44 弔い
テグリス王国で魔王城襲撃作戦が練り上がっていく中、インダリア帝国にも漏洩した情報の一部がエレナードの耳に入り始めていた。
その情報源となっているのは、諜報部長官の任を担うドヴィナだ。
ドヴィナの擁する淫魔隊は変身や魅了を得意としており、何体ものスパイが周辺各国で諜報活動を行っている。
今日も玉座の間を訪れたドヴィナは、その成果をエレナードに報告していた。
「何でアンタは私の体を撫でまわしてるわけ?」
「んー……やっぱりエレナちゃんのスベスベお肌をたまに触らないと落ち着かないのよぉー」
遠慮なく擦り寄るドヴィナを両腕で押しのけたエレナードは、はだけた衣服を整えつつ気を取り直して報告を求める。
「で、テグリス王国の連中がこの城を襲撃しようという話の裏は取れたの?」
「うーん、まだ噂程度でしかないわねぇ。でも、アイツらがこの城を襲うなら、先代魔王様の命日を狙うんじゃないかしら? エレナちゃんがこの城にいるって確証が持てるからねぇー」
その言葉に、エレナードは渋い表情を見せる。
「確かに、私が人類側でもそうするわね。もう六年目だから追悼式はあんまり仰々しくしたくないけど、部下達への示しもあるから悩み所ね」
「……だけど、やっぱりエレナちゃんは命日にお父様の下を離れたくはないでしょ?」
決戦のさ中に戦死した先代魔王の亡骸は殆ど原型をとどめていなかったが、遺品や肉体の一部は魔王城の地下に埋葬されている。
大葬以来、エレナードはその墓所を訪れるのは、年に一回の命日だけと自分の中で決めていた。
具体的にそういったルールが定められているわけではない。
命日以外に参拝をしないのは、一種のけじめのようなものだ。
墓所を訪れたところで、そこにあるのは亡骸のみで、父に会えるわけではないことをエレナードは重々承知している。
その一方で、今亡き父に対する想いを整理する時間を命日に当てていたのだ。
それは、物心つく前に亡くなり父と共に埋葬されている母親リアードの命日にしても同じだ。
エレナードは、その習慣が単なる感情の問題でしかないことを理解していたが、やはり自分で決めたことを曲げる気にはなれなかった。
「我儘かもしれないけど、お父様の命日に私はこの城を離れるつもりはないわ。そもそも、人類の襲撃に怯えて私が追悼式に出なかったら、それこそ魔王失格だものね」
「まあ、追悼式の日は四大将軍全員が魔王城に集まるわけだし、防備は万全だと思うけど、例の勇者が現れると厄介ね。私がこの手で八つ裂きにしてやりたいくらいだけど、一人で万全の勇者相手に勝てる自信はないわ」
「連中がこの城に来るとすれば、恐らく空路を使うでしょうね。アムールと空軍に上空の哨戒を任せて、城内の防備は残る三人の四大将軍で協力するのがベストかしら。城に向かって爆炎魔法を放たれないよう、魔術師隊で防御魔法も展開しておかないと」
「逆に考えれば、そのタイミングで勇者一行を全滅させられれば御の字よねぇー。頼みの綱の勇者がいなくなれば、テグリス王国の連中も侵攻を諦めるかもしれないし」
そこまで会話を終えたところで、エレナードは窓の外を見据える。
雄大な自然の広がるその地の先には、勇者のいるテグリス王国の地が広がっている。
かつて、この城へと乗り込んできた元勇者トヴェルツァは、平和のために戦うと決意すると共に、死に場所を求めこの地を訪れた。
新たなる勇者アキラは、一体何を思って戦いに赴くのか。
エレナードは、そんな思いを馳せながら青々と晴れ渡る空を眺め続けた。
* * *
丁度その頃、魔王城地下に設けられた特別墓所を来訪する者がいた。
物々しく紺碧の甲冑を纏いながらも小さな花束を抱えたその男は、四大将軍のトヴェルツァだ。
代々の魔王一族が埋葬されている地下の特別墓所は、誰もが気軽に入れる場所ではない。
しかし、四大将軍を始めとする幹部には立ち入りが許可されていた。
まるで神殿のように広々とした墓所に火を灯したトヴェルツァはゆっくりと歩みを進め、とある墓石の前で立ち止まる。
先代魔王の大墓石がそびえる隣に慎ましく設けられたその墓石は、リアードのものだ。
リアードの墓前に花束を添えたトヴェルツァは、目を閉じて静かに合掌する。
それは、かつてトヴェルツァが暮らしていた日本の作法だ。
トヴェルツァ自身はそういった文化や風習に熱心なわけではないが、普段は誰も訪れない墓所に風を通す意味もあり、時たまこうして墓参することがあった。
また、トヴェルツァにとってリアードに対する弔いは、墓を持たないエルベに対する弔いを兼ねている。
裏切り者の娘として自害したエルベの亡骸は、どことも知れぬ場所に打ち捨てられたと聞かされている。
エルベにそんな運命を辿らせた自覚があるトヴェルツァは、自己満足とはわかっていても心の中でエルベを弔うようにしていた。
しばらくトヴェルツァがそのままでいると、墓所に新たな来訪者が姿を現す。
「誰かと思えばトヴェルツァか。ここに何の用だ」
そう告げて墓所に立ち入ってきたのはヴォルガだった。
トヴェルツァの隣に立ったヴォルガは、リアードの墓前に添えられた花束を見て意図を察する。
「墓前に花を添えるのは人類種の風習か。お前のような者が死者を弔うとは意外だな」
「私も柄ではないと自分で思っている。この行為に不服があるなら、もうここを訪れるのは止めにしよう」
「己はそこまで無粋な男ではない」
そんな会話を交わし、二人は沈黙を共有する。
元より、ヴォルガとトヴェルツァは職務以外で会話を交わすことは殆どない。
こうして二人きりになるのは、極めて珍しい状況だった。
すると、沈黙を破ったヴォルガはこんな話題を持ち出す。
「お前も聞いていると思うが、テグリス王国の連中がこの城へ乗り込む作戦を企てている。例の勇者アキラが先鋒に立てば、突入を許す可能性もある」
「勇者アキラを討ち漏らしたのは私の落ち度だ。次は必ず討つ」
「それが同族殺しだとしてもか?」
そんな問いに対し、トヴェルツァは何の躊躇いもなく答えを出す。
「人だろうと魔物だろうと、インダリア帝国に仇なす者は討つ。それが我々の役目だろう。貴君は敵が魔物なら手を抜くのか?」
「愚問だったな。そこまで言わしめるお前の忠誠心を信じさせてもらおう」
そこまで告げたヴォルガは、踵を返してその場を立ち去る。
そして、部屋を出る間際に再び声を放った。
「勇者共の襲撃に際し、己はエレナード様の警護を務める。お前は遊撃隊として優先的に勇者を討て」
その言葉に、トヴェルツァは無言の背中で応じた。




