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57 魔王城屋上決戦3

 満身創痍となったユフィの前で、ドヴィナは攻撃の矛先をアキラへと向ける。

 トヴェルツァとの戦いに集中するアキラは、ドヴィナの放った針の群れに気づくことができない。


「勇者様ッ!」


 ユフィは咄嗟に叫ぶ。

 だが、小雪舞う空に轟くその叫びは、もはや何の意味も持たない。


 針の群れは瞬く間にアキラへと迫る。

 だが、その攻撃がアキラに届くことはなかった。


 攻撃に気づいたラインが、とっさにアキラを突き飛ばして庇ったのだ。

 勢いのついた鋭利な針の群れは、容赦なくラインの体を貫いていく。


 その光景は、ユフィにとって悪夢でしかなった。


「あら、オマケの方に当たっちゃった。次は外さないわよぉ」


「あっ、ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 頭の中がぐしゃぐしゃになったユフィは、悲痛な叫びを上げながらドヴィナへ向けてがむしゃらに突進する。


「どうやら、愛しの勇者様より先に死にたいようね。それじゃ、ご希望通りとどめを刺してあげるわ」


 ドヴィナの言葉通り、単調な突進を敢行したユフィは、手も足も出ないままドヴィナの槍に貫かれる。

 自慢のローブは赤く染まり、噴出した鮮血はドヴィナの体を汚していく。


 それでもユフィは、箒に速度を乗せたままドヴィナの体にしがみついた。


「なっ! しぶとい女ね!」


 ドヴィナに密着したユフィは、薄れゆく意識の中でぼんやりと考えを巡らせる。


(そうだ。最初からこうすればよかったんだ。私にはこれくらいしかできないのに、何やってるんだろう)


「アハッ! もう攻撃魔法を使う余力もないのね! なら八つ裂きに――」


(ライン様ごめんなさい。全部、私の覚悟が足りなかったせい。でも、それでも、勇者様なら、きっと魔王を――)


 次の瞬間、ユフィの胸元から強烈な赤い閃光が放たれる。

 その光を放ったのは、ユフィが身につけている赤い宝石だ。


――この宝石には、体内に残る魔力を一気に放出する術式が込められている。もし、己の魔術では対抗できない敵が現れ、アキラ様の身に危険が及んだ時は迷わず使いなさい。


 この戦いに赴く前、ユフィは祖父である魔術大臣にそう告げられた。


「アナタ、まさかっ!」


(私は勇者様を守るために育てられてきた。だけど、今までの私は勇者様に守られてばっかりだった。強くて優しい勇者様に、甘えていたんだ)


 ユフィの不穏な行動に驚愕したドヴィナは、たまらず己の尻尾を抜いて新たな槍を生成する。

 そして、体に縋りつくユフィの背中に向けて何度も槍を突き立てた。


 それでもユフィの腕に込められた渾身の力が緩むことはない。


(やっぱり、私には勇者様と一緒に戦う資格なんてなかったんだ。最初からこうするために、私は生まれてきたんだ。だけど、こんな時に最後の我儘を言っていいなら――)


「いやあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


(もう少しだけ、勇者様と一緒にいたかった)


 次の瞬間、ユフィの体はドヴィナと共に一際強烈な閃光に包まれていった。



 * * *



 ラインに突き飛ばされたアキラは、たまらず上空に目を奪われる。

 そこには、目を眩ませるほどの閃光を放つ爆炎が広がっていた。


 爆炎が広がるほんの少し前、奇声のような悲鳴を耳にして上空を見上げたアキラは、そこで何が起きたのかをはっきりと目に焼き付けていた。


 今しがた空を覆いつくしている爆炎の中心には、間違いなくはユフィとドヴィナがいた。

 白いローブを赤く染めたユフィの体は、ドヴィナが突き立てた槍に貫かれていた。

 そんな状況に置かれたユフィが何をしたのか、考えるまでもない。


 目の前で起きたことに理解が追いつかないアキラは、煌々と赤い炎を広げる爆炎をただ茫然と見つめる。


「アキラアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!」


 すると、不意に放たれたラインの怒号によってアキラは我に返る。

 視線を上空から地上へと戻すと、そこにはトヴェルツァと対峙するラインの背中が映り込む。

 ドヴィナの放った無数の針に貫かれたラインの背中は深紅に染まり、足元には血溜まりが広がっていく。

 そして、トヴェルツァの握る剣は、ラインの急所へ突き立てられていた。

 

 そんな状況下で、ラインは不意に後ろを振り向き、アキラへと視線を向ける。

 ラインは致命傷を負っているにもかかわらず、その表情はどこか達観したように落ち着いていた。


「魔王を倒せるのは、お前しか、いねぇんだ……こんなところで、ぼうっとしてる暇は、ない、ぜ……」


 次の瞬間、ラインはアキラに視線を向けたまま、トヴェルツァに胸を斬り裂かれる。

 その光景は、もはやアキラにとって現実感が伴わなかった。


 膝を折り横たわるラインの前で、トヴェルツァは剣についた血糊を淡々と払う。


「残るは貴様ただ一人だ。仲間は死に絶え、孤独になり、それでも私に立ち向かう気概が貴様にはあるか?」


 仲間の死――ラインも、ユフィも死んだ。

 アキラは、その現実を受け入れることができない。


 ついさっきまで言葉を交し、共に戦っていた仲間が失われたという、単純な事実を受け入れることができない。

 なぜ、ラインとユフィは命を落としたのか。

 そもそも、ラインとユフィは死ぬ必要があったのか。


 この作戦は、魔王を討つために決行された。

 何のために魔王を討つのか。

 テグリス王国のため。人類のため。


 そんな目的のために、ラインとユフィは命を落とした。

 果たしてそれは、正しい結果だったのだろうか。

 それとも、単に無謀なだけだったのだろうか。

 そんなとりとめもない考えがアキラの頭の中を巡り、思考と感情と掻き乱していく。


 そして、茫然と立ち尽くすアキラの前に、いつの間にかトヴェルツァが歩み寄っていた。

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