33 勇者の因縁
テグリス王国を中心とする人類連合軍を退け居城に帰還したエレナードは、疲労のあまり気絶するように眠りに落ちていた。
そして、深い深い眠りの中で、エレナードは母に抱かれる夢を見た。
母親こと元魔王妃は、エレナードが物心つく前に死んでしまっている。
そのため、エレナードは母親の顔を覚えていない。
だが、その胸に抱かれた記憶だけは、体が覚えている気がした。
顔がわからずとも、エレナードは夢の中で己の体を包み込む人物が母親なのだと理解した。
それが、エレナードの記憶の奥底に根付く母親との思い出だ。
久しく夢の中で心地のいい時間を過ごしたエレナードは、どこか甘い香りに鼻をくすぐられ、ゆっくりと目を覚ます。
母の温もりは夢だったと自覚できたが、未だに体が柔らかい感触と生温かさに包まれている気がした。
いや、正確に言えばその感触は気のせいではなく、紛れもない現実だった。
なぜなら、己のベッドでブランケットに包まるエレナードは、なぜか同じ寝具の中で全裸のドヴィナに抱きつかれていたからだ。
目を覚ましたエレナードと視線を交わしたドヴィナは、ニコリと柔和に微笑んで見せる。まるで、同衾しているのが当たり前と言わんばかりの態度だ。
対するエレナードは、眉間に皺を寄せぐいぐいと互いの体を離していく。
「なんでアンタが私のベッドで寝てんのよ……」
「フフ、エレナちゃん随分とお疲れみたいだったからぁ、私が一肌脱いでいい夢でも見せてあげようと思って。ぐっすり眠れたでしょ?」
どうやらドヴィナは、催眠や幻覚魔法の類でエレナードの睡眠をサポートしてくれたようだ。
だとしても、全裸でベッドに潜り込む必要はない。しかも無断だ。
ドヴィナの過剰なスキンシップにはエレナードも呆れる他なかったが、よく眠れたのは事実なので文句は言わないでおくことにする。
「怪我はもう大丈夫なの?」
「仲間達が治癒魔法をかけてくれたお陰ですっかり治ったわ。心配してくれてありがと」
「そっ、もうあんな無理しちゃダメよ」
そっけなくもドヴィナの怪我を気遣ったエレナードは、ベッドから起き上がっていつも通り身支度を始める。
すると、色っぽく肩を覗かせてブランケットに包まるドヴィナは、こんな問いを投げかけてきた。
「それで、どんな夢見たの? エッチなのはエレナちゃんにはまだ早いから、優しい夢を見せてあげたつもりだけど、すごく幸せそうな寝顔だったわよ」
そんな言葉に対し、エレナードは可愛らしく口元に指を当て、「ヒミツ」とだけ呟いた。
* * *
魔王城で平穏(?)な朝を迎えたエレナードは、諸々の身支度を済ませ、玉座の間でとある人物の来訪を待っていた。
お構いなしにベタベタとひっついてくるドヴィナは既に追い出され、側近のヴォルガも珍しく傍にいない。
エレナード以外の人影は見当たらず、玉座の間は物寂しく静まり返っていた。
しばらくすると、礼儀正しいノックと共に目当ての人物が姿を現す。
「ご機嫌麗しゅうございますエレナード様。四大将軍トヴェルツァ、ただいま見参いたしました」
「おはよ。忙しいところにわざわざ呼び立てて悪かったわね」
エレナードが呼び出したのは、先の会戦で勝利の立役者となったトヴェルツァだ。
戦いの後始末が概ね済んだ今は半ば平時であるが、トヴェルツァは相も変わらず青い甲冑を着込み、完全武装のままでいる。
そんなトヴェルツァは、相変わらず丁寧すぎるくらいにかしこまり、頭を垂れてエレナードの前に跪く。
「して、私めに何かご用命でしょうか」
「実は、アンタに少し聞きたいことがあるのよ」
そう切り出したエレナードは、トヴェルツァに頭を上げるよう促し、自身も楽な姿勢をとって本題に入る。
「先の会戦で、私達は勇者というイレギュラーな存在に振り回された。それは、勇者の妨害によって敵の本陣を落とし損ねたアンタも重々承知しているはずよ。そこで私は、懸案すべき勇者という人物に関して、知識を深めておく必要があると感じたの」
じっとエレナードを見つめるトヴェルツァは、微動だにせず耳を傾ける。
しかしながら、相槌すら打たず沈黙を守っているのは、何か思う所があるようなそぶりにも見えた。
「そこで、人類種のアンタは勇者について何か知ってるんじゃないかと思って、ここに呼び出したってわけ。つまり勇者について知ってることを洗いざらい教えなさいって話ね」
エレナードが用件を告げ終えると、トヴェルツァはしばらく間を空け、淡々と口を開く。
「確かに、私は少なからず勇者という存在に因縁があります……しかし、私がアキラという勇者について知り得る情報は、一個人でありながら強大な魔力を内包しているという点と、精神性は他の人類種と変わりがないという、その二点程度です」
「それはもう聞いたわ。できれば私は、アンタの言う因縁とやらを詳しく聞いてみたいんだけど。それは多分、アンタの過去に関わる話なんでしょ?」
実のところ、エレナードはそれを聞くために、わざわざ人払いをしてトヴェルツァを呼び出したと言っても過言ではなかった。
エレナードは、色々と謎の多いトヴェルツァという人物の過去について、周囲の話や本人の口ぶりから、ある仮説を立てていた。
とりあえず勇者を引き合いに出し、その仮説が事実かどうか直接聞き出そうというのが、エレナードの真の目的だ。
そして、当のトヴェルツァもそんなエレナードの思惑を察したのか、珍しく躊躇いがちに応じる。
「……私は、既に過去を捨てた身です。今はただ、エレナード様に対する忠誠のみを己の存在意義としております。僭越ながら、私の過去にまつわる話は、エレナード様にとって何ら益にならない内容になるかと思いますが」
「それでも構わないわ。そもそも、勇者云々というのは方便で、私は単純にアンタの過去に興味があるの。もちろん、アンタを疑ってるわけじゃない。どちらかと言えば、興味本位ね」
率直なエレナードの物言いに対し、トヴェルツァは観念した様子で小さく頷く。
「承知しました。では、私の過去をお話させていただきます」
そう切り出したトヴェルツァは、姿勢を正して少し間を置く。
そして、淡々と語り出した冒頭から、衝撃的な事実を打ち明けた。
「私の生まれは、この世界ではありません。かつて戸部荒と名乗っていた私は、エレナード様のよく知る地球の出身です……そして私は、テグリス王国が初めて試みた転生の儀によって生み出された、最初の勇者でした」
そんな語り出しに対して、エレナードはあまり驚きを見せなかった。
なぜなら、トヴェルツァが告げたその事実は、エレナードの立てた仮説そのものだったからだ。
「やっぱり……アンタも、勇者としてこの地に転生させられた人類種だったのね。まあ、人類種の割に魔力の内包量が多いから、そうじゃないかとは思ってたけど」
「隠し立てしていたことをお詫びいたします。しかし、それはあくまで過去の話です。魔王四大将軍の地位を拝命する私は、勇者であることを、とうの昔に捨てました」
「それじゃ、テグリス王国で生まれた初代勇者がなぜ魔王の軍門に下ったのか、その経緯を聞かせてもらおうかしら」
そんな言葉に促され、トヴェルツァは己が捨て去った過去をゆっくりと話し始めた。




