56 魔王城屋上決戦2
時は少し遡る。
ドヴィナの突撃に合わせて箒に跨ったユフィは、地面を蹴って空中戦に移行していた。
ユフィは、なるべくドヴィナを屋上から引き離すため、速度を上げて上空に駆け昇る。
対するドヴィナは、ユフィの思惑に乗る形で後に続く。
未だ激しい大空戦が続く魔王城上空で対峙した二人は、視線を交わして間合いをはかる。
キッと目を細め真剣な眼差しを向けるユフィに対し、ドヴィナは相変わらず笑みを浮かべて楽しげな様子だ。
「私を誘い出してあの二人をトヴェルツァ相手に集中させたつもりなんでしょうけど、アナタがすぐに負けちゃったら意味ないわよぉ。それにぃ、アナタが逃げ続けるようなら、私はいつでもあの二人にちょっかいを出せるんだから」
そう告げたドヴィナは、地上で戦う二人に向けて片手をかざし、何らかの攻撃を繰り出そうとする。
「サンダーショットっ!」
だが、その動作は素早く放たれたユフィの電撃魔法を回避する形で阻止された。
「フフ、やる気満々ねぇ。でもぉ、直線的な飛び道具が私に当たると思ったら大間違いよ」
そんなセリフを聞きながら、ユフィは己の懐をまさぐって遠隔魔法を込めた小瓶の数を確認する。
残る小瓶は一つ。加えて、長距離飛行と空中戦で消耗した魔力も残りが限られている。
それらの状況を鑑みれば、なるべく短時間でドヴィナを倒し、アキラとラインのサポートに回るのが得策だ。
しかし、ドヴィナがそれほど甘くない相手であることは、ユフィ自身も重々承知している。
とにかく全身全霊で挑む。それ以外に、勝機はない。
「私は、戦場でへらへらと笑っていられるような人に負けません」
「これは余裕ってやつよ。戦いでは、少し肩の力を抜いているくらいが一番実力を出せるものよ。それに私は、アナタみたない必死な女がぁ……大嫌いなのよっ!」
ドヴィナが声を荒げた刹那、上空にばら撒かれた無数の針がユフィに迫る。
それを合図に箒を加速させたユフィは、あえてドヴィナに向けて突っ込む形で突き進む。
すると、ドヴィナは空中に放った針とは別に己の尻尾を抜いてもう一本の槍を生成し、身構えた。
「あらあら、武器も無しでどうやって攻撃するつもりなのかしらっと!」
「サンダースパークっ!」
互いが高速ですれ違うと同時に「、ユフィの放った電撃魔法は空を切る。
逆に、ドヴィナの振るった槍先はユフィの体を掠めていた。
かすかな鮮血がほとばしる空間で、先制攻撃を決めたドヴィナはニヤリと口を歪める。
だが、次の瞬間ドヴィナはすれ違いざまに投下された小瓶の放つ爆炎魔法に巻き込まれていた。
衝撃により空中でのけぞったドヴィナはすぐさま体勢を立て直し、すれ違って行くユフィを追いかける。
「ッ……やってくれるじゃない!」
翼をはためかせた速度を上げたドヴィナは、無数の針をユフィに差し向ける。
対するユフィは高速移動と急旋回を組み合わせた複雑な機動で回避を試みるが、四方八方から迫る針の群れを全てかわしきることができない。
そのうち何本かの針がユフィの体をかすめ、白いローブ越しに体を切り裂いていく。
「キャハハ! 白いローブは血が映えていいわねぇ! そのまま全身を真っ赤に染め上げてあげるわ!」
ユフィほどの実力者であれば、防御魔法で針の群れを耐え凌ぐことはできる。
だが、防御はその場しのぎにしかならず、いたずらに魔力を消耗するだけの選択肢だ。
だからこそ、ユフィは致命傷を負う前に反撃を試みる他ない。
「サンダーショットっ!」
周囲にまとわりつく針をかわしながら、再びドヴィナに向けて突進したユフィは無数の電撃弾を空中にばら撒く。
しかし、いくら手数を増やしたところで直線的な攻撃は簡単に回避されてしまう。
それでもユフィは全速で突進を続け、再び近接攻撃を試みる様子だ。
「随分と攻撃が単調ね……こんどこそ串刺しにしてあげるわ」
(これが、最後の賭け!)
槍を構えたドヴィナを前に、ユフィはノーモーションで事前に放った布石に魔力を送る。
すると、先ほどドヴィナの脇を通り過ぎていった電撃弾のうち一つが、方向を変えてドヴィナの背後に迫った。
次の瞬間、目の前のユフィに集中するドヴィナの背中に、本命の電撃弾が直撃する。
「ああああぁぁぁぁっ、あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
魔法攻撃の直撃を受けて体を激しくのけ反らせるドヴィナに向け、ユフィはとどめの一撃を放とうとする。
「サンダアアアァァァ――」
だが、ユフィが片手をかざし詠唱を続ける刹那、眼前に迫ったドヴィナは瞬時に体勢を立て直し、不敵に口を歪める。
ユフィはその様子に驚愕の表情を浮かべながらも、突撃を中断することはできなかった。
そして、槍を突き立てたドヴィナはすれ違い様で囁くように呟く。
「こんな演技も見抜けないようじゃ、どうあがいても私に勝てないわよ」
「ッ、あああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
交錯する二人の間に赤々とした鮮血がほとばしる。
ドヴィナの突き立てた槍は、ユフィの脇腹を抉った。
咄嗟に体を反らしたお陰で串刺しはまぬがれたが、その出血量は白いローブを一瞬で赤く染め上げてしまうほどだ。
たまらず箒の上でよろめいたユフィはすぐに体勢を立て直そうとしたが、上手く体に力が入らない。
それでも必死に飛行魔法を維持し、再びドヴィナと対峙する。
胸は張り裂けそうなほど高鳴り、全身が痙攣するような感覚に襲われるが、不思議と瞼が重くなってくる。
気を許せば、今にも気絶してしまいそうだ。
「その様子じゃ、飛んでるだけで精いっぱいって様子ね。もう終わりなんて残念だわぁー」
そんな言葉を吐くドヴィナを前に、ユフィは薄れゆく意識の中で絶望に苛まれる。
(やっぱり私じゃ勝てない。所詮これが、私の実力なんだ……)
もはや、反撃の手立てはない。
そんな状況下で、心底楽しそうに微笑むドヴィナはふと下方に視線を送る。
「せっかくだからぁ、その顔をもっと絶望の色に染めてあげるわ。アナタはそこで、愛しの勇者様がやられる光景でも見てなさい!」
次の瞬間、ドヴィナはユフィにまとわりつかせていた針の群れを、屋上で戦いを続けるアキラに差し向けた。




