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62 信念

 泣き崩れるアキラの前で、話はついたと判断したヴォルガは一歩前に出る。


「所詮、勇者の志とはその程度のものだったらしいな。後悔の中で死んでいくがよい」


 そう告げたヴォルガは、背中から引き抜いた戦斧バトルアックスをアキラの前で振り上げる。


「待ちなさい。私は殺せなんて命じてないし、戦う意思を失った相手を殺す気はないわ。だけど、コイツがまだ私と戦う気でいるなら、私が直々に手を下すわ」


「エレナード様がお手を汚す必要はありません。ここは己にお任せを」


「私の手は、既に多くの者達が流した血で汚れているわ。間接的に多くの者を殺めている私が、直接敵を殺すことを躊躇ためらうようでは、皆に示しがつかないでしょ。さあ、アンタはまだ私と戦う気があるの?」


 エレナードの問いに対し、アキラは俯いたまま絞り出すように声を放つ。


「俺にはもう、戦う理由はない……後は、お前達の好きにしてくれ……」


「私と戦う理由はもう無くなった。その言葉に、嘘偽りはないわね?」


 両手を地面につけたアキラは、全てを諦めたかのように頷く。

 その姿を見届けたエレナードは、一呼吸おいてからヴォルガに視線を向けた。


「ヴォルガ。確か捕虜に何人か魔女ウィッチがいたわね。そのうち一人を送迎役にして、コイツを祖国へ返してやりなさい」


 ヴォルガは驚いた様子で声を荒げる。


「エレナード様! この男は同志達の仇です! それをみすみす逃がすなど、死んだ者達に顔向けができません!」


「さっき言ったはずよ。私は憎しみで戦争をしてるわけじゃない。戦う意思を失った者を殺す意味はないわ」


「だとしても、この男を生かしておけば、いずれ我が国にとっての脅威と成り得ます! 戦う意思を失ったなど、口先では何とでも言える!」


「そうかもしれない。だけど、これは私の信念の問題でもあるの。今ここで私が復讐のためにコイツを殺せば、魔物達を守るために戦うという私の信念は揺らいでしまう」


「ならば、己が手を下すまでのことッ!」


 次の瞬間、ヴォルガの戦斧バトルアックはアキラ目がけて振り下ろされる。

 だが、その攻撃はエレナードが展開した防御魔法によって寸前で防がれた。


「なぜです! エレナード様は悔しくないのですか! ドヴィナ、アムール、トヴェルツァを殺され、悔しくないのですか!」


「悔しい……悔しいにきまってるじゃない! だけど、それは私個人の感情でしかない。魔王である私は、魔王としての信念を貫くために、剣を下ろした者を殺すわけにはいかないのよ」


 そんな言葉を受け、ヴォルガは未だ興奮しつつも振り下ろした戦斧バトルアックを再び担ぎ上げる。

 すると、エレナードは地面に手をつくアキラの下に近づき、そのまま屈んで回復魔法をかけてやった。


 そんなエレナードを前に、顔を上げたアキラは当惑した様子で声を絞り出す。


「どうして、俺を殺さないんだ……」


「昔、アンタみたいに先代魔王に挑んだ勇者がいたの。その勇者は私のお父様に負けて死を望んだけど、お父様は彼にとどめを刺さなかった。今の私には、お父様が彼を殺さなかった理由がわかる気がするのよ……」


 そう告げて最低限の回復魔法をかけ終えたエレナードは、静かに立ち上がってアキラを見下ろす。


「さっきも言った通り、私は戦う意思を失ったものを殺さない。だけど、これは慈悲じゃない。アンタが再び戦う意思を持ったなら、私は容赦なくアンタを殺す。それだけは忘れないで頂戴」


 それだけ言い終えたエレナードは、視線をヴォルガに移して指示を出す。


「ヴォルガ。さっき言った通り、コイツを解放する手配をしなさい。私の命令が聞けないようなら、他の部下に頼むわ」


「……仰せのままに」


 ヴォルガは、どこか感情の読めない表情で淡々と返事をする。

 そして、アキラの体を抱えて素直に玉座の間を後にした。



 * * *



 アキラを抱えたヴォルガが玉座の間を去ってしばらくすると、エニセイがエレナードの元を訪ねてきた。

 玉座の前で恭しく跪いたエニセイは、相変わらず長い舌をゆらしながら報告を述べる。


「エレナード様にご報告申し上げます。我が城内に侵入した敵は全て迎撃に成功し、脅威は完全に排除されました。城内戦における被害は殆どありませんでしたが、勇者の迎撃に当たった四大将軍ドヴィナ様、アムール様、トヴェルツァ様は、残念ながら……」


「四大将軍達の戦死は確認がとれてるの?」


「はっ。アムール様とトヴェルツァ様は既に回収しております。しかし、魔力暴走に巻き込まれたと思われるドヴィナ様の肉体は殆どが喪失しており、身につけていたものの一部しか発見できておりませんで……」


「そう」

 

 淡々と返事をしたエレナードは、部下達の死か確実であるという報告に対し、普段通りの態度で応じる。


「一応、城内に敵が残っていないか再確認させなさい。戦死者弔いの準備は、もう少し状況が落ち着くまで後回しにしてもいいわ。四大将軍の戦死なら、略式葬というわけにはいかないものね」


 そう言い終えたところで、エレナードは不意に玉座から立ち上がる。


「お出かけでしょうか?」


「奥部屋で喪失した四大将軍の補強案を練ってくるわ。資料を見ながら集中してやりたいの。勇者襲撃戦の後処理は、特に懸案事項がないようなら、細かいことはアンタに任せる」


「左様ですか。四大将軍の喪失は我が軍にとって手痛い打撃ですからな。仰せの通り後処理は私の方で進めますので、ご心配には及びません。では、これにて失礼します」


 そう告げたエニセイは、いそいそと部屋を後にする。

 そして、独りとなったエレナードは、先ほど告げた言葉通り玉座の間の奥にある寝室兼自室へと足を運んだ。


 手狭な室内は積み上げられた本や書類に埋め尽くされているが、調度品は棚とデスク、ベッド以外に見当たらない。

 そんな雑多だがシンプルな空間が、エレナードにとって唯一とも言えるプライベートな領域だ。


 本の山を避けて室内を進んだエレナードは、窓際に置かれたベッドへ吸い込まれるかのように顔を埋める。

 そのまま、まるで息絶えたかのように身動きを取らなくなった。


 しばらくすると、エレナードの肩がわずかに震え始める。

 そして、息を殺したような嗚咽が静かな室内に響き渡った。

 

 とめどなく流れる涙が、純白の布を濡らしていく。

 エレナードは今まで必死に泣くのを我慢していたが、一度放たれた悲痛な嗚咽を止めることはできなかった。

 その涙は、アキラに討たれた仲間達の死を嘆くものだ。


 とりわけ、ドヴィナの死はエレナードにとって耐えがたいショックを与えた。

 古参であるドヴィナは、ヴォルガと同じくエレナードが幼い頃から傍にいた幹部の一人だ。

 ヴォルガほど長い時間を共にしてはいないが、身内の少ないエレナードにとっては家族にも等しい存在だ。


 悪ふざけが過ぎるのも、ドヴィナなりのスキンシップだということを、エレナードはちゃんと理解していた。

 畏まる部下達の中で、ドヴィナだけはエレナードに対する親しみをストレートに表現してくれた。


 そんなドヴィナは、他でもないエレナードを守るために命を落とした。

 ドヴィナだけではない。戦いが続く限り多くの魔物達が命を落とし、エレナードにとって大切なモノが失われていく。


 エレナードが命じれば、部下達は命を賭して戦いに身を投じる。

 それが魔王である自身の役目だと分かっていても、己の判断が部下達を殺しているのだという自責の念をエレナードは拭い去ることができなかった。


 いつまでこんなことを続ければいいのか。

 たまらず、そんな弱音を漏らしてしまいそうになる。

 それでも、エレナードは魔王でいることを止めるわけにはいかない。

 この国のためにも、魔物達のためにも、エレナードは魔王でいつづけなければならない。


 そんなエレナードも、今この時ばかりは仲間の死を嘆き悲しむことしかできなかった。

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