54 犠牲
魔王城に迫る一行も、屋上で待ち構えるドヴィナとトヴェルツァの姿を捉えていた。
敵は既に何らかの動きを見せ、攻撃を繰り出している。
その兆候をいち早く察知したアキラは、すぐさま声を上げた。
「ユフィ! シールド!」
ユフィには敵の攻撃が見えていなかったが、アキラの指示に従い即座に防御魔法を展開する。
すると、凄まじい速度で迫ってきた風の塊が瞬時に防御魔法へ衝突した。
「きゃっ!」
ユフィはたまらず悲鳴を上げたが、ギリギリのタイミングで防御には成功した。
一方、ラインと姉御肌の魔女の下にもドヴィナの攻撃が迫る。
「こっちもシールドだ!」
「言われなくたってっ!」
ラインの言葉に応じ、姉御肌の魔女も防御魔法を展開する。
だが、ドヴィナの放った針の群れは直線的な機動で迫らず、まるで防御魔法を鷲掴みするかのように食らいつく。
「ちょっと、何よこれ!」
防御魔法に張り付いた無数の針は、掴んだ獲物を握り潰すかのようにじわじわと力を増していく
「やばっ……これ、耐えきれない……!」
次の瞬間、二人を守っていた防御魔法は粉々に粉砕し、遮るものがなくなった無数の針が一挙に襲いかかる。
「クソッ!」
ラインはすかさずバスタードソードを振るい、周囲に迫る針を弾き返す。
だが、防ぎきれなかった針は容赦なく二人に襲いかかった。
鎧を纏い防御態勢をとれたラインはダメージを最小限に抑え込む。
だが、箒で両手が塞がり防具を装備していない姉御肌の魔女は、全身で針の斬撃を浴びてしまう。
「っ……ああぁぁッ!」
黒いローブは無残に斬り裂かれ、深紅の鮮血が小雪舞う空にほとばしる。
それでも、彼女の操る箒は勢いを落とさなかった。
「おい、大丈夫か!」
「これくらい、かすり傷よ!」
そう叫ぶ姉御肌の魔女は息を荒くし、箒の操縦にも乱れが生じる。
だが、既に魔王城の屋上は間近に迫っており、先んじて降下できたアキラとユフィのペアに続き、ラインと姉御肌の魔女も降下に成功することができた。
屋上に降り立った四人を前にして、ドヴィナは針の群れを手元に戻してどこか余裕を見せる。
「あら、仕留めたつもりだったけど、案外しぶといのね。苦しまないよう、すぐに息の根を止めてあげるわ」
対して、ふらつく足で地面に立つ姉御肌の魔女は、全身から流れ出る血を滴らせながら不敵に微笑む。
「そう、ね……この体じゃ、もう、満足に戦えない……だけど、私にも、意地ってもんがあるのよっ!」
「おい、無茶するな! お前はもう離脱しろ!」
そんなラインの言葉に対し、姉御肌の魔女は満身創痍でありながら、どこか儚げな笑みを浮かべて応じる。
「アンタの目的は、魔王、でしょ……私になんて、構ってんじゃないわよ……私が惚れた男なら、最後まで私に、カッコいいとこ、見せなさいよ……」
ラインがその言葉に反応を示す間もなく、姉御肌の魔女は最後の力を振り絞って上空に飛び上がる。
その様子を見たドヴィナは、すかさず針の群れを放った。
「何をする気かわからないけど、逃がしはしないわよ!」
針の群れが迫る中、姉御肌の魔女は防御の構えも取らずに目を閉じ、静かに詠唱を始める。
「これが、私の、全力……ユフィには敵わないけど、私だって、アカデミーを次席で卒業した、意地があるんだからっ!」
次の瞬間、彼女の体は再び無数の針に射抜かれる。
今度こそ致命傷となる一撃だ。
それでも彼女は構えを崩さず、遂に詠唱を終える。
「サンダアアアァァァァ、ショオオオォォォォット!!!」
全身から血しぶきを上げた姉御肌の魔女は、瀕死の体で最後の一撃を放つ。
空中に生成された電気の塊は、一直線にドヴィナとトヴェルツァに向かって迫る。
だが、ドヴィナは余裕の表情を崩さず、緩慢に片手を上げてニヤリと口を歪めた。
「そんな体じゃ、誘導もままならないようね。魔法を使う時は最後まで力を緩めちゃだめよ?」
そんな言葉と同時に、高速で迫る電気の塊はドヴィナの前でピタリと停止する。
そして、かざした手を静かに返すと、再び動き始めた電気の塊は姉御肌の魔女に向けて逆戻りした。
それからは、目を背けたくなるほど無残な光景が広がった。
自らが放った電撃魔法の直撃を受けた姉御肌の魔女は、耳をつんざくような叫び声を上げて吹き飛ばされる。
もはや、助かりようのない一撃だ。
彼女の全身は黒焦げになり、およそ人とは言い難い姿となった物体が無残にも地に落ちていく。
ユフィはたまらず彼女の名を叫び、アキラとラインは驚愕の眼差しを向ける。
仲間の死は、いとも呆気なく訪れた。
いや、ここに辿りつくまでにも、幾多の魔女と兵士が命を落とした。
アキラもラインもユフィも、こうなることは覚悟の上でこの地を訪れた。
だが、目の前で繰り広げられた凄惨な光景に、衝撃を受けずにはいられなかった。
これが戦いだ。
仲間の死を嘆き尊ぶ暇はない。
胸の奥底から沸き立つ怒りを滾らせた三人は、死に行く仲間から目を逸らし、眼前の敵に鋭い眼差しを向ける。
そして、互いの命と矜持を賭けた死闘が再び幕を開けようとしていた。




