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61 戦いの本質

 己の信じてきた正義が揺らぎ始めたアキラに対し、エレナードはこんな問いを投げかける。


「それじゃ、私からも聞かせてもらうけど、多くの犠牲を払いここまできたアンタは、一体何のために戦うの?」


 何のために戦うか――アキラは、幾度かそんな疑問を抱いたことがある。

 そんなアキラが導き出した答えは、至極単純なものだ。


「俺は、魔物との戦いで多くの人が命を落とさないよう……魔物との戦争を終わらせるために、戦ってきた」


「人類の安寧を盤石なものにするため、魔物達を皆殺しにしようってことね。まあ、特に疑問のない答えね」


 その言い回しに、アキラは力強く反論する。


「違う! 魔物達を殺すのが目的じゃない! 俺は、俺は皆のために……」


「だけどアンタが多くの魔物を殺した事実に変わりはない。()()()()()()尊い魔物達を、数え切れないほど殺してきた。私はそれを恨みはするけど、狂っているとは思わないわ。私だって、戦争を指揮して多くの人類を殺めてきたもの。お互い様よ」


 エレナードの言葉通り、アキラは数え切れないほどの魔物達を殺めてきた。

 最初こそ、その行為に抵抗があった。しかし、平和のためという大義を得てからは、魔物を殺すことを躊躇ためらわなくなった。


 はたしてそれは、正しい行為だったのか。

 アキラの抱いていた正義と信念は、徐々に揺らぎ始める。


「結局、アンタみたいに魔物を殲滅しなければ平和は訪れないと人類が思い込んでいる限り、戦いは終わらないのかもね。相容あいいれない種族同士、いつか訪れる平和を夢見てどちらか一方が滅ぶまで戦いを続ける……皮肉なものね」


「お前達魔物は、人類と共存するという道を考えないのか」


 苦し紛れなアキラの問いに対し、エレナードは露骨に眉をひそめる。


「それは私のセリフよ……と、言いたいところだけど、魔物達も人類との共存なんて御免だって考えてる連中が大多数なのは事実ね。だけど、アンタ達だって同じでしょ? 魔物とニコニコ手を繋いで暮らしましょうなんて主張する人類種ヒューマンなんているの?」


 アキラは今まで、魔物と宥和しようという考えを持つ者に出会ったことがない。

 大多数の人類にとって、魔物は滅ぼすべき敵だ。


 アキラの沈黙に対し、小さくため息をついたエレナードは静かに言葉を続ける。


「ちょどいい機会だから、アンタに面白い話をしてあげるわ。私はここ最近、戦争という行為について色々と考えた。破壊と殺戮しか生まない忌避すべき戦争が、なぜ起きるのか……人類との戦いが続く中で、私はその答えを探し求めた」


 アキラは、沈黙を守ってエレナードの言葉に耳を傾ける。


「最初私は、憎しみが戦争を起こすんだと思ってた。相手が憎いから追いやりたいと思う、殺したいと思う……それなりに、自然な考えよね。だけど、人も魔物も、ただ相手が憎いというだけで自分の命を賭けようと思うかしら? 戦いに赴く兵士達は、皆そんな憎しみを抱いていたかしら?」


 さらに沈黙で応じるアキラに対し、エレナードは再び問いを投げかける。


「アンタはどう? 私の可愛らしい姿を見て驚いたアンタは、魔王である私が殺したいほど憎くくてここに来たの?」


「それは違う……俺は、憎しみにで戦っていたわけじゃない」


「そうね。アンタはさっき、()()()()()、と言っていた。魔王として戦争を指揮する私だってそう。人類が憎いから戦っているわけじゃない。この国に住まう魔物達のために戦っているのよ」


 そう告げたエレナードは、玉座から立ち上がり、両手を大きく広げて見せる。


「その本質は魔物も人も同じ。兵士達は、共同体を守るために命を賭して戦っている。共同体とは言っても、国みたいな大それたものじゃない。共同体に内包される、家族や仲間、自分の居場所といった、()()()()()を守るために戦う勇気を振り絞っているのよ」


「大切な、モノ……」


「そう。誰もが、大切なモノを失うことを恐れている。戦いに赴く者達は、憎しみよりも強い畏怖いふという感情に突き動かされている。戦わなければ大切なモノが失われる……そう感じた時、人も魔物も勇気を振り絞って剣を握るのよ」


 その言葉は、いくらかアキラを納得させるものだった。

 アキラが戦おうと決意した動機も、つまるところ魔物達に人類の平和が脅かされると感じたからだ。


 だが、アキラにとって本当に大切なモノとは、人類の平和などという大それたものだったのだろうか。

 転生者であるアキラにとって、この世界やテグリス王国はそれほど強い思い入れのある場所ではない。


 そんなアキラは、ラインやユフィのような仲間を得て、初めてこの世界との繋がりを得た。

 その考えに至った刹那、アキラは気付いてしまった。


 アキラがこの世界で最も大切に思う存在は、ラインやユフィのような仲間達だった。

 彼らの命を尊く思うからこそ、彼らの死に直面したアキラは魔王の討伐という使命に縋った。

 己の使命を果たすことが、死んでいった者達の酬いになると思い込んでいた。


 だが、実際はどうだ。

 大切な仲間を失ったアキラが魔王討伐を果たしたところで、一体何になる。

 魔王の喪失により勢いをつけた人類が魔物を殲滅し、平和が訪れたとして、アキラには一体何が残る。


 英雄になることが慰めになるのか。

 死んだ者達を忘れ去り、平和に暮らすことが慰めになるのか。


 そんな自分本意な考えは、アキラのエゴかもしれない。

 だとしても、アキラは戦争の道具ではなく、感情を持った一人の人間だ。

 

 そんなアキラは、今になって己が最も大切に()()()()()()モノに気付いた。


「俺にとって、本当に大切なモノは、仲間達だった……どうして俺は、そんなことに気付かなかったんだ……」


 不意に泣き崩れるアキラを前に、エレナードはどこか憐れむような視線を向ける。


「私の仲間を殺しておいて、今さら自分の仲間の死を嘆くなんて随分と身勝手なのね。だけど、これでアンタにも戦いの本質ってものがわかったでしょ。人も魔物も、誰かを守るために誰かの大切な人を殺すのよ」


 アキラはとめどなく涙を流す。

 絶望と後悔に打ちひしがれ、力を得て戦いの道具となった己の存在を呪い続ける。


 そんなアキラの嗚咽は、無音となった空間で静かに響き続けた。

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