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もしも異世界の魔王様がクラウゼヴィッツの『戦争論』を読んだら  作者: 八十八
第1章 魔王エレナードが始める大戦略
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5 対ラプタリア王国会戦

 ここは、魔王が統べるインダリア帝国に隣接した国――ラプタリア王国という名を冠する人類の国だ。

 その中枢たる王城にて、初老に近い一人の大臣が国王に謁見していた。


 腰の曲がった大臣は玉座の前で跪き、意気揚々と報告を述べる。


「国王陛下に申し上げます。総攻撃を命じた各諸侯は、明日にでも魔王軍と戦端を開くものと思われます。なんとか、他国が攻勢を行う前に我が軍が一番槍を入れられそうです」


 白い口髭を蓄え、派手なガウンを身に纏う国王は、大臣の報告に満足げに頷く。


「結構結構。早期攻勢の段取りはいささか苦労したが、魔王討伐の功は他国を出し抜いてでも我が国のものとしたい。して、このいくさ、勝てるのだな?」


「もちろんですとも。急ごしらえとは言え、我が軍の総兵数は二万に及び、対する魔王軍はせいぜい一万……加えて、敵は籠城を選ばず野戦にて我が軍を迎え撃つ模様。以上を鑑みて、我が軍の勝利は確実かと」


「ならばよい。勝てるのであれば、多少の損害は覚悟の上だ。それより今は、軍を養う戦費の方が惜しい。はようこの戦いに終止符を打ち、かの地を我が物とするのだ。あれほど豊かな地を魔物共に住まわせておくのは勿体無かろう」


「左様にございますな。かの地は、我が国が有効に活用いたしませんと」


 そんな言葉を交わして笑い合った国王と大臣は、かくも楽観的に勝利の報告を待ちわびていた。



 * * * 



 その数日後。太陽が高々と昇ったその頃、エレナードは珍しく居城を離れ、晴れ渡る空の下にいた。


「さて、いよいよこの時がきたわね」


 独り言を呟いたエレナードは、地平線の先を見据える。


 一面の青草に覆われたその場所は、のどかな平原だ。

 その草原の一角には、無数のテントが建てられた空間がある。まるで、遊牧民が設けた休息地のようだ。


 この空間は、エレナードが設営させた魔王軍の『野戦軍司令部』だ。

 テントの周囲では様々な魔物達が忙しなく動き回り、司令部としての機能を果たすために各々の役目を全うしている。

 そして、司令部の正面に広がる雄大な平原こそが、エレナードが最初に采配を取ることになる戦場だ。


 この日に向けて魔王軍の集結と再編成を行ったエレナードは、先陣を切ってきた最初の相手――ラプタリア王国軍を迎え撃つため、自ら陣を設けて指揮を執ろうとしているのだ。


 この戦いは、エレナードにとっての初陣だ。

 しかし、不安はなかった。

 なぜなら、今までの準備と手元にある情報、そして己の見いだした戦略によって、勝利がもたらされることを確信していたからだ。


 決戦の時が迫る中、エレナードは隣に立つエニセイに声をかける。


「そろそろ接敵の時間ね。各軍の状況をもう一度確認しておきましょ」


「はっ、仰せのままに」


 エニセイに促されたエレナードは、背後のテントへ足を踏み入れる。

 すると、その空間にはエニセイと同じ魔術師のリザードマンが列を成し、それぞれに与えられた大きな水晶玉を前に腰を下ろしていた。


 彼らを一瞥したエレナードは、堂々と声を張り上げる。


「全軍に発信! こちら野戦軍司令部エレナード。各軍状況報告せよ。送れ」


 指示を受けたリザードマン達は、水晶に向けて手のひらをゆらゆらと動かし、言葉を語りかける。


 その水晶玉は、『共鳴水晶』と呼ばれる魔法を利用した通話道具だ。

 共鳴した二つの魔法水晶が離れた場所の映像と音声を届けるという性質を持っており、まるで無線機のように使うことができる。


 そして、魔力を注がれた共鳴水晶に顔を浮かばせた魔王軍幹部達は、続々と報告を述べた。


『こちらヴォルガ。第一から第四師団を予定地に展開して待機中。いつでも攻撃可能です』


『こちらアムール。敵の魔女ウィッチ隊を撃退し、制空権を確保しました。現在、第三航空隊による爆撃を継続しつつ第一、第二航空隊の出撃準備中。総攻撃開始時間に合わせ、出立予定です』


『はーい。ドヴィナでーす。敵の後続はぁ、エレナちゃんの予想通りかなり進軍が遅れてるわよー。それとぉー、私の可愛い仲間達は計画通り後続部隊の本陣に取り入ってるわよ。それよりぃー、まだ時間にならないのぉー? 私そろそろお腹すいちゃったぁー』


 ドヴィナの気の抜けた返事に呆れたエレナードは、気を取り直して指示を下す。


「全軍、準備完了のようね。これより、第一次攻撃開始よ。我が軍の恐ろしさを教えてやりなさい!」


 そんな言葉と共に、前線に展開する魔王軍はいよいよ行動を開始した。



 * * *



 その頃、魔王城に向けて進軍を続けるラプタリア王国軍の先遣隊は、既に若干の混乱をきたしていた。

 整然と列を成して進軍を続ける兵士達は、なぜか怯えた様子で皆一様に空を見上げている。


 そして、一人の兵士が突如上空を指差して声を放った。


「空から魔物だ! また来たぞ!」


 彼の指さす先には、小型のドラゴンやワイバーンにより形成された魔物の一団が空を覆っている。その中には、四大将軍アムールの姿もあった。


 空からの敵襲に対し、指揮官と思しき男は馬上から冷静に指示を飛ばす。


「また空か! 魔女ウィッチ隊は何をやってるんだ! 魔術師は迎撃急げ!」


 すると、大きな杖を持った魔術師達が列を成して一斉に身構える。


「ファイヤーボール、詠唱始め! ……放てッ!」


 そんな号令と共に、魔術師達の放った無数の火球は、まるで対空砲のように上空へと撃ち上がる。

 しかし、遥か高空を飛ぶ魔物達に命中する気配はなく、火球は虚しく空を切るばかりだ。当然ながら、弓が届くような高さではない。


 そして、高度をとって悠々と兵士達の上空に到達した魔物達は、急降下するでもなく火を噴くわけでもなく、淡々と布に包まれた緑色の物体を投下していく。


 次の瞬間、兵士達のひしめく陣は阿鼻叫喚の悲鳴に包まれた。


「またスライムが来るぞ! あああああああああああああああああッ!!!」


 なんと、魔物達が投下したものは、巨大なスライムだった。

 スライムはゼリー状の体で地を這い、動植物を消化して生きる温厚な魔物だ。

 しかし、ひとたび空から投下されると、着地の衝撃で弾け飛び、危険な消化液をまき散らす爆弾と化す。


――高高度水平スライム爆撃。


 それは、エレナードが考案した疑似的な空爆だった。


 消化液に晒された兵士達は皮膚を侵食される痛みに悶え、戦意を喪失していく。

 彼らは、この地に足を踏み入れてからというもの、昼夜問わず幾度もこの爆撃にさらされていた。

 人的被害はそれほど出ていないが、絶え間なく続く空爆の恐怖と混乱は、兵士達の士気と進軍速度を著しく低下させていた。


 そんな中、苛立つ指揮官は混乱を収束すべく兵達を叱責する。


「うろたえるな! たかがスライムだ! 魔王城は目前に迫っている! 全軍前進だ! 前進! 前進!」


 すると、指揮官の背後から別の兵士が駆け寄り声を張り上げる。


「男爵殿! 前方より騎馬の突撃です!」


 指揮官が視線を前に向けると、小型恐竜のようなリザードに跨ったゴブリン・騎兵ライダーの群れが突撃をしかけてくる光景が目に入った。

<空爆>


 航空機の発明により、人類は空中から任意の地点に爆弾を落とす術を得た。そして、空爆を主任務とする『爆撃機』を続々と開発し、より大量の爆弾を高精度に投下できるよう工夫がなされてきた。

 爆撃は、その目的に応じて『支援爆撃』『戦術爆撃』『戦略爆撃』等に大別される。ざっくり言えば、これらの区分は戦場からの遠さという概念によって区分され、より戦場に近い場所で地上部隊の火力支援等を行うのが支援爆撃(近接航空支援とも言う)であり、戦場から遠い都市やインフラを狙うのが戦略爆撃である。また、どの爆撃を重視するかによって、その国の空軍の性質が決まってくる。

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