50 空の死闘2
箒を一気に加速させたユフィは、背後で剣を構えるアキラ共々アムール目がけて一直線に迫る。
対するアムールは、槍を突き立てて正面から迎え撃つ構えだ。
「来るか人類種! 空の支配者は我々だということをとくと思い知らせてやる!」
瞬く間に急接近した両者は、すれ違いざまに剣と矛を交える。
速度の乗った刺突は地上でのそれとは比べ物にならない威力だが、双方は巧みに反動を受け流し交錯する。
箒を操るユフィは一旦離脱するために速度を落とさずアムールの背後を飛び去ったが、身を翻したアムールはすかさず追い立ててきた。
「どれ、まずはスピード勝負といこうか!」
「勇者様、速度を上げます! しっかり掴まっててください!」
尻を追われる形となったユフィとアキラは、反転せずに速度を乗せたまま高度をあげていく。
すると、援護を買って出た魔女と騎士達は追いつくことができなくなり、実質的にアキラとユフィのペアとアムールの一騎打ちという構図となった。
その様子を傍目から見ていた姉御肌の魔女は、あらためて見せつけられた親友の実力に驚きの声を漏らす。
「速い……! あれがユフィの本気なのね。他の子は足手まといじゃない」
その言葉を背中越しに聞いたラインは、すかさず方針を転換する。
「あれじゃあ援護の意味がねぇ。四大将軍はアキラとユフィに任せる! 他の連中はザコ相手に集中するんだ!」
ラインが正面に視線を戻すと、竜人族の増援が続々と現れており、既に直掩隊の魔女達と戦闘を繰り広げている。
状況を自覚した魔女と騎士は、ラインの指示通りアキラとユフィの援護を断念し、敵味方の入り乱れる戦場へと舞い戻った。
その一方、結果的に主戦場を離れたユフィとアキラは、アムールに追い立てられながらぐんぐんと高度を上げる。
だが、速度ではアムールの方が上手らしく、互いの距離は徐々に詰まりつつあった。
空中戦においては、背後を取られている側が不利になる。
アムールはこの状況を好機と見て、すかさず魔法攻撃を放つ。
「アイスショットッ!」
アムールが呪文を放つと、氷の弾丸が無数に出現し、アキラとユフィの背後に迫る。
それを確認したユフィは、懐から複数の小瓶を取り出して背後に投げやった。
ユフィの投げた小瓶は空中で魔法を発動させ、激しい爆炎となって氷の弾丸を巻き込みながら炸裂する。
「むぅっ!」
アムールは爆炎に巻き込まれないよう急停止し、追撃の魔法攻撃を詠唱する。
その刹那、上昇から一転して重力を利用し反転降下したユフィとアキラは、爆炎の煙に紛れてアムールの目の前に躍り出ていた。
瞬時に交錯が生じ、再びアキラの剣とアムールの槍が金属音を奏でる。
だが、その反撃は奇襲だったにもかかわらず、アムールの対応が一枚上手の形となった。
武器のリーチ差が仇となり、とっさに振るわれたアムールの槍先はアキラの腕を掠める。
「ぐぁっ!」
「勇者様っ!」
わずかな血しぶきが空中に舞い散り、両者は再び距離を取る。
そのままユフィとアキラの追撃に転じたアムールは、速度を上げながら心底楽しそうに笑い声を上げていた。
「ハッハァ! 素晴らしい! これぞ気高き空の戦いだ! さあさあ次はどんな手でくる!? もたもたしていると追いつかれるぞ!」
アムールに追い立てられたユフィは、再び小瓶を投げて弾幕を展開する。
だが、既にユフィの攻撃方法を看破していたアムールは速度を落とさずにすいすいと弾幕を回避し、徐々に距離を詰めていく。
そして、弾幕の隙をついて二度目のアイスショットを放った。
「リフレクトシールドっ!」
ユフィはすかさず後方に防御魔法を展開して氷の弾丸を弾き返したが、その行動はアムールの思惑に乗る形となった。
「さあフィナーレだ! ソニックアサルトッ!」
一気に加速したアムールはユフィとアキラに追いつき、防御魔法に槍を突き立てる。
次の瞬間、槍に貫かれた防御魔法は粉々に粉砕した。
アキラはすかさず剣を振るって刺突を防ごうとしたが、その行動はユフィの咄嗟の判断によって中断された。
なんと、ユフィは自身の脇に防御魔法を展開し、そのシールドを壁代わりに蹴って急旋回を行ったのだ。
「うわっ!」
たまらずアキラも姿勢を崩しそうになったが、結果的にアムールの突き出した槍は空を切った。
攻撃を外したアムールはそれ以上の追撃を行わず、一旦態勢を立て直す。
「うーむ、見事な妙技だ。しかし、逃げ回っていては勝負にならんぞ人類種よ。このまま魔力が尽きるまで鬼ごっこを続けるかね?」
アムールの指摘はもっともだ。
このまま逃げ続けていれば、いずれユフィは魔力を消耗し飛行が継続できなくなる。
ここは反撃の手を考えるべきだろう。
そう判断したアキラは、ユフィにこっそりと耳打ちをする。
その間、アムールは攻撃の手を休め、余裕の態度で二人の様子を眺めていた。
「乗り手と相談せねば満足に戦うこともできぬとは、やはり羽無しは難儀なものだ。しかし、完膚無きまでの勝利とは、相手の技を全ていなしてこそ得られるというもの……貴様らの全力、受けて参ろう」
そんな言葉を放ったアムールの前で打ち合わせを終えたアキラとユフィは、
視線を交して力強く頷く。
反撃の方法は固まったが、それが成功する保障はない。
それでも、固く体を寄せあわせた二人は、互いを信じ、成功の道筋のみを見据えている。
ユフィの体に回されたアキラの腕からは血が滴り、ユフィの纏う純白のローブを赤く染めていく。
その染みは、まるで二人の固い絆と決意を現すようであった。




