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63 生還

 その後アキラは、解放された一人の魔女ウィッチと共に魔王城を去った。


 なぜエレナードはアキラを助命したのか。その理由は、アキラ自身にもよくわからない。

 だが、仲間を失い、戦う理由さえも見失ったアキラにとっては、自身の命などどうでもいいことに思えた。

 小雪舞う曇天の中、魔女ウィッチに体を抱えられ箒に跨ったアキラは、テグリス王国に向うまでの間、ただひたすら後悔に苛まれていた。


 仮に、アキラが魔王エレナードを倒せていれば、もう少しマシな結果が訪れていただろう。

 魔物を邪悪な敵だと思い込んだまま、死んだ仲間達の無念を晴らした気になり、魔物に同情などせず人類のみの平和だけを目指すことができただろう。


 だが、現実はどうだ。

 魔王軍に敗北したアキラは、魔物と人間に本質的な差がないことを知った。

 今まで正義だと思い込んでいた戦いは、単なる種族間のいさかいに過ぎないことを知った。


 アキラはエレナードとの会話で、自分が今までやってきた戦いが魔物達の殺戮でしかなかったことに気付かされた。

 魔物と戦う人々の命を守るという使命感を抱いていながら、己が最も大切にすべき仲間達すら守ることができなかった。


 アキラは戦いという己の存在意義と、大切な仲間達を同時に失った。

 それは、アキラがこの世界で得たものを全て失ったに等しい。


 そして、テグリス王国に帰還したアキラに待ち受けていたのは、さらに皮肉な結末だった。



 * * *



 アキラが首都に帰還すると、王城には多くの兵士や市民が詰めかけており、勇者の帰還を盛大に称賛する声が上がった。

 当初アキラは、魔王討伐に成功したと勘違いされているのだと認識していたが、周囲の者に話を聞くと真相が明らかになった。


 アキラが魔王討伐に失敗したという情報は、先に離脱していた襲撃隊のメンバーによって事前にもたらされていたらしい。

 しかしながら、尊い犠牲を払いつつ四大将軍三体を撃破したという戦果も報告されており、テグリス王国は襲撃作戦を部分的な成功と認識していたのだ。


 当然ながら、のこのこと自分だけ逃げ出してきたと認識しているアキラは、沸き立つ国内のムードに強烈なギャップを感じた。

 そして、しばしの休息を挟み、国王と謁見したアキラは力強く訴えた。


「俺は魔王を討てませんでした。それに、多くの仲間を失い、自分だけ魔王城から逃げ出した……そんな俺が称賛されるのは間違ってます!」


 だが、アキラの言葉に国王は耳を傾けなかった。

 むしろ犠牲が出たのは想定の範囲内であり、貴重な戦力であるアキラが生きて帰ってきたことは僥倖だという言葉を返された。


 テグリス王国としては、肝入りの襲撃作戦が失敗したとは認められない事情があることは理解できる。

 それでも、ラインやユフィのように死した者達がまるで必要な犠牲であったかのような雰囲気をアキラは内心で認めることができなかった。


 その後、アキラは王宮内で魔術大臣と会話する機会があった。

 彼は、ユフィの唯一とも言える身内ということもあり、アキラは彼に対し深く謝罪の意を示した。


 だが、アキラの謝罪を受けた魔術大臣は一切悲しむ様子もなく、むしろ満足げな様子でこんな言葉を返してきた。


「アキラ様がご帰還なされたということは、ユーフラティアがしっかりと己の役目を果たしたということなのでしょう。何も悲しむことはございません。新たな仲間が必要なのであれば、こちらで工面いたしましょう」


 アキラは、孫娘の死に対して飄々としていられる魔術大臣の態度が信じられなかった。

 同時にアキラは、魔術大臣の言う『役目』という言葉が気にかかった。


「役目……ユフィの役目って、一体どういうことですか」


「ユーフラティアは、その身を犠牲にしてでもアキラ様をお守りする役目を帯びていました。優秀な我が孫娘を失ったのは惜しいですが、国の至宝であるアキラ様の命には代えられません。また新たなしもべがアキラ様の盾となりましょう」

 

(この男は何を言っているんだ。俺の命には代えられない? 実の孫娘が死んでも、俺が助かればそれでいいと言いたいのか)

 

 アキラはそれ以上、魔術大臣と会話する気にもならなかった。


 その後アキラは、国王の提案した『勇者凱旋パレード』の提案を頑なに断り、宛がわれた自室へと引き籠った。

 窓から日差しの射し込む広すぎる部屋の中で、ベッドにうずくまったアキラは、ただひたすらエレナードと交した会話について考えた。


――人も魔物も、誰かを守るために誰かの大切な人を殺すのよ。


 とりわけ、アキラはその言葉を何度も頭の中で反芻した。


 言葉の解釈を変えれば、誰かを守るためには誰かの死が必要になるともとれる。

 そう考えると、人類か魔物はどちらか一方が滅びるまで戦い続ける必要があるということになる。

 そして、現状は人類も魔物もそう認識しているのだろう。


 ラインやユフィ、それに多くの人類や魔物も、そんな戦いの中で命を落としていった。

 他に道はなかったのだろうか。誰かの大切な人を殺さずに済む方法はなかったのだろうか。

 アキラは、ただひたすらそんなことを考え続けた。


 そんな時、アキラの部屋に一人の来訪者が現れた。

 アキラの下を訪れたのは、一人の若い魔女ウィッチだ。

 彼女は、意気消沈するアキラに対し、一通の手紙を差し出した。


「これは、あの戦いに行く前、ユフィが私に預けていたものです。もしユフィが帰らなければ、これをアキラ様に渡してほしいと……」


 ユフィからの手紙――アキラはその言葉を聞いたとたん、まるで奪うようにその手紙を受け取った。


 そして、手紙を渡してくれた魔女ウィッチが去った後、一人となったアキラは何かに縋るような思いでユフィからの手紙を開封した。

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