41 戦いの兆し
人類と魔王軍の戦いが中断されてから、早くも数カ月の時が経とうとしていた。
その間、両陣営は国力の回復に務め、ある程度は戦力を整えることができた。
そんなある日、テグリス王国国王の御前に、一人の男が謁見を求めていた。
玉座にもたれる国王は、眼前で頭を垂れる男に対しフランクな態度で声をかける。
「剣士ライン。貴君が私の下を訪ねてくるとは珍しいな。そのように頭を下げるのも性に合わぬだろう。気を遣わず楽に振る舞いたまえ」
「へへ、そう言って貰えると俺も気が楽にりまさぁ」
「して、貴君は私に顔を見せるためだけにここへ来たわけではあるまい。何か言いたいことがあるのならば、遠慮なく申してみよ」
そんな言葉をかけられたラインは、遠慮のない態度で応じる。
「いやぁ、最近は戦いがなくて俺も暇でね。そろそろ暴れたくなってきた頃なんだが、国王様はまだ魔王討伐を諦めてないって認識でいいのかね?」
「うむ。魔王討伐は我が国、引いては全世界の悲願だ。私はその大義を果たせぬうちに朽ちるつもりはない。しかし、民に負担をかけ続けるわけにもいかぬのが現実だ。次なる魔王討伐軍を編成するには、今少し準備が必要だ」
「もちろん、お国の事情は俺もわかってる。そこで、国民に負担のかからない作戦をちと考えてきたんですがね」
「ほう……具体的に申してみよ」
国王に促されたラインは、不敵な笑みを浮かべて応じる。
「簡単な話さ。俺やアキラ、ユフィを中心に少数の部隊で魔王城に乗り込み、魔王の首を直接刎ねようって作戦はどうかと思いましてね」
ラインの提案に対し国王はいささか渋い顔を見せる。
「少数精鋭での魔王城突入か……確かに、民に負担のかからない良策ではあるが、
かつてそれを試み失敗した者もいる。私は、君達のような優れた戦士を無謀な作戦で失いたくはないのだがね」
「もちろん、その辺のことも考えてある。アキラとユフィは転移魔法が使えるわけだし、脱出の手段に困ることはない。仮に魔王を討てなくても、幹部達の首ひとつでも刎ねられれば御の字だ」
「まったく。貴君は相変わらず血気盛んなようだな。しかし、こちらから手が出せない期間が長く続けば、それだけ魔王軍も勢いを取り戻すのも事実か……しばし、私に考える時間をくれまいか。貴君には具体的な作戦の立案を許可しよう」
「話が早くて助かりまさぁ。それじゃ、俺はお言葉に甘えて作戦に必要な人材と突入方法を検討させてもらうぜ」
そんな言葉を最後に、ラインは足早にその場を去っていく。
すると、ラインと入れ替わるかのように魔術大臣が物陰から姿を現した。
魔術大臣はしわの寄った顔を歪め、不満げな表情で国王と相対する。
「陛下。失礼ながら話は聞かせてもらいましたが、まさかラインの言葉を真に受けてはおりませんでしょうな」
「私はラインの言葉にも一理あると思うがね。そもそも、ラインとアキラ、それにユーフラティアをパーティーとして組ませたのは、少数精鋭で魔王討伐を果たすための布石だったはずだ。よもや、貴君それを忘れたわけではあるまい」
「それは、そうなのですが……私は貴重な戦力が無為に消耗されることを懸念しているのです」
「貴君は随分とアキラのことを気にかけているようだが、民や兵士の命も貴重な戦力には違いないのだ。決戦によらず魔王を討つことができるなら、それに越したことはないだろう。心配せずとも、ラインはああ見えて思慮深い男だ。トベのような無謀を繰り返すことはなかろう」
「だといいのですが……」
そんな言葉を最後に、魔術大臣は静かに国王の前を去っていった。
* * *
一方その頃、ユフィは久しくアキラとラインの下を離れ、かつての学友と街に繰り出していた。
清々しい快晴の空の下、ユフィは長いブロンド髪を靡かせた魔女の友人と共に賑わう街中を練り歩く。
彼女は、ヴォルガに襲われていたラインを助ける際、救援に来てくれた魔女隊のメンバーだ。
二人は魔術師アカデミーに通っていた頃に知り合った仲で、今でもこうして交友を続けている。
そんな中、魔女の友人は濃紺のローブを纏う自身の服装とユフィの垢抜けた服装を見比べ、口をすぼめて軽く愚痴をこぼす。
「王立の魔女隊って制服が地味よねぇ。ユフィは好きな格好ができて羨ましいわ。さすがは勇者様のお付きってところね」
「私はそんなんじゃないです。それに、この服は代々受け継がれてきた伝統的な衣装で、好きで着てるわけじゃないんですから」
と言いつつも、ユフィは白を基調とした自身のローブにそれなりの愛着がありそうだった。
そんな会話の節で、友人は不意に突っ込んだ話題をもちかける。
「で、勇者様とは上手くいってるの? 最近、随分と仲良くなったみたいじゃない。将来は玉の輿ね」
冗談めいた友人の言葉に対し、ユフィは露骨に顔を赤らめて言葉を返す。
「べ、別に仲がいいとかそんなんじゃ……私と勇者様は、ただ同じパーティーを組んでいるだけの間柄です。それに私は足手まといみたいなものだし……」
「でもでも、実際のところちょっとはその気があるんでしょ? 勇者様って見た目はそんなにパっとしないけど、なんて言うか不思議な魅力があるわよねぇ。なんとなくユフィとお似合いだと思うけど」
「私はそんな私情で勇者様の傍にいるわけじゃありませんっ!」
必死になるユフィを前にして、友人は「にしし」とからかうような笑みこぼす。
そして、ひとしきり笑った後に、いささか真面目なトーンで話を切り返した。
「だけど、本当に気があるんなら、ちゃんと気持ちを伝えておかなきゃダメよ。この前の戦いで、もう好きな人に気持ちを伝えられなくなった仲間もたくさんいたから……」
不意に放たれた彼女の言葉に対し、ユフィは物悲しくも複雑な感情を抱く。
先の魔王軍との会戦では、多くの魔女が犠牲となった。
彼女の言葉通り、愛する者に己の気持ちを伝えられずにこの世を去った者も少なからずいるだろう。
ならせめて、死ぬ前にその気持ちを伝えていた方が、救いがあったのだろうか。
そんな疑問を抱き沈黙するユフィに対し、友人は言葉を続ける。
「私はもう、好きな人に好きって伝えた。だから死んじゃってもいいって話にはならないけど、少なくとも未練はちょっとだけなくなるわ。ユフィも、よく考えておいた方がいいわよ」
ユフィは己の内にある感情を整理できぬまま、彼女の言葉に対し小さく頷くことしかできなかった。




