55 魔王城屋上決戦
姉御肌の魔女が放った最後の一撃を軽くあしらったドヴィナは、邪悪な笑みを浮かべてアキラ、ライン、ユフィに視線を向ける。
「うーん、綺麗な花火だったわねぇ。さぁて、アナタ達もああなりたくなければ、今すぐここを去りなさい。さもなくば、あのコが体験した死よりもっと恐ろしい地獄を味あわせてア・ゲ・ル。それが、私達に仇なす者が辿る運命よ」
ドヴィナがそんな言葉を告げた刹那、不意にラインが雄叫びをあげて突進を始める。
その巨漢からは考えられないほどの勢いを持つ、全力の突進だ。
だが、ラインの突撃はドヴィナの前に躍り出たトヴェルツァによって瞬時に阻止される。
刃を交えた剣と剣が甲高い金属音を奏でる中、ラインの間近で視線を交すトヴェルツァは、一切怯むことなく静かに口を開く。
「仲間の死を目の当たりにして動揺するとは、戦士としては二流だな……その程度の覚悟では、我々に勝つことはできんぞ」
「黙れッ! 魔物に寝返ったテメェに何がわかるッ!」
トヴェルツァは交わる剣を力づくで押し込み、ラインを軽く突き飛ばす。
「逆に聞くが、貴様には魔物の何がわかる? 魔物とて、この地に生を受けた存在に変わりはない。人と魔物の間に、何の差がある?」
「黙れッ!」
ラインはバスタードソードを上段に構え、重みのある剣撃を繰り出す。
対するトヴェルツァは、その重みを受け流すように剣を滑らせ、隙を見せたラインの脇腹に強烈な蹴りを食らわす。
それは、巨漢のラインが吹き飛ばされるほどの威力だ。
「二流の相手をしている暇はない。私の相手は、勇者アキラただ一人だ」
視線を向けられて我に返ったアキラは、すかさず剣を構えて戦闘態勢を取る。
「おっと、私のことを忘れてもらっちゃ困るわぁ」
すると、ドヴィナのセリフと共に無数の針がアキラの下に迫る。
「サンダースパークっ!」
だが、ドヴィナの不意打ちはユフィの電撃魔法によって直前で迎撃された。
「私のことを忘れてもらっても困ります。女淫魔の相手は私に任せて、アキラ様とライン様はトヴェルツァの相手に集中してください」
「あらあらぁ? それは私にとっても都合がいいわねぇ。せっかくだからぁ、アナタにはこの前のお礼をたっぷりしてあげるわ!」
その刹那、地面を蹴ったドヴィナは凄まじい速度でユフィの下に迫る。
同時にユフィも箒で飛び立ち、二人は空中戦へと移行する。
そして、地上に残るアキラとラインは、ユフィの思惑通り二対一でトヴェルツァと対峙する形になった。
ラインの隣に躍り出たアキラは、腰を低くしてトヴェルツァに鋭い視線を向ける。
「俺たちの最終目標は魔王だ。悪いが、二対一で押し通らせてもらうぞ」
「一人だろうと二人だろうと関係ない。我が国に仇なす者は斬る。ただそれだけだ」
そう告げたトヴェルツァは、ゆっくりと剣を下ろし、およそ戦いの構えとは言えない脱力した佇まいを見せる。
あえて隙を見せることで、アキラとラインを誘っているのだ。
「そっちがその気なら、俺たちゃ容赦しないぜ!」
アキラと視線を交わしたラインは、一気に踏み込んで正面からトヴェルツァに斬りかかる。
同時に、アキラも地面を蹴り、脇に回り込む形でトヴェルツァに迫った。
瞬時に剣と剣が交わり、激しい斬り合いが幕を開ける。
アキラとラインは剣筋をずらし、なるべく交互に攻撃を繰り出し手数を稼ぐ。
対するトヴェルツァは、剣を用いた防御を最小限に抑え、素早い身のこなしで交錯する剣撃を華麗に回避していく。
アキラは、初めてトヴェルツァと対峙したあの日から今日まで、厳しい特訓を欠かさなかった。
アキラ自身も、剣技に限って言えば、その力量は数段上がったと自覚している。
だが、改めてトヴェルツァと剣を交えると、想像以上に実力差があることを思い知らされる。
アキラとラインは、持ち前の感覚で二手三手先を読んで攻撃を繰り出しているが、トヴェルツァの動きはその更に先を行っている。
牽制となる剣撃の後に隙を突いた本命を繰り出しても、その空間にトヴェルツァは存在しない。
むしろ、思わぬ方向から反撃が飛び出してくる。
トヴェルツァの攻撃方法は単純な剣撃に限らず、蹴りや掌打といった打撃に加え、接近戦に特化した風魔法や電撃魔法をまじえてくる。
アキラとラインは何度も手痛い反撃をお見舞いされたが、それでも膝を折ることなく攻撃の手を休めなかった。
次第に息が荒くなり、手に握る剣の柄は腕から流れた血で赤く染まる。
剣を振るう度に体のどこかで血の飛沫がほとばしり、ダメージを受けた部位が悲鳴を上げる。
対するトヴェルツァも無傷というわけにはいかないが、有効な攻撃は殆ど与えられていないのが現状だ。
このままでは埒が明かないと感じたアキラは、必死に剣を振るいつつ考えを巡らせる。
何か状況を打開できる手はないか、脳をフル回転させて逆転の可能性を模索する。
だが、どんな状況をシミュレートしてみても、最後には己の胸が貫かれる光景が頭をよぎる。
そうこうしているうちに、事態は最悪の方向へと動き出した。
「――」
ふと、上空で誰かが叫ぶような声が耳に入る。
次の瞬間、アキラはなぜか仲間であるはずのラインに体を突き飛ばされた。
「ぐおッ!」
低いうなり声をあげたのは、突き飛ばされたアキラの方ではない。
混乱したアキラは尻餅をつきながら急いで顔を上げる。
すると、そこにはドヴィナの操る無数の針が突き刺さったラインが立ちすくんでいた。




