39 特別
その日アキラは、王城の中庭で剣の素振りをしていた。
近くに人影は見当たらず、アキラは一人で黙々と剣を振るっている。
だが、その剣筋に鋭さはなく、集中を欠くアキラは余計なことが頭をよぎる。
――私にとって勇者様は、その、他の皆とは違って、特別というか……。
自意識過剰だと理解しつつも、ユフィの放った『特別』という言葉の意味を、アキラは何度も考えていた。
特別――はたしてそれは、何が特別でどこまで特別なのだろうか。
もちろん、いくら考えを巡らせたところでユフィの内心はわからない。
そこに気を揉むだけ無駄というものだ。
では、アキラ自身はユフィをどう思っているのか。
魔王四大将軍ドヴィナとの戦いでユフィと共闘したアキラは、仲間としてのユフィが非常に頼れる存在であることを実感した。
その一方で、戦うのが怖いと告白したユフィの弱みに、どこか庇護欲のようなものをかきたてられたのも事実だ。
また、友人として見てもユフィは気さくで喋りやすく、こちらの世界でできた数少ない気の許せる相手と言える。
もちろん、ラインとも関係を築いているが、問題はラインは同性でユフィは異性という点だ。
男としてのアキラが、魅力的な女性としてのユフィを意識しない瞬間がないと言えば嘘になる。
と、そこまで考えたところでアキラは剣を振る手を止め、無理やり思考を中断した。
「……こういうことを考えるのはやめよう。ユフィにも失礼だろうし」
「私がどうかしたんですか?」
その瞬間、驚いたアキラは声をあげて飛び上がった。
不意に背後から声をかけてきたのは、今まさに頭の中を占めていたユフィその人だ。
「すいません、ビックリさせちゃいましたね。勇者様、なんだかぼーっとしてたので、ちょっと心配になって……」
アキラは独り言の内容を誤魔化すかのように冷静を装う。
「ああうん、じっとしてると余計なこと考えちゃうから体を動かしてたんだけど、結局集中できなくてね」
ユフィのことが頭から離れなかったとは口が裂けても言えないだろう。
だが、続いて姿を現した人物の言葉に、アキラは背筋を凍りつかせた。
「おうおう、どうせユフィのことでも考えてたんだろ。アキラもオトコだからな」
そんな図星を言い放ったのは、ユフィに同行していたラインだ。
ぎょっとして言葉に詰まるアキラをよそに、ユフィは意味ありげな笑みを浮かべてラインの小腹をこつく。
「ライン様。先日私がお教えしたこと、もう忘れたんですか? またその体に教えて差し上げましょうか?」
「待った待った! アレはもう勘弁してくれ! ったく、そう冗談を真に受けるなって……」
そんな会話を交わす二人を眺めたアキラは、なんとなくラインとユフィの関係について考えてみる。
ラインとユフィは、アキラが転生する前から交友があったようだ。
仲間とも友人とも言える二人は、それなりに気の許せる間柄と言っていいだろう。
聞くところによると、王都で育ったラインとユフィは幼い頃から縁があるらしい。いわゆる幼馴染というやつだ。
そんな二人の関係は、仲間や友人というレベルで留まっているのだろうか。
と、アキラは余計なことを勘ぐってしまう自分が少し恥ずかしくなってきた。
アキラはとりあえず話題を逸らすために、二人が訪れた理由をラインに問う。
「それで、俺に何か用ですか?」
「いや、たまたま中庭にいるのが見えたから声をかけただけだ。まあしかし、話といやぁ面白い噂を城で聞いたぜ」
そう切り出したラインは、少し声のボリュームを下げて顔を近づける。
「この前の戦で俺達が戦ったトヴェルツァって人類種の男がいただろ? 実はアイツ、アキラより前に転生した初代勇者だったらしいぜ。魔物達に洗脳されてるんだとよ」
アキラは、以前矛を交えたトヴェルツァの顔を思い出し、思考を切り替える。
「初代勇者……転生者ってことは、俺と同じ世界の出身なんですかね?」
「さあな。昔はトベって名乗ってたらしいが、詳しい経緯は俺も知らん。どうやら、国は戦死したことになってる初代勇者トベの存在を隠したがってるようだ。何か都合が悪いことがるかもしれん」
そこにユフィが言葉を付け足す。
「それでも初代勇者トベの話は国内でも有名です。噂によると、トベさんは最愛の人を国の権力争いで失い、失意のまま死に場所を求めるかのように一人で魔王城に乗り込んだとか。今まではそこで戦死したと思われてましたが、まさか国を裏切っていたなんて……」
そこにラインが言葉を返す。
「裏切りじゃなくて洗脳なんだろ? まさか魔物が人間を仲間にはしないだろ」
「惑わすならまだしも、人を自在に操る魔法なんてありません。トベさんと対峙した勇者様は、彼が我を失っているように感じましたか?」
アキラはトヴェルツァと対峙した時のことを思い返してみる。
「アイツは、自分の意思で振る舞っているように見えた……だとすると、魔物は人間を仲間に引き入れたってことになるのか?」
「都合よく使われてるだけだろ。いくら国に恨みがあっても、魔物のために戦うなんて気が触れてるとしか思えないぜ」
気が触れている。はたしてそうだろうか。
魔物を率いて戦っていたトヴェルツァことトベは、アキラと同じく何らかの信念を持って戦っているように見えた。
そして、アキラのフルネームを聞いたトベは、「懐かしい響きだ」と言った。
逆にトベという名前も日本人の苗字に存在するし、彼はアキラと同じ黒い髪と瞳を持っていた。
それらの情報を統合すると、トベはアキラと同じ日本からの転生者である可能性が高くなってくる。
魔物に与する転生者――彼は一体、何を考えているのだろうか。
アキラがそんな思考を巡らせていると、ラインが不意に話題を変える。
「まあ裏切り者だろうとなんだろうと、敵であることに変わりはねぇ。それより、トベは自暴自棄になって魔王城に乗り込んだって話だが、聞くところによると結構いいとこまで行ったって噂だぜ。俺達も三人で魔王城に乗り込めば、魔王を討伐できちまうんじゃねぇか?」
そんな提案に対し、ユフィは表情を曇らせる。
「私達は魔王四大将軍相手に苦戦したじゃないですか。三人だけで乗り込むのは、さすがに無謀なんじゃ……」
「逆に言えば、俺達は魔王軍最強を名乗る四大将軍三人相手に善戦したんだ。陽動を出して前線に兵力を引っ張りだせば、勝機はあると思うぜ。今回みたいに兵士を無駄死にさせるくらいなら、よっぽど合理的な作戦だ」
アキラは、ラインの言葉にも一理あると思った。
確かに三人での魔王討伐はかなりの苦難を伴うだろうが、前回のように大規模な戦争を仕掛ければ多くの兵士達が命を落とす。
「三人で魔王城に乗り込む、か……そのうち、そういう選択を取らなきゃいけなくなるかもしれないな」
そう言いつつも、アキラはユフィの表情を窺う。
すると、その視線に気付いたユフィは不安げな表情を無理やり払拭し、真剣な表情を作る。
「すいません。私、また弱音を言ってしまって……もし、勇者様が魔王城に乗り込むつもりなら私もついて行きます。それが、私の役目でもあるから……」
役目――その言葉に、アキラはどこか引っかかるものを感じていた。




