた剣はそれ以上動かなかった。

 死を決意したアキラを引きとめたのは、今や手紙の中だけの存在となったユフィだった。

 

――勇者様が特別で、かけがえのない存在だからこそ、私はこの身を捧げてでも守りたいと思った。


 たとえアキラが己の存在価値を見失ったのだとしても、ユフィはそんなアキラを守るために命を落とした。

 今ここでアキラが命を断てば、ユフィの死は本当に意味を失ってしまう。


 それに気付いたアキラは、手に握る剣を乱暴に投げやる。

 そして、床に置かれた手紙に縋りつくようにうずくまった。

 

「ユフィ……俺は、どうすればいいんだよ……」


 ユフィの死と残された手紙は、まるで呪いのようにアキラへ生を強要した。

 死ぬことも叶わないアキラは、ただひたすらユフィの手紙に縋りつく。

 もはやぐしゃぐしゃになった紙きれを抱きしめ、乾ききっていたはずの涙を再び流す。


 その姿は、まるで母を失った赤子のようであった。

 

 それから数時間の時が流れ、永遠に続かと思われた夜は明けた。

 アキラはそれでも姿勢を変えず、地面にうずくまっている。


 そんな時、アキラの部屋に一人の来訪者が訪れた。

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