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40 戦う理由

 テグリス王国及び諸国連合軍が敗北を喫したことで、人類側の各国は一時的にインダリア帝国に対する攻勢を控えていた。

 結果的に、魔王エレナード率いるインダリア帝国は戦時体制を一時的に解除し、内政に力を入れる期間を得ることができた。


 元々、二百万体の魔物が住まうインダリア帝国は生産性が低く、輸出入も限定的なため物資や食料が不足しがちだ。

 その上で資源をバカ食いする軍隊の動員を続けていれば、すぐさま国が疲弊してしまう。

 戦いを続けるのが限界だったのは、人類側だけでなく魔物側も同様だった。


 そんなわけで、エレナードは書物で得た地球アースの知識を活用し内政に勤しんだが、一人が得た知識を国民全体に反映させるには手間と時間がかってしまう。

 そこでエレナードは、復興と発展を効率的に進めるために、先の戦いで捕縛した大量の捕虜を活用することにした。


 諸々の指示を出してから数週間後、内政の統括を任せているヴォルガを玉座の間に呼び出したエレナードは、成果の報告を求めた。


「ヴォルガ。捕虜達の活用は順調?」


「はっ、農地や街に派遣した捕虜達はそれなりに協力的な姿勢を見せております。エレナード様が仰せになった通り、技術や知識、労働力を提供した者は労役後に解放するという条件を提示したのが功を奏したようです」


 ヴォルガの告げた通り、エレナードは捕虜達から人類の知識や技術を引き出すために、解放という条件をちらつかせて協力を仰いだのだ。

 続くヴォルガの報告によると、最初こそ捕虜達は「死ぬまで働かされるだけだ」と警戒していたようだが、協力を名乗り出た者の待遇を露骨に改善させると、あとに続く者が続出したようだ。


「捕虜達から教育を受けた者の話によると、人類種ヒューマンの知識や技術は我々より数段は進んでいるとのことです。彼らが得た知識を全土へ普及させれば、かなりの生産性向上が見込めるかと」


「薄々と感じてたけど、やっぱり私達の文明は随分と遅れているようね。今後は軍事だけじゃなくて教育や産業にも力を入れていかないと……だけど、アンタはやっぱり人類の知識や技術を取り入れることには反対?」


 人類種ヒューマンに対して強い恨みを抱いているヴォルガは、以前エレナードが捕虜を交渉材料として解放したことに不満を見せていた。

 だが、今のヴォルガは感情を露わにせず実利を優先しているようだった。


人類種ヒューマンは愚かな存在ですが、高い知識と技術を有しているのは事実です。我々に足りないものを補うという意味でも、捕虜達の活用は合理的な政策かと」


 ヴォルガの物わかりの良さに感心したエレナードは、さらに突っ込んだ話題を投げかけてみる。


「だけど、捕虜となった多くの人類種ヒューマンをこの国に住まわせていれば、いずれトヴェルツァみたいに魔物との共生に馴染んだ人類種ヒューマンが増えていくわ。アンタは、魔物と人類種ヒューマンが共に暮らすという環境についてどう思う?」


 エレナードの問いに対し、「むふぅ」と鼻から息を吐いたヴォルガは、しばし考えを巡らせてから答えを出す。


「……己は、つまるところ我が一族を滅ぼした連中が憎いのです。以前は人類種ヒューマンという存在そのものに罪があると思っていましたが、戦う意思を失った者に対しては何も感じません」


 ヴォルガの出した答えに対し、エレナードは満足げに頷く。


「そうね。私達が恨むべきは、我が国に()()()()()()よ。人類種ヒューマンだろうと他種族だろうと、我が国に危害を加えなければ恨む理由はない……もちろん、遺恨はあるかもしれないけど、私達はこのインダリア帝国とそこに住まう魔物達を守るために戦ってるの。アンタもそれを忘れないでね」


 素直に返事をしたヴォルガに対し、エレナードは表情を崩して話題の方向性を変える。


「でも、不思議なものよね。基本的に破壊と消費しか生まない戦争なんて世界全体で見れば不利益にしかならないのに、人類も魔物も利益を得るために戦おうとするんだから」


「やはりエレナード様は、人類と宥和すべきとお考えなのでしょうか?」


 ヴォルガの問いに対し、エレナードは苦笑いを見せて応じる。


「宥和、ねぇ……それは世界全体で見れば理想なのかもしれないけど、魔物と人類は文化も生活様式も異なる異種族に違いないわ。互いの利益を均衡させることはできても、全員がお手手を繋いで一緒に暮らしましょうなんてのは夢想でしかないんじゃないかしら。大体、人類同士だって争うくらいなんだし」


 なぜ戦争が起きるのか。

 それは、いくらエレナードが地球アースの書物を読んでも明確な答えが導きだせない難題だ。

 

「何のために戦うかというのは、なかなか難しい話ですな。己は今まで怨恨で戦いに身を投じていましたが、今はエレナード様をお守りするためという動機が一番しっくりくるやもしれません」

 

「誰かを守るために戦う、か……確かに、私もこの国に住まう魔物達のために戦争指導をしてるわけだし、人類も私達魔物から仲間や家族を守るために戦ってると考えてる連中が多いでしょうね。まあ、誰かを守るために誰かを殺すことになるのは皮肉でしかないけど」


人類種ヒューマンも我々魔物も、そうやって他の種族を駆逐して繁栄してきたと考えれば、自然なことなのやもしれません」


「だとしても、私達が人類種ヒューマンから知識や技術を学んでいるように、魔物以外の種族を全て滅ぼすことが私達にとって利益になるとは言い難いわ。まっ、何にしろ人類共がこの国に攻め入ってくる限り、私達は戦い続けなきゃならない。それだけのことよ」


 そんな言葉に対しヴォルガは力強く頷く。


「そうですな。きゃつらはまだ、この地の占領を諦めてはいないようです。遠からず、再び矛を交える日が来るでしょう」


「それまでに、私達はしっかり準備を進めておかないとね」


 そんな会話を交わし、二人は再び内政に関する話を詰めていった。

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