4 集結
エレナードの指示により、各地より撤退を行った魔王軍は魔王城近郊に集結し、一万以上の戦力を形成することに成功した。
しかしながら、その代償として今まで保持していた占領地のほぼ全てを失い、見ようによっては孤立無援の完全包囲状態に置かれたかのようでもあった。
そんな中、魔王城最上階『玉座の間』には、久しく魔王軍幹部の面々が顔を揃えていた。
「いやぁーん、エレナちゃん久しぶりー。大きくなったわねぇー」
猫撫で声でエレナードに擦り寄ってきたのは、四大将軍第四位のドヴィナだ。
「ええい! 私をちゃん付けで呼ぶな! 気安く触るな!」
「んもぉー、そんなこと言ってぇー。どうせ寂しくなって私達を呼んだんでしょー? 意地張っちゃってぇー」
極めて露出度の高い黒光りするボンデージを身に纏うドヴィナは、手足にぶら下がる鎖をじゃらじゃらと揺らし、エレナードの体を艶かしく撫で回す。
何を隠そう、ドヴィナは女淫魔だ。
外見は綺麗なブロンド髪を持つ人類種の女性と大差ないのだが、背中に生えた大きな翼と細長い尻尾が悪魔としての特徴を色濃く表している。
また、顔は恐ろしいほどに美しく、スタイル抜群のグラマーなボディは出るところの出た扇情的なフォルムをしている。
淫魔らしいその魅惑的な容姿には、女のエレナードですら見とれてしまうほどだ。
そんなドヴィナは、エレナードの体に手を這わせつつ、耳元で官能的に囁く。
「エレナちゃんはぁ……ココ弄られるのが弱いのよねぇ……」
「ば、バカっ! ど、ど、ど、どこ触ってんのよっ! んっ……やらっ、そこ……ダメっ……ダメったらぁ!」
「魔王エレナード様。お戯れも結構ですが、まずは我々を呼びつけた理由をご説明願えませんでしょうか」
と、エレナードがドヴィナの餌食になっている前で、四大将軍第三位のアムールが淡々と口を開く。
アムールは、大きな角と牙を生やした爬虫類のような顔を持ち、濃緑の鱗に覆われた体に立派な羽を生やした竜人族だ。
銀色に輝く板金製の甲冑を身に纏い、爪の生えた二本足で堂々と起立するその姿は、文字通り竜と人の特徴を両方反映している。
また、竜人族は近縁種のリザードマンと区別する形で、『羽持ち』とも呼ばれていた。
そんなアムールを前にして、エレナードはドヴィナになされるがまま息を荒げて言葉を返す。
「んっ……たっ、戯れてりゅのは……ひゃっ……こ、このバカよっ!……んんっ、んん、ダメっ……ああ、うっとおしい!!! さっさと離れなさいよ!!!」
ドヴィナの卑猥な攻撃がエスカレートしてきたところで、その場に同席していたヴォルガが声を上げる。
「ドヴィナ。エレナード様に対する無礼は慎め。これより大事な話があるのだ」
「んもぅ、しょうがないわねぇー。今日はこれくらいにしといてア・ゲ・ル」
そう告げたドヴィナは、自慢の翼でひらりと空を舞い、アムールの隣に着地する。
ようやく解放されたエレナードは、はだけたドレスと息を整え、気を取り直して集まった面々を一瞥した。
「アムール、ドヴィナ。久しいわね。四大将軍が一人足りないようだけど、まあいいわ。知っての通り、私は今亡きお父様に代わって魔王軍の総指揮に本腰を入れることにしたの。そこで、組織改変の一環として、今まで各方面で独自に指揮を執っていたアンタ達に新しい役目を与えることにしたってわけ」
その言葉に、アムールが応じる。
「それでわざわざ参集を……集結と再編成のために軍を退いたとは聞き及んでおりましたが、我々にいかような任をお与えに?」
「今までアンタ達が指揮していた部隊は雑多な組織で、兵種もクソも無いに等しかったでしょ? これからは、それぞれの特性にあった種族をまとめて、組織立った軍に再編成する予定なの。四大将軍であるアンタ達にも、役割に応じた新たな役職を与えるわ」
そう切り出したエレナードは懐からメモを取り出し、順番に読み上げる。
「まずヴォルガ! アンタを統合参謀総長に任命するわ! 階級は元帥よ!」
「はっ、トーゴーサンボーソーチョーですか? それに、ゲンスイとは……」
「軍で一番偉いヤツってこと。階級については後で表を配るから覚えなさい。いずれ、軍内での序列を明確にする階級制度は全軍に適用する予定よ」
「は、はぁ……」
「次にアムール! アンタは空軍司令長官よ! 階級は中将!」
「拝命いたします。空軍とは、察するに空で戦う部隊のことですかな。確かに、羽持ちである我に相応しい。しかし、ヴォルガは参謀総長なのに、なぜ我は司令長官なのでしょうか」
「気分の問題よ」
「なるほど」
「最後にドヴィナ! アンタは……一応、諜報部長官ということにしとくわ。階級は少将ね」
「一応ってなによぉー。それにぃー、私が一番階級低いっぽいんですけどぉー」
「アンタは四大将軍の中でも最弱なんだから当然でしょ。ちなみに、諜報部というのは情報収集や破壊工作なんかをする部署のことよ」
「地味ぃー」
ぷくりと頬を膨らませるドヴィナをよそに、エレナードは右手を振り上げ、慎ましい胸を張って堂々と宣言する。
「これで新生魔王軍の骨子は整ったわ。さあ、我が僕達よ! 私の期待に応え、その任を果たし、この戦争を勝利に導くのよ!」
その言葉を最後に、場は静まりかえる。
エレナードは決めポーズを取ったまま微動だにせず、天を見つめ続けている。
どこか居たたまれなくなったヴォルガは、たまらずエレナードに声をかけた。
「あの、エレナード様。具体的に我々は何をすれば……」
「ああもう! そこは御意とか何とか言って、皆シュババってその場から去るのがお約束ってもんでしょ! ホント一から十まで全部言わなきゃ何もできない指示待ち魔物ばっかりなんだから!」
「は、はあ……」
「とにかく、軍の集結は完了し、アンタ達の役職は決まった。後は、先走って攻め入ってきた最初の敵を全力で叩きのめすだけよ!」
そう告げたエレナードは、玉座から飛び上がりヴォルガの下へ近づく。
「具体的なアンタ達の役目は、これから個別に指示を出すわ。まずはヴォルガ! 私と一緒に来なさい。統合参謀総長として、軍隊指揮のなんたるかを叩き込んであげるわ!」
そう告げたエレナードは、おもむろにヴォルガの腕を引き、そのまま奥の個室へと引きずり込んでいく。
そして、あっという間にアムールとドヴィナだけが玉座の間に取り残された。
とたんに物静かになった空間で、アムールはぽつりと呟く。
「時にドヴィナよ。なぜ、先ほどから我の顎を触っているのだ」
「んー、エレナちゃんのスベスベお肌もいいけどぉ、鱗の張ったザラザラお肌もそれはそれでいいかなって……ねぇ、ちょっとだけ精気ちょうだいよぉー」
「断る。盛ったオークにでも相手をしてもらうといい」
「えー、オークにめちゃくちゃにされるのもいいけどぉー、あいつら乱暴なのよぉー。たまには優しい愛が欲しいかなって……」
「残念ながら、淫魔を愛でる趣味はない。他を当たるといい」
「けちぃー」
と、残された二人は果てしなく無為な会話を続けた。
<階級>
軍隊における階級は、おおまかに将官、佐官、尉官、士官、下士官、兵のクラスに分けられる。その中でさらに大・中・小の位が設けられ、将官であれば上から大将、中将、少将となる。しかしながら、士官、下士官、兵の位は軍曹や伍長といったように呼び名が特殊になる場合もある。
当然、国や組織によっても差異が生じ、創作等で馴染みのある呼称は旧日本陸軍準拠の場合が多い。(例外を挙げると、自衛隊では佐官を大佐や少佐と呼ばず、一佐・二佐といったように呼称する)
余談だが、太平洋戦争時には旧日本陸軍に『三等兵』という階級は存在せず、本来最下位である二等兵よりさらに下という蔑称としてよく使われていた。