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47 追悼式

 いてつく寒さが肌を刺す晩冬の日に、先代魔王の命日は訪れる。


 空は厚い雲に覆われ、わずかに積もった雪が荘厳な魔王城を白く染め上げる。

 この日ばかりは、インダリア帝国全体がどこか重々しい雰囲気に包まれるのが例年の常だ。


 人類に対抗できる強さと民を憂う慈悲を兼ね備えていた先代魔王は、魔物達に広く慕われていた。

 死後六年経った今も、先代魔王の命日に魔物達は深い悲しみを思い起こさせる。


 魔王城の周囲には、哀悼の意を示さんとする魔物達が詰めかけ、厳しい寒さの中でも静かに祈りを捧げている。

 そして、追悼式の中心となる魔王城地下の特別墓地では、今代魔王エレナードを始め、四大将軍や多くの部下達が整然と列を成し集っていた。


 その先頭で先代魔王の墓石前に立つエレナードは、儀礼用の剣を横にして掲げ、追悼の儀を執り行う。


「今亡き我が父上……そして、全ての魔物の拠り所となるこの地を築き上げた英霊達よ。今代魔王エレナード、畏まって参上仕りました。謹んで、哀悼の意を表します」 


 墓前で恭しく頭を下げたエレナードは、儀礼用の剣に指を滑らせ、純白の肌に深紅の血を滲ませる。

 そして、滴る血を墓前に置かれた小皿に数滴垂らした。


「我が身に流れるこの血に誓い、今代魔王エレナードはインダリアの守護と繁栄をお誓い申し上げます。どうか、全ての魔物に加護のあらんことを。我らが進む道にしるべを賜らんことを」


 そんな言葉と共に粛々と儀式が進められていると、どこからともなくエニセイが壇上に現れ、場を憚らずエレナードに耳打ちをする。

 すると、剣を収め儀式を切り上げたエレナードは、身を翻しその場に集まる部下達に向き直った。


「皆、聞きなさい。たった今、勇者一行と思われる者達がこの城に向けて移動中との情報が入ったわ」


 おごそかな場で唐突に放たれたエレナード言葉によって、沈黙を守っていた参列者はどよめきを見せる。

 対して、エレナードは勇者の来襲が既定事実であるかのように言葉を続ける。


「うろたえる必要はないわ。勇者を迎え撃つ準備はしっかり整えてある。私は、お父様の命日である今日この日に、勇者とケリをつけるつもりでいる。私の誓いに嘘偽りはない。私は逃げも隠れもしない……それが私、今代魔王エレナードよ!」

 

 エレナードの力強い言葉によって、参列者は狼狽から一転してふつふつと沸き上がる静かな歓喜に包まれていく。


 この場に集う魔物達の多くは、先の会戦で底知れぬ勇者の実力を見せつけられている。

 だが、彼らは二度の会戦を勝利に導いた魔王エレナードの才覚も同時に理解している。


 その二人が矛を交える時、結果がどう転ぶかは未知数だ。

 だが、魔物の国インダリアを居場所とする彼らは、魔王たるエレナードを信じる他ない。

 己があるじに従い、矛を持って勇者に立ち向かうことが彼らの忠誠だ。


 エレナードはその忠誠心を確かめるかのように、参列者に向かって静かに語りかける。


「私は、お父様のように強くはない。私一人では勇者に勝てない……だからこそ、アナタ達は私の矛となってほしい。いえ、アナタ達こそが、このインダリア帝国の矛なのよ! 過去の英霊が築いたこの国を守るのは、アナタ達自身よ!」


 己の弱さを正直に告白するエレナードを前に、失望する者などいない。

 むしろ、魔物を単なる部下としてではなく、国家の一員のように扱うエレナードの言葉に、魔物達は団結心を高めていく。


「さあ、今こそ戦いの時よ! たった一人の人類種ヒューマンに恐れることは何もないわ! 我らがインダリア帝国のために、己が役目を果たすのよ!」


 そんなエレナードの言葉に、参列者は高々と響き渡る威勢のいい返事で応じた。



 * * * 



 その頃、テグリス王国を出立した魔王城襲撃部隊は小雪舞う曇天の空を突き進んでいた。

 持ち前の飛行魔法で移動の足を提供しているのは、総勢三百人を数える魔女ウィッチ隊だ。


 元々、魔女ウィッチは魔法の素質がある者を厳選して養成される希少な存在であるため、三百人という数字はかなり大規模な戦力だ。

 そんな魔女ウィッチの大量投入が叶ったのも、ひとえに国王がこの作戦に期待をかけているからでもある。


 とりわけ、今作戦に参加する者は若手が多く、実力重視というよりは意欲の高い者が集められている。

 ラインを背中に乗せて魔女ウィッチ隊を指揮するのは、ユフィの親友でもある姉御肌の若手ホープだ。


 しばらく飛行を続けていると、姉御肌の魔女ウィッチは周囲に向けて声を張り上げる。


「ここはもうインダリア帝国の領内よ! 周囲の警戒を怠らないで!」


 大編隊を構成する襲撃部隊は、身を隠す物のない空中でかなり目立っている。

 既に地上の魔物達に発見され、その報告は魔王軍に伝わっている頃だろう。


 つまり、敵の領内に入ったその瞬間から、いつ接敵してもおかしくない状況下におかれるのだ。

 当然それは、作戦を考案したラインも想定済みである。

 もとより、激しい空中戦を覚悟の上だ。


 そして、いよいよ視界の先に黒い点となった敵の編隊らしき影が姿を現す。

 ぽつぽつと現れた影は次第に大きな群れとなり、行く手の空を覆い尽くす。


 それを確認した姉御肌の魔女ウィッチは、箒を握る手に力を込め、声を張り上げた。


「前方に敵編隊発見! 直掩隊は散開! 遠距離戦闘用意!」


 彼女の指示により、兵士と相乗りしていない単騎の魔女ウィッチ二百人は、少数の編隊に別れ一斉に散開する。

 すると、徐々にシルエットを現した敵翼竜の編隊も散開を始めた。

 

 広範囲に被害の及ぶ魔法やブレスの飛び交う空中戦では、密集していると一気にやられるリスクがある。

 そのため、広く分散して個々に戦うのがセオリーだ。


 しかし、魔王城襲撃隊の主力となる輸送隊は、機動力が低いため密集する作戦を選んでいる。

 当然ながら、敵の狙いは重い荷を乗せた輸送隊だ。


 敵の先遣隊である小型のドラゴンやワイバーンは、狙い目とばかりに輸送隊に向けて一直線に突き進んでいく。

 それを阻むべく直掩隊も前進し、両者は一気に距離を詰める。

 

 そして、双方が交わったその刹那、未だかつてない大空戦の幕が切って落とされた。

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