46 最後の一日
季節は秋から冬に移り変わり、温暖なテグリス王国の地も身を震わせる寒さに覆われていた。
そんな中、ラインの考案した魔王城襲撃作戦の準備は着々と進行し、いよいよ国王も作戦実行の許可を下すに至った。
そして、作戦開始を数日後に控えた今日、ちらほらと粉雪が舞う王城の中庭には襲撃作戦に参加する一同が整列していた。
その構成は、突入隊の兵士が二百名、輸送隊二百名及び護衛隊百名の魔女を合わせた計五百人だ。
一同に会した参加者達はグループごとに別れて整然と列を成し、演台の上に立つラインに視線を送る。
そんな彼らを見渡したラインは、寒さを吹き飛ばすような熱気をもって声を張り上げた。
「聞けぇッ! 作戦開始までいよいよ後三日だ! まずは、今日まで重ねてきた準備と訓練、ご苦労だったと言っておこう! だが、本番で成果を出せなきゃ何の意味もないことを忘れるな! 俺達の目的はただ一つ! 魔王の首だ!」
ラインの言葉に刺激され、その場は静かに興奮を高めていく。
ここに集まる五百人は、ラインの呼びかけに賛同し、自発的に志願した者達だけで構成されている。強制的に参加させられた者は一人としていない。
彼らは、魔王討伐という共通の目的を持って集った集団だ。
だが、この作戦に参加するに至る思いは千差万別だ。
ある者は名誉と栄光を求め、またある者は家族や仲間を奪った魔物への恨みを晴らすため、中には成功報酬に目が眩んだ者もいる。
それでも、参加者のほぼ全員が魔王討伐を成した先に明るい未来を描いている。
魔王という中核を失えば、インダリア帝国は一気に瓦解し人類に平和が訪れると信じている。
それは、一面的な視点で見れば事実だ。
人類にとって魔物は討つべき敵であり、繁栄を阻害する存在でしかない。
魔物の殲滅が果たされインダリア帝国の地が開放されれば、人類は更なる躍進を遂げるだろう。
この場の最前列に立つアキラも、その考え方に大きな疑問を抱いてはいない。
考えようによっては、魔物達にも生活があるかもしれない。彼らとて、この地に生を受けた生き物でしかないのかもしれない。
だとしても、魔物を討たねば多くの兵士が殺められてしまうという現実を先の会戦で目の当たりにしたアキラは、彼らを守るために剣を持とうと決めた。
アキラが聞いたところによると、先の会戦で魔王軍に捕えられた捕虜達は、魔物の餌や奴隷にされているという噂もある。
魔物に慈悲はなく、互いを理解し合うことは不可能である――それが、テグリス王国の公式見解だ。
ならば、人類共通の敵である魔物を統べる魔王を討つことに大義はある。
それがアキラの出した答えだ。
だが、そんな戦いに身を投じようと決意する中で、アキラにはひとつだけ気になることがあった。
それは、ユフィの存在だ。
今作戦の計画にあたって、ユフィは自分からアキラのペアを申し出た。
ユフィは何を思って、その意思を示したのか。
深く考えなければ、単純に気の知れた仲間と一緒に戦いたいという理由でも説明はつく。
だが、ユフィは以前、アキラのことを『特別』な存在だと告白していた。
その『特別』という言葉の具体的な意味を、アキラは未だに知れずにいる。
もちろんそれは、些細な話かもしれない。
人それぞれに戦う理由があるように、当然ながらユフィにもアキラと異なる感情や考えを持っているだろう。
だが、共に戦う仲間として、アキラはユフィのことをもっと知りたいと思うようになった。
それは、踏み込み過ぎた感情なのだろうか。
アキラがそんなことを考えていると、一通り演説を終えたラインが話を締め括る。
「とりあえず、作戦開始二日前の明日は、一日休息とする。危険な作戦を前にして、皆それぞれ思うところもあるだろう。体を休めることも大切だが、気持ちもしっかり整理しておくように。本番になって戦いを躊躇うようじゃ話にならないからな」
そんな言葉を最後に、魔王城襲撃作戦の決起集会はお開きとなった。
* * *
翌日、一日の休息日が与えられたアキラは暇を持て余していた。
昨日までは作戦の準備と訓練に明け暮れていたが、いざ休息を貰っても、特にやることが思いつかなかった。
恐らく、他の参加者は家族や大切な人と共に過ごしているのだろう。
命に関わる危険な作戦の前とあれば、最後の一日となる日にそういう選択を取るのは自然だ。
しかし、転生者であるアキラには、家族どころか身内もおらず、心に決めた大事な人がいるわけでもない。
思わぬところで己が孤独であることを再認識させられたアキラは、なんとなく王城の中庭で素振りを続けていた。
ここ最近、手持無沙汰になった時はいつもそうして素振りをしている。
体を動かし心を無心にできればいいのだが、現実はそうもいかず、淡々と素振りをしながらも様々なことを考えるのが常だ。
そんな時、アキラは不意に人の気配を察知した。
どこか躊躇いがちに姿を現したのは、普段と変わらない装いをしたユフィだ。
思わぬ遭遇に驚いたアキラは、素振りの手を止めてユフィに視線を向ける。
だが、なんとなくかける言葉が思いつかなかった。
しばし沈黙を共有していると、ユフィがおずおずと口を開く。
「ええと、すいません。私がいると集中できませんでしょうか……」
「いや、これはただの暇潰しだよ。ユフィの方こそ、俺に何か用?」
「実は、いきなり休日をいただいても何だか時間を持て余しちゃいまして、近くを歩いていたら、たまたま勇者様の姿が目に入ったので、なんとなく……」
その言葉に共感を抱いたアキラは、素直に己の立場を打ち明ける。
「そっか。俺はこっちの世界で一人だから、こういう時に一緒に過ごせるような人がいなくてさ。ユフィは、家族とかに会わなくていいの?」
「私の両親は、既に他界しています。身内なら私を育ててくれたお爺様がいるんですけど、気軽に会えるような雰囲気じゃなくって……」
ユフィの両親が亡くなっているという話は初めて聞いた。
ユフィが魔術大臣の孫娘であり、彼の下で熱心に魔術を鍛えたという噂は耳にしていたが、どこか複雑な境遇がありそうな雰囲気だ。
アキラはいささか突っ込んだ質問を投げかけてみる。
「やっぱり、両親がいないと寂しいって思うことはある?」
「どうでしょう……物心ついた頃には既に両親は他界していましたし、アカデミーには友達もいたのでそんなに寂しいと思ったことはありません。だけど、こう言う時は、なんだか自分はひとりぼっちなんだなって気分になります」
「俺と同じだね」
そんなアキラの言葉に、ユフィは弱々しい微笑みで応じる。
寂しいという気持ちをユフィと共有できたことは、どこかアキラに安心感を与えた。
今なら、ユフィに『特別』という言葉の意味を聞けそうな気がする。
だが、アキラは喉に出かかったその言葉を、寸前のところで飲みこんでしまった。
今は、大切な作戦の前日だ。
余計な会話を交わし、変に感情を乱されるのは望ましくないと躊躇ってしまったのだ
「あのっ……」
ふと、ユフィが何か言葉を放とうとする。
だが、いくら待っても続く言葉は告げられなかった。
もしかしたら、ユフィもアキラに『特別』の意味を伝えようとしたのかもしれない。
だが、結局その日は答えを聞くことができなかった。




