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64 ユフィからの手紙

 勇者様へ


 勇者様がこの手紙を読んでいるということは、私はもう勇者様と言葉を交すことができなくなっていると思います。

 それが何を意味するか、今さらここに書く必要はないと思います。


 もしも私が、全ての戦いが終わるまで勇者様のお傍でお役に立てるのなら、こんな手紙を残す必要はないのでしょう。

 ですが、先の戦いで実力不足を自覚した私は、勇者様をお守りするために、この身を捧げなければならない時が来るだろうと薄々感じていました。


 もちろん、私がこの身を捧げたところで、勇者様をお守りできる保障はありません。

 私は呆気なく負けているかもしれない。勇者様の足を引っ張ってしまうかもしれない。もし、そんな結末を迎えていたのだとしたら、私はこの手紙上で謝罪することしかできません。ごめんなさい。


 それでも、私が身を捧げることでほんの少しでも勇者様のお役に立てたのであれば、私の役目は果たされたということになります。

 なのに、どうしてこんな手紙を残したのかと言うと、私は自分の中に芽生えたこの気持ちを勇者様に伝えておきたからです。

 最初は言葉にして伝えようかと思いましたが、大切な戦いの前に余計な感情を持ち込むのは憚られたので、こうして手紙を書くことにしました。


 私に課せられた役目とは関係のない気持ち……それは本来、余計な感情なのでしょう。

 だけど、私はこの気持を伝えずに尽きる覚悟はできませんでした。

 たとえ私の命が尽きても、この気持だけは勇者様に知ってほしいと思った。

 もし、そんな私の我儘を受け入れてくれるのであれば、どうかこの続きをお読みください。


 先ほど私は『役目』と書きましたが、私の役目とは勇者様をお守りすることです。

 私は、勇者様が転生する以前から、将来この地に降り立つであろう勇者の守り手として祖父に育てられてきました。

 それは、私の存在意義にも等しいものです。


 正直なところ、私はその役目を栄誉に思う一方で、多くの不安もありました。

 勇者様とは、いったいどんな人物なのだろうか。私なんかが役に立てるのだろうか。気難しい方だったらどうしよう。邪魔だと思われたらどうしよう。そんな不安を抱きながら、転生の儀が成功する日を向えました。


 そして、勇者様と初めてお会いした時、私はすごく安心しました。

 なぜなら、この地に転生して当惑していると語っていた勇者様が、とても人間らしく見えたからです。

 てっきり私は、勇者様は人間離れした高貴な戦士のような方だとばかり思っていました。

 でも、実際の勇者様は、私の幼馴染であるライン様に似た、お兄さんみたいな親しみやすさがありました。

 こんな書き方をすると失礼かもしれませんね。


 そんな勇者様は、異なる世界から呼び出され、戦った経験すらなかったにもかわらず、私達のために戦うと決心してくれた。

 勇者だから戦うのでなく、皆のためを思う勇者様の気持ちがそうさせたのでしょう。

 勇者様の持つ優しさを知る私には、それがなんとなくわかります。

 

 そんな勇者様の姿を見て、私は自分自身の戦う理由を考えさせられました。

 今までの私は、ただ漠然と勇者様を守るという己の役目にただ従っているだけでした。

 もちろん、その役目に重荷を感じることはあれど、疑問を抱いたことは一度だってありません。

 だけど、鍛錬しか積んでこなかった私は、己の役目が持つ本当の重みを理解していませんでした。

 

 初めて戦場に赴いた時、私は戦いの恐ろしさを知って自信を失いかけました。

 いくら努力を重ねたところで全ての戦いに勝てるわけではない。そんな当たり前の事実を目の当たりにし、敗北と死の恐怖に怯えました。

 それが、私の役目が持つ本当の重み……その時の私は、まだこの身を賭す覚悟ができていなかったんです。


 そんな私が、魔王討伐作戦を前にどうして戦う覚悟を決められたのか。

 それは、お守りすべき相手が他でもない勇者様だったからです。


 勇者様に、これだけは知っておいて欲しい。

 私は、役目を宛がわれたから戦おうと決意したわけじゃない。

 この身を賭してでも、勇者様をお守りしたいと思ったからこそ、戦う覚悟を決めたんです。


 なぜ勇者様なのか。

 勇者様がいずれ人類に平和をもたらす存在だから。勇者様がこの世界に必要な存在だから。そういう動機があるのも事実です。

 でも、本当のところは違う。


 私はただ、もっと勇者様のお傍にいたいと思った。

 勇者様とおしゃべりしたり、一緒に食事をしていたりするだけで、私は不思議と満たされていた。

 それがなぜなのか、自分でもよくわかりません。

 こんな気持ちになったのは、初めてだから……。


 以前私は、勇者様のことを『特別』だと言ったことがあると思います。

 もしかしたら、勇者様はその言葉を『勇者だから特別』という意味に捉えていたかもしれません。

 でも、本当のところは違うんです。


 勇者様は、私自身にとって特別な存在なんです。

 今まで出会ったことのない、特別な存在。かけがえのない存在。

 優しくて、強くて、ひたむきで、頼り甲斐があって、だけど少しマイペースなところがある。そんな勇者様が私は好きです。


 たとえ私がいなくなった後だったとしても、私はこの気持を伝えたかった。

 勇者様が特別で、かけがえのない存在だからこそ、私はこの身を捧げてでも守りたいと思った。

 役目なんか関係ない。大切だから守りたい。

 これが、私の気持ちの全てです。


 だからどうか、私が成したことを悲しまないでください。

 これは、私が自分で決めた道です。

 怖くないかと言えば嘘になる。だけど、迷いはありません。

 どうか、私の命が勇者様のお役に立つことを願います。




 そういえば、結局私は勇者様のことを名前でお呼びする機会がありませんでしたね。

 恐らく、最後の時まで私は勇者様のお名前を呼ぶことができないでしょう。


 でも、それでいいんです。

 この気持を伝え、そして己の役目を果たし終えたこの時まで、私はそれを取っておくことにしました。


 だから、最後にこう呼ばせてください。


 アキラ様へ

 ユーフラティアより

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