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52 ジレンマ

 勇者一行来襲の知らせを受け、追悼式を切り上げたエレナードは玉座の間に舞い戻っていた。

 既に部下達は城内で配置につき、防御態勢を整えている。


 しかし、相手は大軍ではなく強大な力を持った少数部隊だ。

 そうなってくると、書物で学んだ戦争のセオリーはあまり意味を成さない。

 できることと言えば、勇者一行の動向を常に把握し、彼らの向かう先にできる限りの戦力を集中させることくらいだ。


 ただし、一般兵の魔物達が勇者に敵わないことは、先の会戦で証明されている。

 頼みの綱は勇者に対抗できる力を持つ四大将軍達だ。

 既にアムールが勇者一行と接敵したらしく、エレナードは腹心のヴォルガや通信手役のエニセイと共に続報を静かに待ち続ける。


 しばらくすると、共鳴水晶を覗くエニセイは友軍からの報告を受け、驚愕の表情でエレナードに向き直った。


「エレナード様! 勇者一行と戦闘中のアムール様が討たれたとのことです! 空軍はアムール様の喪失により著しく士気が低下しており、状況は劣勢に転じたと……」


 その言葉を聞いたエレナードは、悔しげに玉座の肘掛けを殴打する。


「あのアムールが……四大将軍第三位の実力をもってしても、勇者には敵わないって言うの……」


 さすがのヴォルガもアムールの喪失に衝撃を受けている様子だが、どうにか冷静さを保ってエレナードに言葉をかける。


「やつとて己やトヴェルツァに次ぐ実力の持ち主です。さすがに、連中も多少の消耗をきたしたと考えられます」


「だけど、アムールはやられた。それが手痛い事実であることに変わりはないわ……本当に、どこまでも忌々しいッ!」


 怒りを露わにするエレナードに対し、共鳴水晶から顔を上げたエニセイはおずおずと発言を求める。


「エレナード様。勇者一行がこの城に乗り込んでくるのは時間の問題です。ここは一度、どこかに身を隠された方が安全かと……」


「私一人が逃げ延びたところで、この城の戦力を大きく削がれたら国の陥落は時間の問題よ。勇者という脅威をここで取り除かなきゃ、この国に未来はないわ」


 そんな言葉に対し、ヴォルガは力強く一歩前に出て応じる。


「ご心配には及びません。エレナード様の傍には、己がついております。勇者など敵ではありません」


 たとえヴォルガが本気でそう思っていたとしても、その言葉はエレナードにとって気休めにはならなかった。


 勇者に討ち取られたアムールは潔癖で野心を隠さない癖のある部下だったが、それでもエレナードにとっては大事な同志であることに変わりはない。

 そんな部下を死地に追いやった勇者は、エレナードの手足とも言える部下達を次々と打ち払っていく気がしてならなかった。

 

 先の会戦でドヴィナは一度勇者に敗北しており、トヴェルツァとは互角の戦いを繰り広げた。

 そんな輩が相手では、たとえ魔王軍一の実力者であるヴォルガとて一筋縄ではいかないだろう。


 そんな頼れる仲間達を失ったら、エレナードには一体何が残るのか。

 書物で得た知識など、何の役にも立たないだろう。

 結局のところ、力こそが戦いの決めてなのだと思い知らされ、首を差し出す他なくなってしまう。


 エレナードは、まるで勇者にじわじわと手足を切り刻まれていくかのような心地に陥る。

 その恐怖は、現実から目を背けたくなってしまうほどの重みを持っていた。


「エレナード様」


 不意にヴォルガの放った言葉により、エレナードは我に返る。


「ごめんなさい。私としたことが、ちょっと弱気になってたわ……今は、できることをやるしかない。それは、私もわかっている」


 そう告げたエレナードは、玉座の前に魔王城の見取り図を広げ、防御戦略を再確認する。


「勇者達は上空から飛来してくる。この城には魔法防御を張らせてあるから爆炎魔法で吹き飛ぶ心配はないでしょうけど、降下してくる敵はその都度で対応するしかないわね。一番の要所は、この真上……大屋上よ」


 魔王城最上階に位置する玉座の間の上部は、広い屋上となっている。

 敵が降下してくるなら、格好のポイントになることは間違いない。

 

 ヴォルガは見取り図を指さしながら友軍の配置を告げる。


「屋上にはトヴェルツァとドヴィナが待機しております。あの二人なら、他の地点に勇者が飛来しても屋上を伝って迎撃が可能でしょう。仮に、低層から勇者が侵入した場合は衛兵に足止めさせつつ己が向かいます」


 現状、勇者に対抗できる戦力は四大将軍の他にいない。

 およそ戦略とは言えない単純な作戦の確認を終えたエレナードは、大きくため息をついて眉をひそめる。


「千にも満たない戦力に怯えるなんて、ホント魔王として情けないわね。いざとなったら、私も戦うわ。私だって魔力はそれなりに――」

 

「なりません」


 エレナードの言葉を遮ったヴォルガは、真剣な面持ちで言葉を続ける。


「エレナード様の身に何かあっては、この国は本当におしまいです。仮に、仮にですが、己が討たれたその時は、どうかこの城からお逃げください」


「だからっ! 私一人が逃げ延びたところで戦力を失ったら意味がないって言ってるでしょ!」


「では、エレナード様が自らその首を差し出したとして、残された魔物達はどうするのですか? じわじわと人類種ヒューマン共に殲滅されるのを怯えながら待てばよいのですか?」


 珍しく強気に出るヴォルガを前に、エレナードはなるべく冷静に応じる。


「私は自分から死に行くつもりで戦うと言ったわけじゃない。だけど、もし私が命を差し出して勇者と刺し違えることができるなら、私は進んでそうするわ。それが魔王としての責任というものよ」


「なりません! 指導者としての才覚を持つエレナード様は、我々魔物達にとっての希望です。インダリアにとってエレナード様は必要不可欠な存在なのです。そのような考えを持つのはお止めください」


「いいえ、止めないわ。確かに、今の私は指導者として責任のある立場にいるけれど、私がいなくなっても他の誰かが新しい指導者になるだけのことよ。私の命ひとつで脅威が排除されるなら安いものでしょ」


「エレナード様!」


 声を荒げて迫るヴォルガに対し、エレナードはどこか諭すように静かな声で応じる。


「ヴォルガ。私のことを心配してくれるのは嬉しい。だけど、私にも魔王としての矜持があるの。私はもう、アナタに世話される子供じゃないのよ」


 そんな言葉に対し、ヴォルガは感情の読めない視線をエレナードに向け、じっと黙り込む。

 そして、背中に携えていた戦斧バトルアックスを唐突に引き抜いて両手に構えた。


「己にとって、今も昔もエレナード様が何においても優先される尊き存在であることに変わりはありません。そもそも、己が勇者を討ち払えば全て済む話。どうか、この己めにお任せください」


 その言葉に、エレナードは複雑な感情を抱く。

 エレナードは魔物達に迫る脅威を取り去るためなら命を捧げてもいいと告げた。対して、ヴォルガはその身を挺してでもエレナードを守り通す気でいる。

 互いをかけがえのない存在だと認めているにもかかわらず、自分の命は惜しくないと告げるその意思は、言わば他人本位だ。


 だが、戦いの本質はそこにあるのではないかとエレナードはあらためて思った。

 大切な誰かを守るために、人や魔物は武器を手に誰かを殺め、己の命すら捧げる。

 まさに悲劇としか言いようのないジレンマだ。


 結局、そこで会話を終えたエレナードとヴォルガは沈黙を共有し勇者の襲来を待つことしかできなかった。

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