38 繋がる因縁
魔王軍との一大会戦を終え、敗北という苦渋を舐めさせられたテグリス王国では、国全体が重苦しい雰囲気に包まれていた。
支配下の町や村では途方もない数にのぼった戦死者の弔いが行われ、家族や友人の死を嘆く人々の嗚咽がいたるところで耳に入る。
平民だろうと貴族だろうと関係ない。一万人を超える人間が一度に失われれば、テグリス王国に住まう者であれば誰しもがその不幸を何らかの形で被っていた。
そんな空気の中では、インダリア帝国に対する侵攻が無謀だったのではという疑問や後悔の声も噴出している。
しかしながら、大部分の人々は侵攻を判断した国に怒りを抱くのではなく、直接的に兵士達の命を奪った魔物に恨みを抱いていた。
魔物さえいなければこんな不幸は起きなかった。
それが、不幸を被った大部分の人々の認識だ。
戦った相手が同じ人類であれば、そういった考えには至りにくい。
互いを理解し、平和な道を模索することができたのではないか、戦うという判断は間違っていたのではないか、と訴える者もいるだろう。
しかし、国民の多くは、魔物を排除すべき敵としか認識していない。
魔物のことを理解し、魔物と平和的な関係を築くことはできないか、という考え方はもはや異端だ。
それこそが、長い歴史の中で常に対立を続けてきた人類と魔物の関係そのものだった。
そして、国の最高指導者である国王もまた、その考えに捕らわれていた。
国王は、魔物達からの攻勢が少なくなった近年の状況を、平和の兆候とは微塵も考えなかった。
魔物達の勢いは衰えている。今なら魔物を殲滅できる。
そんな発想で、周辺諸国を巻き込み今回の侵攻を主導したのだ。
だが、結果は無残な敗北だ。
圧倒的な数的優位を確保した上で挑んだにも関わらず、テグリス王国及び諸国連合軍は惨敗した。
敗北の責任に関しては魔物達に対する怨恨を煽りたてることでどうにか追及をまのがれていたが、それでも手痛い打撃であることに変わりはない。
戦費と戦死者により国は疲弊し、国民感情も消極的になっている。
そんな状況下で、王城にて敗戦の後始末に追われる国王は、さらなる懸念材料を部下から聞かされていた。
「トベが、生きていただと……!」
そんな言葉を放った国王は、たまらず玉座から立ち上がり、目を見開いて報告を述べた貴族に迫る。
「はい。私は、この目で確かに見ました。ドナウ様を負傷させた張本人である魔王四大将軍トヴェルツァと名乗った男は、間違いなく初代勇者トベ様でした。剣技や魔法の使い方にも見覚えがあるので、間違いありません」
「戦死したものとばかり思っていたが、まさかあのトベが寝返っていたとは……」
そう呟く一方で、国王自身にも思い当たりはあった。
テグリス王国は、戸部が好意を寄せていたエルベ嬢を内乱騒ぎで自殺に追いやった。しかも、その内乱騒ぎを誘発させたのは、邪魔者だったエルベの父を排除しようとたくらんだ国王自身だ。
それを知った戸部がテグリス王国に恨みを抱き、裏切ったとしても、何ら不思議はない。
それでも、一人の人間が、魔物に受け入れられ、魔物と共に戦っていたという事実が意外なことに変わりはない。
今までにも人類に絶望し魔物に与しようと企てた奇特な人間はいた。
だが、魔物はそんな人間を相手にしないと考えられていた。
「確かにトベは我が国に恨みを抱いているかもしれないが、魔物が人間を受け入れるなどということがあり得るのか……」
「恐らく、魔法で洗脳されているのでしょう。魔物が人類を受け入れることなどあり得ません」
ふとそんな言葉を放ったのは、黒いローブを纏った老人だった。
その老人は、戸部やアキラを転生させた張本人である、テグリス王国の重鎮である魔術大臣だ。
魔法の研究と魔術師の教育及び育成を本分とする彼は、国王の相談役としてその場に同席していた。
「洗脳……そのような魔法が存在するのか?」
「現在、わたくしも研究を進めているところであります。今のところ思うがままに人を操るのは難しいですが、淫魔がそういった魔法に長けているという報告もあります。トベは心の隙に付け入られ、惑わされているのでしょう」
「なるほど。しかし、トベを追い詰めたのは失態だった。エルベの件は仕方なかったとは言え、貴重な転生者を魔物に奪われるとは口惜しい」
頭を抱える国王に対し、魔術大臣はどこか不敵な笑みを浮かべて応じる。
「ご心配には及びません。我々には、アキラ様がおります。彼の魔術内包量は、トベなどという失敗作の比べ物になりません。それは、先の戦いでも実証されております」
アキラのことを思い出した国王は、いささか気を取り直した様子で顔を上げる。
「確かに、先の戦いでは屈辱的な敗北を喫したが、アキラの活躍は目を見張るものだったと聞いている。頼りになる戦力がいるのは頼もしいことだ」
すると、報告を述べた貴族が口を挟む。
「剣技では本陣に斬り込んできたトベ様に圧されていましたが、その後にアキラ様の見せた大魔法は、かつてのトベ様の実力を遥かに上回っておりました。今後も十分成長の余地があるかと」
そんな言葉に対し、魔術大臣はどこか不満げな様子で応じる。
「成長の必要などない。私の生み出したアキラ様は、あれで完成品なのだ。そもそも剣技を使わざるを得ないような状況に置かせず、魔法の仕手として扱えばいいではないか」
続いて国王が口を挟む。
「待て待て。成長の余地があるなら育てるに越したことはなかろう。それに、一騎当千の力を持つのであれば、以前トベが果たせなかった単独での魔王討伐を成せるやもしれん。アキラの扱いは、私に任せてもらおう」
魔術大臣は不満げな表情を崩さなかったが、一応引き下がる態度を見せた。
「……承知いたしました。しかし、どうかトベのような末路を辿らせぬよう、扱いには十分注意するようお願い申し上げます。アキラ様は、魔術的に見れば完成品ですが、精神はただの子供ですゆえ」
「それはトベも同じだった。だからこそ、国の大義を理解できなかったのだろう。貴君の心配には及ばず、アキラにはそのための仲間を与えた。国を信奉し、信頼できる仲間だ。やはり、男を扱うなら女を宛がうのが一番だな」
すると、魔術大臣は不敵な笑みを取り戻す。
「ユーフラティアのことですな……我が孫娘ながら、あれはよくできた子だ。あれが傍にいれば、トベのような悲劇は起こらんでしょう。しかし、身を固められて戦いを避けられても困る。いずれ邪魔になった際には、処分していただいても結構です」
「処分、か……まったく、貴君は末恐ろしい男だ。その業で身を滅ぼさぬよう、ゆめゆめ気をつけたまえ」
そんな会話を交わし合った二人は、どこか互いの思惑をわかちあうかのように静かに笑い合っていた。




